エルモンドという男 4
俺の名前はカロナ・ジールド・アリフェスタ。このハオスの第五王子だ。
第五王子なんてとてつもなく中途半端な存在で、この国では女も王位継承権がある為、全くもっていらぬ存在だ。しかも母親は子爵家の娘で、後ろ盾も下級貴族の弱いものだった。
そんな俺が何を勘違いしたのか、十も年上の確かな血筋の立派な第一王子や王族に負けず劣らずの血筋である宰相候補に喧嘩をうったのは、あきらかに母親の影響だった。
母上とまともに会話をしたのは、俺が八歳の時。
それまでは何度か顔を見合わせても、俺を一瞥して去っていくだけだった。
俺は王族とはそういうものだと思っていた。
俺のそばには乳母と侍女が常にいて、母上譲りの整った顔立ちが女には受けていたらしく、こぞって世話を焼いてくれていたので、なにも困る事はなかった。
チヤホヤされて育った俺は、自分でも認識できるほどの我儘なクソガキだった。
でも寂しくはなかったのかと問われればそれは嘘になるだろう。
父上は子供と会話するぐらいなら、女性を侍らせておいた方が良いという好色王だった。
母上は美女とはいえ、一切俺に興味のない方だった。
だから母上が俺の為にあてがえた婚約者だとキュルレス侯爵令嬢を紹介された時は嬉しかった。母上は俺の事を忘れてはいなかったのだと。
キュルレス侯爵令嬢はアルティナといい、金髪撒き毛はフワフワで緑の瞳の優しそうな女の子だった。
『可愛い♡』
俺はすぐに気に入って母上に礼を言いに行った。すると母上は初めて俺の顔をじっと見つめて、優しく微笑みながら言ったのだ。
「私の可愛いカロナ。いいこと。令嬢には初めから、お互いの立ち位置はキチンと教えてあげるのが親切というものですよ。キュルレス侯爵は、自分の娘を王族で優秀な貴方の伴侶にしたいと願ったのです。貴方との婚約は向こうにとって、とても栄誉あるもの。感謝して従順であればいいけれど、もし我儘な態度をとるようならば貴方が躾けておやりなさい。王族に対してどのような態度をとるべきか。後々あの子が恥をかかないように」
母上は優しい。そうだよね。僕は将来彼女の夫になるのだから、彼女が恥をかかないようにしてあげるのが、婚約者である僕の役目だ。
よ~し、僕の言う事は絶対に聞く、おとなしい完璧な淑女に、僕が躾けてあげるんだ。
「……それと、彼女には兄のような存在のエルモンド・マノバ・ロッシィーという第一王子の従者をしている者がいます。彼を貴方の側近になさい。そこそこ優秀なのですが、第一王子のそばで不遇な扱いを受けています。彼を側近にしてあげたら、キュルレス侯爵令嬢はますます貴方に感謝して尽くすようになるでしょう」
そうなのか。母上はそんな事まで知ってらっしゃるのか。美しい上に優秀でもあらせられるのだな。
もしかして母上が僕のそばにいられないのは、国の政にも参加しているからかもしれない。そんな事をチラリと言うと、母上は優雅に微笑んだ。
「私は将来、王になる貴方の母親ですからね。城内の事はできるだけ把握しているのよ」
「僕が王? それはないですよ。僕は第五王子で王位継承権は十位です。僕に王位が回ってくるなんて事はないです」
「いいえ、貴方は王になる男です。貴方にはそれだけの価値があるのです。そしてあの男、エルモンドをそばにおけば、それは確実です。いいこと。どんなにありえない事でも器というものがあります。貴方は王になる器です。第一王子や他の方では役不足。貴方が王になるのです。だから貴方は誰にも媚び諂ってはいけません。そのような態度は王に相応しくないのです。貴方は王族として、未来の王として、常に自信と尊厳にあふれた態度をとるのです。貴方に意見する者や刃向かう者は容赦しないように。そのような事をすれば相手はすぐにつけあがるのですから」
