似顔絵付きなら倍
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マリンの案内で、儂らは武器屋にやって来た。
昼間無駄に労働の真似事をしたせいで、もうすでに日が傾いている。早く金を作らないと、今夜の寝床どころか晩飯にもありつけないだろう。自然と足を動かす速さが増す。
「ここです」
「おう。案内ご苦労」
店の軒先には、鉄板をくり抜いて剣と盾が描いた看板が垂れ下がっており、一目でこの店が何を売っているのかわかる。
「ライゾウさん、本当に自分の装備を売るんですか? そんなことしたら、冒険で困ることになるんですよ」
「心配するな。儂に任せろ」
心配そうなマリンをよそに、儂は扉を開けて店の中に足を踏み入れる。
店内はこじんまりとしているが、品揃えはなかなか良さそうだった。壁にかかった剣や盾には埃一つなく、掃除が行き届いている。外から見た印象と、武器屋という無骨さから感じる印象とは随分違っていた。
「いらっしゃい」
中に入ると、店の主らしき男が声をかけてきた。
「おや、昨日の兄ちゃんかい」
男は儂を憶えていたようで、愛想よく笑顔を作りながら歩み寄ってきた。。
「今日はどうした? ウチの商品に何か問題でもあったか? それとも装備の買い足しか?」
「それなんだが店主――」
儂は店のカウンターに背負っていた荷物をどんと置く。
「済まんが、こいつら全部返品だ」
「返品?」
「ええ!?」
返品という言葉に驚く店主。そして何故かマリンも驚いていた。
「ちょっ……!? ライゾウさん、装備を売るって全部ですか!?」
「手っ取り早く金を作るには、この方法しかないだろう」
「それはそうですけどまさか全部売るなんて……武器も防具もなしにどうやってこれから旅をするんですか? 街の外には魔物がいるんですよ」
「なんだ、この世界には魔物なんぞいるのか」
「いますよそりゃ。魔王がいる世界なんですよ。魔物ぐらいその辺にうようよいますよ」
「魔物と戦うのは初めてだが、まあ何とかなるだろう」
「そんなわけないでしょう。盾も防具もなしに魔物の攻撃を食らったら死んでしまいますよ」
「なあに、当たらなければどうということはない」
「それに剣まで売っちゃってどうするんですか」
「儂はやっとうよりもこぶしの方が性に合ってるからな」
「人間が素手で魔物と戦えるわけないでしょ」
「そんなもん、やってみないとわからんだろ。儂を誰だと思っておる。伝説の武術家と呼ばれた男だぞ」
「知りませんよ。どこの伝説ですかそれ」
「ちょっといいかい?」
儂とマリンのやり取りに、店主が割って入ってきた。
「悪いが、ウチは返品は受けつけてねえんだよ」
「なに、そうなのか?」
困ったぞ。こいつが返品できないとなると、儂にはもう金を作る案は無い。こうなったら街を歩いているガラの悪そうな奴らをしばき上げて財布を出させるしかないか……。
仕方なく手を血に染める算段をしていたが、幸いなことにそうはならなかった。
「返品はできないが、中古ってことで半額で買い取ってやることはできるぞ」
「なんだ、それなら――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
半額でも金が戻ってくるのなら御の字だ。だが儂が売却を承諾する前にマリンが割り込んできた。
「どうして半額なんですか。昨日買ったばかりでまだ一度しか装備してないから新品同様ですよ。貴方だって昨日わたしたちが買ったことを憶えていたじゃないですか」
「そうは言うがな、姉ちゃん。一度だろうが買って装備したんだからもう中古だ。半額が嫌なら帰ってもらってもいいんだぜ」
「それは……」
足元を見られ、マリンはさっきの勢いが嘘のように萎んでいく。
「それよりどうだいお姉ちゃん。あんたが昨日ウチで買って今着ているその魔導衣。そいつなら倍の値段で買い取らせてもらうが、どうだい?」
「ほう……」
「どうだい? じゃありませんよ! 売りませんよ絶対。それにライゾウさん、なにが『ほう……』ですか」
「しかしなあ、その汚い服が定価の倍で売れるんだぞ」
「汚くありません! って言うか倍だろうが売りませんよ!」
「おい店主。一日着ただけで倍なら、二三日着たやつはどれぐらいになる?」
「そうさなあ……。基本は倍額で一日増えるごとに一割増ってとこだな。本人の似顔絵をつけるならそこからさらに倍付けだぞ」
「――だそうだが?」
「こっち見ないでください、売りませんよ。なんですかその頭のおかしい狂ったシステムは」
「金に困っとるくせに文句の多い奴だな」
「わたしはライゾウさんと違って、お金で心まで売ったりしないだけです」
「で、どうすんだい? 売るのかい? やめとくかい?」
「売りますよ。当然わたしのではなく、ライゾウさんの装備全部売却でお願いします」
こうして儂らはいくばくかの金を手に入れ、その夜の食事と暖かい寝床を手に入れた。
明日も投稿します。