その男、ドグマ
◇
翌朝。
武器屋で手持ちの装備を全部売り、少なからず現金が手に入った。これで元手ができたというわけだ。
「で、次はどうすればいいんだ?」
「これからこのお金を持って、冒険者ギルドに行きます」
「冒険者ギルド?」
「はい。そこに登録すれば様々な仕事を斡旋してくれるのですが、最初に登録料が必要なんです。けど、これだけあればわたしとライゾウさんが登録するのに充分でしょう」
「つまり登録料がかかる職安みたいなものか」
「しょくあん?」
「わかった。冒険者ギルドに行こう」
それから儂らは冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの建物は、ギルド(組合)というだけあって周囲の家屋に比べて立派なものだった。
石を積み上げて建てた四角い箱のような外観は、どことなく田舎の役所を思い出させる。もう営業しているのか、広くて背の高い両開きの扉は左右どちらも開放されており、こうして見ている間にも人が出入りしている。
ただ気になるのは、建物に出入りしている連中が、男女問わず大なり小なり武装しているところだ。金属製や革製の鎧や防具を身に着け、これ見よがしに剣や弓などを持ち歩いている。しかもそれを誰一人疑問に思っていないようなのがまた不思議な話だ。アメリカだって、道を歩いている奴が銃を手に提げていたら警戒するもんだろうに。
「あいつらも冒険者なのか?」
「そうですよ。そして、わたしたちもこれから冒険者になるんです」
今さらながら質問してみる。
「冒険者ってなんだ?」
「……そういえば、ライゾウさんはこの世界の人ではありませんでしたね。そうですね……冒険者というのは、依頼を受けて仕事をこなす、ちょっと荒ごと多めのなんでも屋さんです」
「なるほど」
荒ごとがどれほど荒くて多めなのか訊いてみたいところだが、出入りする連中の物々しさを見たら何となく察しがついた。
冒険者というものが何なのか大体わかってスッキリしたので、意気揚々と建物の中に入る。
中は思ったより広く、ざっと見たところ二十人を超える冒険者がいた。多くは壁に多数の貼り紙がされた掲示板と思しき物の前で雑談しているが、他は役所のカウンターのような場所に並んでいたり、フードコートみたいなテーブルで朝から酒をかっ喰らっている。
「朝から酒とは自由な連中だな」
「冒険者とはそういうものらしいです」
「それで、登録するにはどうしたらいいんだ?」
「きっとあそこが受付ですから、わたしたちも並びましょう」
そう言うとマリンは、五人ほどが並んでいる列に向かって歩き出した。
しばらく列に並んでいると、ようやく儂らの順番がやってきた。カウンターの前に立つと、冒険者たちよりは若干身なりのしっかりしたお嬢さんが笑顔で応対してくれた。
「冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですか?」
「ああ。登録したいんだが、どうしたらいいかな?」
「登録ですね。それではこちらの用紙にご記入ください」
渡された用紙に記入しようと備え付けの羽ペンを手にしたところ、背後に誰かが立つ気配を感じた。
「おいおい坊主、冒険者ギルドに登録するってのに丸腰か?」
「ん?」
振り返ると、豪奢な鎧に全身を包んだ大男が、にやつきながら立っていた。上背は儂よりも五寸は高く、見上げるような巨漢という言葉がよく似合う。面構えも大したもので、短く刈り込んだ頭から下は、あちこち傷が走っている。冒険者というよりはスジものという面相で明らかに怪しい。
「ここはガキの使いをして駄賃をもらいに来る場所じゃなく、魔物と戦って金を稼ぐ場所だぜ。そこに普段着で来るド素人は、今すぐ回れ右してまっとうな仕事を探すんだな」
「なんだ、お前さんは?」
「俺の名はドグマ。冒険者ギルド《ここ》じゃあちょっとは名の知れたベテラン冒険者よ」
そう言うと男――ドグマは持っていた巨大な戦斧をどかりと床に突き立てた。尖った先端が木の床を穿ち、鋭い刃が光を照り返す。
戦斧は意匠を凝らした業物のようであるが、小さな刃こぼれや傷が目につくのはそれだけ修羅場をくぐってきた証であろう。しかしこの大きな斧、並の男では持ち上げることすらできないだろう。ドグマはそれを軽々と肩に担ぐと、こちらを値踏みするような視線を向ける。
これは、よくあるベテランによる新人への洗礼というやつであろうか。儂も海外を放浪していた時はよく酒場で絡まれたものだ。やれ日本人だからとかやれ異教徒だからとか、ありとあらゆる理由で因縁や難癖をつけられたが、その全てを軽くあしらってやったものだ。
「よく鍛えているようだが所詮は素人。適切な武装もなしに冒険に出るなど、無茶を通り越して無謀というものだ。装備を買う金がないのなら、まずは普通に働いて金を溜めるのをお勧めするぞ」
「そう言うお前さんは随分と立派な鎧を着込んでおるな。そんなもんを着ないと魔物と戦えないのなら、いっそ家から出ないで引きこもっておったらどうだ」
儂が喧嘩を吹っかけると、儂らのやり取りを見物していた周囲の連中がどっと湧いた。
「やべぇ、あの新人ドグマさんに喧嘩を売りやがった!」
「こいつはイキのいい奴が現れたもんだ」
「おいドグマ、言われっ放しでいいのか!?」
笑声と共に、ドグマを焚きつけるような野次が飛ぶ。これまでの経験だと、ドグマは顔を真赤にして襲い掛かってくるだろう。後はメンツを潰さない程度に適当にあしらって、酒でも奢ってやれば一丁上がりだ。