「分かりました、母上」
「いい子ね」
そう言って母上は、初めて俺の頭を撫でてくれた。
そうか、俺は将来王になるのか。その為に母上は忙しくされていたんだ。
俺は母上の言葉を微塵も疑わず、母上に初めて褒められ頭を撫でられた事に有頂天になり、とりあえずはアルティナを王妃として育てなければと意気込んだ。
そうして当たり前のようにキュルレス家に向かった俺は、門前払いを食らうのだった。それも何度も。
しびれを切らした俺は、母上の言っていた言葉を思い出す。
アルティナには兄のような存在のエルモンドという第一王子の従者の男がいるという事を。
俺は第一王子の執務室に向かった。
ちょうどそこには部屋に入ろうとしている男がいた。
俺は自分の目を疑った。何て美しい人だろう。王族は大なり小なり美しい者が多い。特に今の世は、好色王が選りすぐりの美女を侍らせる為、城内は煌びやかだった。
その中でも王妃や第一王子・王女の次といわれるぐらいに、俺や俺の母上は評判が良かった。
そんな俺でも目を奪われるぐらい美しい男がそこにいた。
しかしそこは八歳の子供。俺は目をキュキュッと擦って、その男に近づいた。
簡単に俺をいなす男。なんだこいつ、とムカつきながらも、愛想の一つもない男と話すのは気持ちが良かった。何でだろうか?
今なら分かる。俺はエルモンドに憧れを抱いていたのだ。
美しく聡明で完璧な男。エルモンドがそばにいてくれるのなら、俺は本当に王になれる。
母上の言葉を信じていなかった訳ではないけれど、どう考えたって十位の男が王位につける訳はない事に、子供心にも分かっていたのだ。
それでもこの男さえそばにいてくれれば、と甘い夢を見させられた。
俺はアルティナに会えない事を不服に思いながらも、エルモンドに会える口実として嬉しくも思っていたのだ。
十三歳になり、学園に通うようになった俺の前に現れたのは、縦ロールに元の顔が分からないぐらいの濃い化粧と香水臭い女だった。
それがアルティナだと知った時には愕然とした。
ありえないだろう? あのフワフワの綿毛のような可愛い女の子はどこにも存在していなかった。
母上が言っていたのはこういう事だったのだ。やはり無理にでも会い、俺が躾けるべきだった。
そうしてアルティナに詰め寄ろうとした時、現れたのはエルモンド。眼鏡をかけた彼は妖艶さを纏っていた。
彼は俺の為に教師として学園に通うのだと喜んだのも束の間、俺がアルティナを躾けようとするたびに、間に入ってアルティナの味方をする。どういう事だと憤るがいつものようにいなされる。
何故かエルモンドには、学園内に専用の部屋が用意されていた。
王族である俺にもないものを当然のように構える男。そうしてその部屋に当たり前のように入る女、アルティナ。
俺は近寄る事さえ許されなかったのに。俺はエルモンドに詰め寄った。
どうしてお前には専用の部屋がある? アルティナは許されて俺は入れない? いつものようにいなされるかと諦めていた俺の耳に意外な言葉が入って来た。
「何か勘違いをされているようですが、私は城内で宰相候補として働いております。ご存知のようにこの学園は国が経営しております。ですが今年度、教師陣の数が生徒と比例して想像以上に不足しておりました。それを補うために一時的に私が参っているだけです。従って城内での仕事もこの学園内で補わなければならないのです。その為部屋を確保したしました。私の仕事は簡単に、人の目に触れさせられるようなものではありませんからね。お分かりいただけたでしょうか?」
宰相候補? エルモンドが? ただの従者じゃなかったのか? 俺は頭に疑問符を飛ばしながらも、もう一つの疑問を問いただした。
