エルモンドという男 1
俺にはとんでもない従兄弟兼幼馴染がいる。
我が国最強にして最高の男。それがエルモンド・マノバ・ロッシィー。
俺はこのハオス国ダーウィン・ジールド・アリフェスタ・ハオス。第一王子として産まれた俺は、何不自由なく上に立つ者として君臨するはずだった。
この目の前で指示を出している男さえいなければ……。
物心つく頃にはエルモンドことエルは、俺の横にいて俺の教育をおこなっていた。
三か月の差があるとはいえ、同じ年のエルに俺は全てを教え込まれた。
勉強はもちろん、身の回りの事や人の扱いについて、今俺の持っている知識全てこの男、エルに叩き込まれたものだ。
当然何度かは反抗した。
俺にも第一王子としての誇りがあったからな。しかし、全てものの見事に返り討ちにあった。
そしてその誇りは何の役にも立たないと、身をもってあじあわされる羽目になる。
しかし、彼は飴と鞭の使い方が非常によく分かっている。
ズタボロに傷ついた俺が命を狙われる。その窮地を何十回と救った彼は、どんな状況にあろうと俺を見放さない。俺と一緒に狙われようが一切気にせず、文句も言わない。俺の所為で死にかけたと一度も口にした事がないのだ。
そうして本当に弱っている時には、お前は良くやっている。と肩を叩くのだ。
こいつには敵わない。
第一王子でありながら全面降伏を出したのは、十に満たない年だった。
そして彼は早くから軍事力にも目を向けていた。
王が腑抜けている間にこちらのものにするぞ。と言って俺を引っ張って団長クラスの教えを直接受けさせられた。
幼い頃から筋肉ダルマに教えを乞うていた俺達は、それなりの武力を手に入れた。
そしてエル本人は全く気付いていないが、奴はめちゃくちゃ顔がいい。
俺も整っている顔をしているとは言われていたが、そんなものの比ではない。
青味かかった長めの銀髪は少し癖があり、紫紺の瞳はアーモンド型、薄い唇は少し冷たくも感じるが、我が国においても滅多にみられない美形だ。
その謎が先日判明されたが、彼はあの美形ぞろいで有名なリーファル国の血が混じっているらしい。
なるほどと感心した俺に、あくまで自分の容姿に気付かない最強の従兄弟は、自分が他人にどのように乞われているか分かっていない。いや、分かっているのか?
エルほどの美形の、更に上にいく美貌を持つ正当なリーファル国の王子に『意に染まぬ事を強要する者は、どんな理由があるにせよ敵だ。遠慮する事も罪悪感を感じる事もない。徹底的にやれ!』と言っていた事から、彼も彼なりに辛い目にあったのかもしれない。
その筆頭たる者が王や第六側室なのだが、これはここでは言うまい。
そういえばその時にもう一つ判明した事がある。
エルはあの大手の大手、ロティック商会の会長だった。
確かに彼は忙しい中、一年に一回ふらりと一~二か月程の長期休暇を必ずとる。
その時以外はこいつ休みあるのか? と疑いたくなるほど動いているが「俺はまとめてとる主義だ」と彼はいつも言うのでそうなのかと、妙に納得して何も聞いたことはなかった。
その埋め合わせを彼の父である宰相がキッチリしてくれた事も、わざわざ聞かなかった理由の一つだ。
確かに幼い頃から彼は広い世界が大好きだった。何にも興味の示さない彼が、世界地図を広げている時は目を輝かせていた事を俺は知っている。
だからかな、俺はいつかエルはどこかに行ってしまうのではないだろうかと。小さい頃から何となく思っていたんだ。
こんなギスギスした城の中で納まっているような彼ではない。
彼は広い世界を駆け回りたいのではないかと。全面降伏した後の俺は『いつエルに捨てられるのかな?』そんな恐怖をいつも抱えていた。
だからエルがアルティナ嬢を気に入り、奮闘している間は心のどこかで安心していたんだ。
勝手にいなくなったりはしないと。
アルティナ嬢絡みでエルが覚悟を決めた時、その時も俺は自身が王になるよりも、エルがこの国から出て行く事がなくなったと、ずっと俺のそばにいてくれるのだと喜んでしまった。
『俺は卑怯だな』と内心思いながらも『俺は産まれた時から彼と共にいるのだから、彼に依存しても仕方がない』という言い訳を常に自身にあたえていた。
甘え過ぎだよな……王宮のゴタゴタを全て解決し、落ち着いたらエルに一年の休暇を与えようかと思っている。アルティナ嬢と世界を旅してもらうのも悪くない。もちろんその費用は国が払うから。
