お片付け 2
シンと静まり返る王の居室で、俺はリックに持たせていた書類の束を皆に見せつける。
「まず、王のケルビア国を利用してリーファル国に戦争をおこそうとしていた証拠は、こちらにちゃんとあります。ケルビア国との交渉の際、王が密約で交わした書類をいただきました。ケルビアの国王から役に立てればと手渡しで。そして、リーファル国にも他国との間の領地で数度の小競り合いをおこしています。他国の者の仕業だと見せたかったのでしょうが、リーファル国が捕まえた捕虜の者からハオス国、国王の指示だとの証拠があがっております。これはレオドラン殿下、御自ら集めていただいた証拠です。周辺からじわじわと攻めるつもりだったのでしょう。もちろん、我が国の軍事にも国王自ら口を挟まれております。近いうちに戦がある。強化せよと。そうですよね。近衛団長、騎士団長」
すっと扉の方を見ると両団長が頭を垂れていた。
この二人にはダーウィンと俺は幼い頃から直接、師事を受けていた。
国をまとめるにはまずは軍事から。という俺の発想にダーウィンも同意したからだ。
お蔭で早いうちからこの国の軍事力は、俺達の手で扱う事ができた。平和ボケした王にその頭はなかったらしいが。
王派閥の人間が青ざめる中、俺は説明を続けた。
「これにより王の罪はあきらかです。続いて第四側室メルーバ様というよりはお子様方ですが、貴方方は各王族に毒を盛っていますね。それも何度も。その行為に手を貸した侍女五名が口を割っています。その毒の所為で本来第六側室になるはずだった女性が亡くなっています。現在も第一側室の子、第三王女と第五側室の第四王子が後遺症で体が自由になりません。いくら王族といえども同じ王族を害した罪は無くなりはしないのですよ」
第四王女、第五王女、第三王子と次々に崩れ落ちていく。それを母親は必死になって抱きしめる。
多分、母親の命令で三兄弟は動いたのだろうが、途中から本人達も快楽を得ていたのは間違いない。
「第八側室のマルグリット様。貴方は娘共々王族に与えられている以上の浪費をなされていますね。ドレスに宝石、毎夜行うお茶会と称したギャンブル込みのお遊び。第七王女が引き入れた財務大臣が自首してきました。もう自分では補いきれないと。以前から調べてはいたのですが、これという決定打がなかったので助かりました」
「し・知らない。私は知りませんわ。この子達が勝手にした事ですわ」
第八側室が隣で手を取り合って震えている娘達を前に押した。
「お・お母様?」
「マルグリット様、今言いましたよね。決定打がなかっただけで、調べはとうにできているのです。詳しくは牢内にて」
ガクリと座り込む第八側室。
「第九側室カマエラ様。第六王子経由でかなりの経費を横領されていますね。幼い王子の見聞を広める為、孤児院の救済に手を貸したいと仰った気持ちが本物なら素晴らしかったのに。そういったもろもろの経費を上手いこと懐に入れられた手腕は見事なものでした。感服いたします」
第九側室は子を腕に抱いたまま、へたり込んだ。
「第十側室アンジョリーヌ様。貴方は側室という立場を理解されておられなかったようですね。貴方は主のもの。他の男との交わりなどあってはならないのです。カットラン伯爵を始め数人の男が自白しました。貴方との男女の関係について。ああ、貴方の悪趣味な性癖は流石に王でも満足させられなかったのでしょうか」
第十側室が顔を真っ赤にしながら睨み上げてくる。若いなあ。
最後に俺は第六側室ドージィに目をやる。
そして座り込んでいる彼女と目を合わせる為、片膝をつく。ドージィは俺を睨みつけながら唇を噛み締めている。
「第六側室ドージィ様。王にリーファル国との戦争をけしかけ、ケルビア国を紹介したのは貴方ですね」
「「「「「!」」」」」
皆が目をむく中、俺はドージィの顔を直視する。
王は愚かだ。
目先の欲にしか囚われず、毎日を楽しく暮らす事しか頭にない王が、ケルビア国の鉱山やリーファル国に考えがいくはずがない。
側室の話まで王妃に話す王。仕事を息子に押し付け全ての権限まで放棄する王。それでも自分は王であり続け、皆が逆らわないと疑う事もない王。そんな王が大国との戦争という大事を他国を巻き込んで行うとは思えない。
そこに俺の油断は生じていたんだ。
「……何故、アティをカロナの婚約者にしたんだ?」
「……貴方がそれを聞くの?」
「?」
「本当に分からないという顔ね。そこに私の行動の意味が全て含まれているのに」
「母上」
カロナがジッとドージィを見つめる。
視線をカロナに向けたドージィは一言だけ、ポツリとこぼす。
「……カロナ、ごめんなさい。私は、私の夢を見たかったの……」