だがドグマはまったく意に介した風もなく、むしろ余裕を持って笑う。
「なかなか威勢がいいな。新人はこうでなくてはならん。元気があって結構けっこう」
怒るどころか嬉しそうに儂の肩をバシバシ叩くと、馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。組技でも仕掛けてくるのかと思ったが、ドグマは儂の頭越しに受付嬢へと話しかけた。
「よし、それではとっとと登録してしまおう。そしてすぐにでも俺と一緒に冒険に出るのだ。その中で俺が冒険者にとって大事なことを徹底的に叩き込んでやる」
「え?」
てっきり喧嘩が始まると思ったら、いきなりドグマが儂たちを引率して冒険に出ると言い出した。
突然の展開に驚いていると、周囲の冒険者達が再び湧いた。
「出た! ドグマさんの強制同行クエスト!」
「ああ見えてドグマさんは新人を放っておけない人だからな」
「最初のクエストで失敗して挫折しないように、ああやっていつも同行してるんだよな」
……どうやらドグマは見た目に似合わず、新人思いの良い先輩のようだ。思い返すといきなり絡んできたのも、儂が丸腰で普段着のまま冒険者の登録に来たのを心配してのことだ。
こうして儂はドグマにあれこれ指導を受けながら、登録用紙に記入した。
「しかし、完全に異国の文字なのに読み書きができるというのは気色が悪いな」
「え? なんですか?」
儂の独り言に、受付嬢が怪訝な顔をする。独り身が長いと独り言が増えていかん。気をつけねば。
「いや、何でもない。これで良いかのう」
「ではこれで登録は完了です。次にギルドカードを作成しますね」
記入した登録用紙を受付嬢に渡すと、今度は小さく薄いカードのようなものを手渡された。
「ギルドカード?」
「冒険者ギルドに登録した正規の冒険者という証明書です。これがないとギルドで依頼を受注したり依頼内で得た物品の鑑定や下取り、報酬の受け渡しができなくなりますので、紛失しないように気をつけてくださいね」
「ちなみに再発行は?」
「できますが、ペナルティとして高額料金を請求しますので、くれぐれも失くさないように」
「それは大変だ。ポケットに穴が開いてないか確かめてからしまうとしよう」
手の中のギルドカードをしげしげと見る。薄さや大きさは病院の診察券に似ているが、材質は見当もつかない。しかし渡されたのはいいがこのカード、何も書いてないぞ。
「そのカードはまだ未登録です。今からライゾウさんの情報を入力しますので、右手の親指をこちらに向けて出してください」
「こうか?」
言われるがままに右手の親指を立てて受付嬢に見せると、
「では、失礼します」
言うや否や、小さな針を刺した。
「あいて」
刺された箇所から血が滲み、小さな赤い玉がゆっくりと大きくなっていく。
「その血をカードの中央に押し付けてください。そうすれば登録完了です」
油断していたとはいえ儂に針を刺すとはこの受付嬢、にこにこ笑っているが只者ではないな。などと思いながら、カードの真ん中に親指を押し付ける。
カードに儂の血で拇印が押された次の瞬間、血がカードに吸い取られるようにして消えたかと思うと表面にびっしりと文字が浮かび上がった。
「なんじゃこりゃ」
「それがライゾウさんのステータスです。レベルが上がると数値が上がりますので、頑張って経験値を稼いでくださいね」
「すてー……? レベル……?」
「それではこれで、ギルドへの登録を完了します。冒険者ギルドにようこそ」
聞き慣れない単語にぽかんとしてる儂をよそに、受付嬢が笑顔で締めくくる。よくわからんが、これでギルドの登録は終わったようだ。ステータスとか経験値とかの話は、後でマリンにでも聞いておこう。
「よし、登録は終わったな。それではさっそく依頼を受けに行くぞ」
儂の後に続いてマリンの登録が終わると、待ち構えていたようにドグマがやって来る。しかしコイツ、本当に儂らに同行するつもりか? まあ登録から依頼の受注まで引率してくれるのは正直ありがたいが、冒険にまでくっついて来るとなると少々鬱陶しい。
「こいつらにおあつらえ向きの依頼はあるか?」
登録をしたのとは別のカウンターまで移動すると、そこには別の受付嬢が待っていた。
これまでの経緯は筒抜けだったので、心得たものか彼女はすでに一枚の紙を準備していた。
「そうですね……。今朝入ったばかりのこれなんてどうでしょう? そこのお二人だけなら任せられない案件なんですが、ドグマさんが同行するなら大丈夫でしょう」
「ほう、どれどれ」
受付嬢から渡された依頼書を吟味するドグマの顔が、にやりと笑みの形に歪む。笑った顔も恐い。
「ゴブリンか。悪くない」
「ゴブリン?」
儂の問いにマリンが答える。
「森や山の中にいる子鬼です。普段は人目につかないように生きていますが、たまに人里や街道に現れて家畜を攫ったり人に危害を加えたりするんです。単体だと大したことはありませんが、群れになるとちょっと厄介な連中ですね」
「初心者向けの雑魚ってところか」
「つまり、わたしたち向けですね」
「よし。この依頼、俺たちがもらった」
さも当然のように、儂らの意見も聞かずにドグマが即決する。まあ話が早くていいんだが。
「お前たち、急いで準備しろ。この依頼、今日中に片付けるぞ!」
すっかり隊長気取りのドグマの号令で、儂らの初めての冒険が始まった。
明日も投稿します。