そんな事をホクホク考えながら目の前のエルを見る。
テキパキと動く彼をニコニコと見ていた俺は、次第に固まっていく。
彼が一年もの間この城にいない……あ、機能しないや。ごめん、エル。どうにか半年でお願いしたい。いや、三か月? そんな事をグタグタ考えているとエルと目が合った。
この糞忙しい中、何を休憩している? 目が笑っていない笑顔にそんな心を読み取った俺は、急いでエルの元に駆け付ける。
俺は今日もエルの監視下の元、王としての仕事に埋没するのだった。
私はエルモンド・マノバ・ロッシィー様の元で〔影〕と呼ばれる仕事をしている。
私の主人はとにかく凄い。
何が凄いのかと言うと、王族にも引けを取らない血筋。完璧なる容姿。国内随一の頭脳。そして人心をまとめ上げるカリスマ性。そう、彼こそ唯一無二の存在なのだ。
そんな彼に助けられたのは私がまだ二十歳の頃、私は他国の諜報員として第一王子の元に送り込まれた一人だった。
信じられない事に暗殺を目的とした事もあるプロの五人が、一網打尽にして捕まったのだ。それもやっと十歳に満たした子供一人に。
「選択権をあげる。俺のモノになるか牢獄行きか。どっち?」
私達は一も二もなく彼のモノになると約束した。油断させて逃げるつもりだった。
「ああ、逃げたければ逃げてもいいよ。けれど君達の主人はギレンジ国の王でしょう。彼は冷酷非道で有名だけれど、失敗して捕まった君達をお咎めなしで迎え入れてくれるかな?」
ニコリと笑うその顔は、とてつもなく冷徹で……美しかった。
身バレがしっかりされている。私達を傷つける事なく捕まえた手腕といい、情報といい、私はこの時点で彼に心酔した。
案の定、私以外の四人は逃げた。少しぐらいの咎はあるだろうけど、命ばかりはとらないだろうと高をくくって……後に殺された事を知る。
私はエルモンド様に忠誠を誓った後、ロッシィー家に一室をもうけられた。破格の給金に安定の休日。家族を得る事まで認められた。何故だ?
私の仕事は〔影〕といわれる裏の仕事。人目を避け、生きていかなければならないものなのに、家族をもうけてもいいなどとありえない。
エルモンド様に問いただすとキョトンとした彼は「私生活に得がないのに頑張れるものなのか?」と普通に問い返された。
彼は貴族でありながら、商人なのだと言う。
どんな仕事においても、自分に利益があるから初めてなせるのだと言い切る彼は正しく商人だ。
そうして商人には情報が一番なのだと言う。だからお前が必要なのだと、自分の力になれと。
私が必要なのだと初めて言われた。
私達は物と同じ。使い捨ての消耗品だと認識していた私は人と同等に、いや、それ以上に扱い必要だと言ってくれた彼に、再び心から忠誠を誓いなおした。
これから先、私の主人はエルモンド様、ただお一人。
王族だろうと何だろうと彼に牙を向ける者は、容赦しない。
そう誓い奮闘した結果、私はエルモンド様の一番の影になれた。それなのに一番新しく入った部下が、エルモンド様を裏切った。
ドージィ様に助けられたという奴は、元はケルビア国の諜報員でドージィ様に付けていた影だった。
ドージィ様の動きの情報を止めるだけでなく、ケルビア国との手引きなど今回の件のありとあらゆる行動は、全て奴が手を貸したために行われた結果だった。
本当は奴は今もケルビア国の手の者で、ハオス国を国内から混乱させたかったのかとも思われたが、奴はドージィ様の為にだけ動いたと言い切る。まあ、理由はどうでもいいが。
私は事態を説明し、奴を処分する為に動こうとしたが、エルモンド様にとめられた。
「解雇するだけでいい」と言うエルモンド様に、私は「優しすぎます」と訴えたが、苦笑したエルモンド様が「そんなに甘くはないさ」とポツリと呟いた言葉に、私は違和感を覚えた。
後に、奴はドージィ様の父親の手の内の者に殺されたと知った。
これ以上、罪を公にしない為に事情を知る者を一人でも始末したかったのだろう。
けれど奴を殺したところで彼らの罪が消える事はなかった。
エルモンド様はこの事を知っていたのだろう。若しくは予想されていた。
完璧な主人である彼もまた、葛藤しながら生きているのだと初めて知った。
私はこの先も一生を彼に捧げる。
彼の目となり耳となる私は、この仕事を誇りに思うのだった。