王派閥の人間は大なり小なり罪を抱えている。
王派閥の重鎮達も捕まり、連行されている姿を見ながら、美貌の王子が口を開く。
「思った以上にドロドロだったね」
「巻き込んでしまい、申し訳ございません」
「いいよ、いいよ。エルには借りがあるからね。まあ、これで貸し借りはナシって事で」
俺が頭を下げると、レオドラン殿下はカラカラと笑った。
「借り? など、ありましたでしょうか?」
「ずば抜けた頭脳の持ち主なのに、人の感情には疎いんだね。先程のご婦人も少しだけ不憫に感じるよ。それもまあ、仕方のない事だろうけど」
「?」
俺が頭を傾げると、レオドラン殿下はしょうがないなと苦笑する。
「フフ、余り疑問を増やすのも可哀そうだから俺の借りだけ教えてあげる。五年前に俺がこの容姿で悩んでいる時にエルが言ったんだ『相手の意に染まぬ事を強要する者は、どんな理由があるにせよ敵だ。遠慮する事も罪悪感を感じる事もない。徹底的にやれ!』ってね。周りを狂わすのは俺の所為なのかとか、人を信用できない俺が王太子として国を支えていけるのか、とか色々考えてしまっている時だったから、エルの自分に対しての善・悪がはっきりしている言葉は俺の心にはまったよ。流石俺のおじさんだよね」
そういえばそんな事もあったなと思いながらも、最後の言葉がひっかかる。
「おじさんはやめろ」
「え? え? エルがおじさんとかどういう事ですか、レオドラン殿下」
俺達の会話に、隣で後処理の指示を出していたダーウィンが聞いてきた。
「あれ? ダーウィン王子はロッシィー家の流れをご存知ないのですか?」
「いえ、元々は王弟が降下して築いた家で、その後も何度か自国他国の王族との繋がりがあったようですが……あ、ああ、そうか。リーファル国の姫様も嫁いでますね。確か三代前ほど」
ダーウィンが思い出したというように、ポンッと手を打つ。
「そうです。遠いですがエルと私は血の繋がりがあります。それが縁で五年前商いにやって来たエルと出会いました」
「はい? 商いって……?」
またもや頭を捻るダーウィン。
「クスクス、意外と秘密主義なんですね、エル。ダーウィン王子、エルは幼い頃からロッシィー家があつかっている商会を一つ持っていて、今では国に一軒はあるといわれているロティック商会の会長ですよ。因みに我が国では伯爵位の位を授けています。何かと便利かと思いまして」
「!」
ニコニコニコと可愛い顔で笑う王子が全て暴露してしまった。
まあ、ペラペラと回る口を止めなかったのは俺なのだが。
「エルどうして……そんなの一言も聞いた事ないよ」
「言う必要あるか?」
ガーンという顔のダーウィンにレオドラン殿下がよしよしと背を撫でる。
「俺が言える事じゃないけれど、やっぱりエルは感情に疎い。ダーウィン王子、エルとは従兄弟同士の幼馴染と聞いております。その関係性に商会は関係ないという事でしょう。秘密にしていたというわけでも、話したくなかったというわけでもないみたいですよ。単に話題にならなかっただけ、みたいな」
レオドラン殿下が慰めるようにダーウィンに優しく話す。その表情にダーウィンは顔を真っ赤にして凝視している。
「あ・あれ?」
少し身の危険を感じたのだろう。レオドラン殿下が苦笑しながら見上げる。
「うちの王を篭絡しないで下さい。貴方は十二歳で色気と優しさを垂れ流し過ぎる」
そっとダーウィンとの間に入って距離を置く。
「俺の所為?」
「違いますね。申し訳ありません」
素直に謝る。レオドラン殿下の美貌も色気も優しさも、それにおちる人間がいるのは本人の所為ではないからな。
「クスクス、エルとの会話は楽しいね。じゃあ、この辺で失礼するよ。友人が騒ぎ始める頃だから」
「はい、此度は本当にご迷惑をおかけしました。この埋め合わせは必ず」
「う~ん、埋め合わせは楽しみだけど、そうじゃなくて、帰る時ぐらいエルの言葉で話してよ」
俺は目を瞬いた。そうだな、この王子とはその方が良い。
「ありがとな、レオン」
「うん、じゃあ、またね」
そう言って美貌の王子は、空間魔法で一瞬にして姿を消した。
便利だな。俺にも少しは魔力があるみたいだから、落ち着いたらレオンに習ってみるのもいいかもしれない。
「はっ、俺は何をしていたんだろう?」
すっかりレオドラン殿下の美貌に魂を持っていかれていたダーウィンが覚醒した。
「さあ、少しの間忙しくなるぞ。頑張りましょう、国王様」
俺はダーウィンの背をバンッと叩き歩き出した。
ダーウィンは小さく呻き声をあげるものの、苦笑して俺の後について来る。
今回の事件の後処理やらダーウィンの王の就任式やらで忙しくなるのは必須。
俺はアティとの婚約式をどこにいれるか、頭を巡らすのだった。




