エルモンドという男 5
あたしの名前はメルル・カッパーナ、男爵令嬢よ。
うちの領地は田舎だったから、王都にある貴族学校に入る為、わざわざここにやってきたのよ。
領地は自由で平民との垣根もなく、あたしはよく使用人の子や村の子供と遊んでいた。
皆あたしの事を可愛い、可愛いと言い、優しく甘やかされて育った自信はあるわ。
けど、それの何がいけないの? いいじゃない。皆あたしの事が好きなんだから。
十歳頃になると、男の子が今まで以上に優しくしてくれるようになったわ。
ちょっとドジなふりして優しくしてあげたら、皆あたしの我儘を聞いてくれるようになったの。
ある日侍女が持っていた本を見たの。
その物語は、主人公があたしのような下級貴族なんだけれど、天真爛漫で優しくちょっとドジな可愛い女の子。あたしに似てるなあと思いながら読み進めていってみると、なんとその子は王子様と結婚しちゃうの。
ありえないわ。いくら田舎貴族のあたしでも、ちゃんと知ってる。王子様と結婚できるのは、最低でも伯爵位の地位が必要だって事。
あ、でも今の王様は側室がいっぱいいて、下級貴族のみならず平民もいるって聞いた事があるわ(まあ、王都に行って流石に平民はいなかった事は知ったけれど)なら、あたしでもいけるかも。
十三歳になると貴族は皆、一つの学校に通わなくてはならなくなるの。嫌だなあって思っていたんだけれど、確かあたしと同じ年の王子様がいたはず。
婚約者がいてるそうだけれど、、今の王と同じで側室でもいいわ。
どうせ王妃なんかになっても、あたし頭悪いし仕事なんかしたくないし、平民と結婚しても仕事しなければならないし、楽しく遊んで暮らすには、社交しないですむような貴族を選びながら王子を狙うのもいいかもしれないわね。
あたしは学校に通うのが楽しみになった。
学校に通うとすぐに王子を見つけたわ。めちゃくちゃカッコイイ♡ なにあのキラキラ。
すぐにお近づきになりたかったけれど、仮にも王子。やっぱり簡単には近づけないよね。
あたしは手近な男と友達になりながら、王子を観察していた。
婚約者も見かけたけれど、あの濃い化粧はありえないでしょ。
昔読んだ本に出てきた悪役令嬢だったっけ? それにそっくりよ。王子もドン引きしているわ。
二人の仲は……ふふふ、あまりよくないみたい。これはいけるかも。
少しずつ少しずつ王子に近づこう。
あ、でもちゃんと他の男の子もキープしておかないとね。
もしも王子と結婚しても、どうせ長続きはしないんだから、選べる相手は作っておかないと。あたしだけ一人なんて寂しいじゃない。
王子に近づけた。よ~し、このまま一気にいく為には、やっぱり悪役が必要よね。
いじめられる可哀そうなあたしを見て庇護欲をそそり、ますますあたしに夢中にさせなければ。
悪役といえばやっぱり悪役令嬢。彼女にいじめてもらいましょう。
そう思って近づいた彼女を庇うように出てきた先生を見て、あたしの心臓は動機を打った。
なんて綺麗な先生。
王子も綺麗だけど、そんなの比じゃないわ。こんな先生がいたなんて、あたしのばか、ばか。
この先生とお近づきになりたいなあ。教師なんてしてるんだから、下級貴族か平民よね。
どうやってとりいろうかな? とりあえずあの綺麗な顔をじっくりと見たいなあ、なんて考えながら先生の姿を探すんだけれど、一向に先生を見つける事はできない。
先生の授業は難しくて上級貴族の人しかとっていない。その上、先生には特別に部屋があるらしく、教員室には常備していないとか。なんでも先生には城内で大切な仕事があるらしく、それをその部屋で補っている為。
けれど、あたし気付いたの。王子が婚約者といると出てくるのよ。
なんでも王子の婚約者とは兄妹のように仲がいいのだと。過保護なのね。ならばあたしがその場所に収まればいいのよ。あんな表情のない派手な女よりも可愛いあたしの方がいいに決まっている。
王子だってあたしを選んだのよ。
だからそう思って頑張ったんだけれど、報われなかったわ。
仕方がない。王子で手を打ってあげますか。
ここは貴族学園カルファンの教員室。
私は今学期より教師として着任したモルメド・カリス。