「そればならどうしてアルティナは部屋に入れるんだ?」
「彼女は優秀ですからね。仕事の手伝いをしてもらっております(主に俺の癒しグッズとして)彼女がこの学園に首席で入られたのは、入学式でご存知のはずでは?」
「!」
この学園では入学式で、入学試験一位の者が皆の前で挨拶をしなければならない。それに彼女は選ばれていた。
俺は努力は嫌いだ。だって将来王になる俺には必要ない事だ。
そばに侍る者が優秀であればそれでいいと思っていた。だから俺の婚約者であるアルティナが優秀なのは良い事だ。俺の代わりに政をさせられるから。
けれどこの時俺は、彼女を疎ましく思った。エルモンドに認められている。
俺を立てる事もせず、でしゃばる女。無表情の可愛げの欠片もない女。イライラする。
そんな日々を過ごしていたある日、俺は可愛い子に会った。
俺の前で盛大に転ぶ女。淑女がこんなところで転ぶなんて。アルティナなら絶対にありえない。
いつもの俺なら通り過ぎるはずだったのだが、この時は何故か起き上がる為に手を貸した。
そんな俺に彼女は満面の笑みを見せて、礼を言った。
その後何故か、何度も何度もその光景に出くわす事になる。
慌てて礼を言う彼女は可愛い。顔は俺達とは違い十人並みなのだが、笑うと可愛い。彼女のまとっている雰囲気がいいのかもしれない。
俺の周りにはいないタイプだ。俺の周りには俺より優秀な奴らばかりだから。
頑張れば頑張るだけ、それ以上に結果を出す奴ら。頑張ってもできないという事を知らないのだろう。
彼女のドジを少し揶揄う。彼女は恐縮しながらも媚びる様子もへりくだる様子もなく、エヘヘと笑う。
何故か俺はその姿に安堵を覚える。
俺はエルモンドに憧れを抱きつつ、劣等感も抱いていたのだろう。
どうやっても勝てず、俺のモノにならない彼に。いや、彼だけじゃない。アルティナや第一王子にも。
俺は考えるのをやめた。居心地のいい場所で過ごしたい。だって俺はそれを許される者なのだから。
そうして考える事をやめた俺は、現実を突きつけられる。
アルティナは俺と婚約破棄したかったのだと。
王命で自分からじゃ断れないから、俺に断ってほしかったのだと。そしてそれにエルモンドが手を貸していた事に。いや、エルモンドは率先してやっていたのだ。アルティナが欲しかったから。
エルモンドとアルティナは両想いだったのだ。十も年の差があるのに? とも思ったが、二人が寄り添っている姿はしっくりきて、ああ、俺が邪魔者だったのだと納得させられた。
不思議な事に悔しさはなかった。なるようになったのだと。
さて、俺はこれからどうしよう。エルモンドにはメルルをどうにかしろと言われたが、流石に彼女は頭の中がお花畑過ぎる。
王になる事を諦めた俺は、何故かすっきりとした気持ちのまま考える。
まだ学園は二年ある。その間にどうすればいいか考えればいい。この場においても俺はまだ、甘く考えていた。
エルモンドという男の恐ろしさに……。
長年城内で甘い汁を吸い続けた者達が断罪された。
何となく感じていたが、これほどとは。そして最たる者が俺の母親だったとは。
悪魔の形相で悪態をつく俺の母親は、一心にエルモンドを見つめる。
その瞳から全てを知る。ああ、彼女は美しくも悲しい女だったのだと。
彼女の欲したものはただ一つ。金でも地位でもなく絶対に手に入らないものだったのだと。
項垂れる彼女は最後に俺を見る。初めて見る母親の顔で。
俺は仕方がないなと笑う。だって本当に仕方がないのだ。
親子で決して手に入らないものを、欲してしまったのだから。
ああ、父上もかもしれないな。
俺は罪人になった親の事を考える。
今後、俺のなすべき事は……。