今まで研究しかしてこなかった私は心機一転、可愛い生徒の為に頑張らなければと決意する。
その直後、突然前触れもなく現れたのは、ここハオス国の影の支配者と呼ばれる男、エルモンド・マノバ・ロッシィー。
噂には聞いていたが、これほど美しい男だとは……皆の唾の飲み込む音がした。
「今学期より私が大切にしている女性が入学致しますので、私も教師として通わせていただきます。あ、因みに彼女は第五王子カロナ・ジールド・アリフェスタの婚約者、アルティナ・モリ・キュルレスです。最終的には彼女と王子の婚約破棄が目的ですので、解決すれば出て行きます。それまでの間ですが、よろしくお願いいたします」
噂には聞いていたが、これほど恐ろしい男だとは……皆の唾を飲み込む音がした。
揉め事をおこす前提で入った彼は結果、とても優秀だった。
何を任せても予想以上に仕上げてくれる。一を頼めば十返ってくる現状に彼には敵わない事を悟る。
そして思いのほか、生徒からの人気も高かった。
あの、水を被る方が温かいのではないだろうかと思わせるほどの眼差しを向けられても、彼を貶す者はいなかった。
それは誰もが彼の存在を意識しているからかもしれないが、どうやらそれだけではないようだ。
気付けば彼の後ろについて歩く者が、一人や二人ではない。
少しでも時間があると言ってしまえば、彼の周りには生徒の山ができてしまう。
彼の何かそんなに魅力的なのだろうか?
最初、彼が第五王子の婚約者と話をしている姿を見た時、失礼ながら彼は年下の少女が好きなのかと、失礼な勘繰りをしてしまった。彼に聞かれれば私の頭と体は離れてしまうかもしれない。しかし、他の女生徒には一切の関心を示さない。彼女にだけむける優しい眼差し。
女性としての欲の目がない。ただ可愛くて仕方がないのだというだけの事。
アルティナ嬢と王子がいないところで何度か話をした。とても素直な可愛らしい女性だった。
このような美しい内面の女性に、濃いメイクも無表情も辛いだろうなと判断する。
それでも頑張るのは王子に嫌われる為。
第五王子は失礼ながら、王の噂を聞く私からすれば王族らしい王子だった。
そうか、これでは妹のように可愛がっている女性と婚約を続けさせるのは心配だろうと、彼がどうして無理にでも学園に来たのか理由を知った。
応援するとともに、これが成功すれば彼はここを去ってしまうのだろう。それは見事にあっさりと。
少し寂しい気持ちをもちながらも、仕方がないなと思う。
時が過ぎ、学園を後にした彼と城の廊下で偶然出くわす。
忙しそうに前を見て歩く姿に声をかけたくなったが、私の事などとうに忘れてしまっているだろうと、その場で立ち止まっていると、つかつかと彼が目の前に迫って来た。
私が目をひん剥いていると「お久しぶりですね。モルメド・カリス先生ですよね。このようなところでどうされました?」とさも当たり前のように声をかけてきた。
「え、えっと、来年度の新入生の確認をしたく、教育課に行こうかと……」
私は挨拶も忘れ、挙動不審に答えてしまった。
「なるほど。それでしたらここを右に行かれた方が近道ですよ。何故か皆、真っすぐ行って突き当りで右に曲がるのですよ。案内人が間違っているのでしょうかね」
それは貴方の執務室が突き当り左の奥にあるからですよ。皆少しでも貴方の姿が見えないかと考えるんでしょうね。
そう思うものの黙っていると不思議そうな彼は首を傾げる。学園であった彼と変わらない。
どこにいても彼は彼なのだなあ。としみじみ思う。
そして彼がどうして生徒からの絶大な人気を獲得していたのかも分かる。
「あ、先生には婚約破棄の際にはご協力頂きましたので、お伝えしておきますね。私とアルティナの婚約が決まりました」
え? と私は間の抜けた顔になる。
あれ? 彼女は妹のようなものではなかったのか?
「そう……ですか。それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そう言って去っていく彼の後姿を見ながら、私は今なら問題ないよな。良い年頃だよな。と彼のロリコン説を頭の片隅に追いやるのだった。




