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You're fire!

     ◇

 職業斡旋所は、ただの小屋だった。


 六畳一間ほどの木造平屋建ての中には、老人が一人いるだけ。質素な木の机と椅子以外にあるのは、壁のあちこちに貼られた求人広告のみ。恐らく求人主が貼っていったのだろう。この中から自分の希望に合った貼り紙を剥がして、老人に渡すシステムのようだ。


「おめさんたち、見ない顔だね」


 老人は、長い眉毛に隠れた目で儂らを睨めつける。当然だ。儂ことカイトは数日前初めて王都に来た他所者だし、マリンは宮廷魔術師なのでこの辺りに足を運ぶことはなかっただろう。


「初めてなんだが、何か良い仕事はあるか?」


「できれば簡単なお仕事を……」


「そうさのう……」


 老人は椅子から大儀そうに立ち上がると、貼り紙のある壁へとぎくしゃく歩く。


 そうして枯れ枝のような腕で適当なのを二枚剥がすと、再び油の切れたブリキ人形のような動きで椅子へと戻った。


「おめさんはええ体しとるから、肉体労働だな」


 そう言って机に置かれたのは、工事現場の人足だった。やったことはないが、力仕事なら何とかなるだろう。


「んで、そこの娘っ子はこれがええ」


 マリンにあてがわれたのは、食堂の給仕だった。接客業か。果たして世間知らずのマリンにできるだろうか。


「近頃は一攫千金を狙って冒険者になる若いのが多いが、人間額に汗して働くのが一番だからな。おめさんらも、地道に頑張るんだぞ」


 どうしてこう年寄りの言うことは、世界中どこでも同じなのだろう。まあ儂も中身は年寄りなのだが、地道に働くのは真っ平御免だ。


 ともあれ晴れて働き口が見つかった儂らは、夕方仕事が終わったら再び宿屋で落ち合うことを決めてそれぞれの働き先へと向かった。


 儂が向かったのは、郊外の道路工事現場だった。


 王城に向かう道や大通りはすでに石畳に舗装が済んでいるが、それ以外は土が剥き出しの田舎道だ。これでは雨が降ればぬかるむし、晴れても風が強ければ砂埃が鬱陶しい。


 しかし主要道路以外を舗装するには金がないのか、舗装された道路の方が少ないくらいだ。今こうして舗装工事が行われているのは、とある貴族が王都から自分の別荘への道を自腹で舗装しているという。


 王都から石畳の上を歩いていると、やがて現在工事中の場所に辿り着いた。


 現場ではすでに十人以上の男たちが働いている。工事は一度地面を1メートルほど掘り下げ、それから砂や小石を段階的に敷き詰めて踏み硬め、最後に石畳を敷く古代ローマ時代から行われている伝統的な石畳敷設であった。意外と文化水準が高いな。


「お前が新入りか」


 感心しながら作業を眺めていると、真っ黒に日焼けした男が話しかけてきた。


 男はビヤ樽に丸太の手足をくっつけたような体格で、いかにも工事現場の現場監督といった感じだった。


「おお、いいガタイしてるじゃねえか。あの爺さん、ちゃんとこっちの注文憶えていやがったな」


 男は嬉しそうに儂の背中バシバシ叩く。まるで鉄砂掌の達人のような肉厚の掌の感触が、背中に伝わってくる。


「さっそくだが、お前に仕事だ。着いて来い」


 そう言うと男は先立って歩き出す。後をついて行くと、地面に巨大な岩が埋まっていた。


 岩の周りにはツルハシが投げ出されており、手を血だらけにした男たちが三人へばっている。


「今朝の作業でこの岩が顔を出しやがってな。このままじゃ基礎ができねえから砕くなり掘り出すなりしなくちゃならねえんだが、如何せん朝から男三人がかりでもこのザマよ」


 岩を掘り起こそうとして周囲を掘ったものの、そのデカさに撤去を断念。それからツルハシで小さく砕く方向に転換したようだが、あまりの強固さに作業員の手の方が先に参ってしまったようだ。


「こいつを何とかしないと作業が進まねえんだが、工期が迫ってるんであまり時間もねえ。悪いけど兄ちゃん、今日中に何とかできねえか」


「何とかって、この岩をなくせばいいのか?」


「そうだ。本当ならうちの人員で何とかしたいが、これ以上手をやられる奴が増えるとこの後の作業に支障が出るからな。済まねえが、今日の作業はこれだけでいいから踏ん張ってくれ」


 要は、お前は今日だけの使い捨てだから、手がぶっ壊れてもいいのでこの岩を何とかしろということか。


「わかった。何とかしてやろう」


「そうか、やってくれるか」


 そう言うと男はツルハシを渡してくるが、儂はそれを断る。道具は嫌いなのだ。


「そんなもんいらん」


「いらんって……。お前、ツルハシもなしにどうするんだ」


 男をよそに段差を降り、岩へと向かう。離れて見てもデカいと思ったが、近づいてみるとさらにデカく感じた。たしかにこの大きさの岩は、重機ならまだしも人力ではどうにもならんだろう。


 軽くこぶしで叩いて様子を見ながら、岩の周囲を歩く。思った以上に密度の高い岩だ。これをツルハシなんかで砕こうとしたら、ひと月かかっても終わらないだろう。


 だが、儂のこぶしならどうかな。


 この体で硬気功が使えることは、朝の薪割りで実験済みだ。


 それに加え、儂には自然石割りの経験がある。勿論テレビなんかが見せるような、石と床の間に隙間を作ってそこで割るようなインチキではない。厳然とした、こぶしと石の真剣勝負での話だ。


 とは言うものの、さすがにこの大きさの自然石を割るのは儂も初めてだ。大見得切った手前、失敗したら洒落にならないのでここは念入りに気合いを澑めておこう。


 というわけで少し多めに気を溜めるつもりだったのだが、今日は調子がいいのかそれともこの体の出来がいいのか、まるで自分の足が大樹の根となって地面から水を吸い上げるような感覚でどんどん気が溜まっていく。


 これはいったいどうしたことだろう。今まで感じたことがないくらい、自分の体に気が溜まっている。初めての経験に、少し動揺してしまうくらいだ。


 落ち着け、自分。慌てず騒がず丹田に溜まった膨大な気を右のこぶしに移す。すると固く握り込んだこぶしには、大地を真っ二つに割れるんじゃないかと思うくらいの気が込められていた。


 これはちょっと、まずいんじゃないか……。


 いくら相手が巨大で強固な岩でも、これだけの気を打ち込んだら砕くだけじゃ済まないかもしれない。


 しかし溜め込んだ気をこのまま持ち続けるわけにもいかない。今の儂は、謂わば肺に限界まで空気を溜め込んだ状態と同じなのだ。いつかは吐いて、新たな空気を取り入れないと死んでしまう。


「ええい、ままよ!」


 覚悟を決めて、全力で右のこぶしを岩に叩き込む。


 次の瞬間、爆弾でも爆発したかのような轟音とともに、巨岩が木っ端微塵に砕け散った。


 そして岩を砕いたエネルギーが勢い余ったのか、すでに敷き終わった石畳が下から突き上げられるようにして吹っ飛んで行く。


「えっ!?」


 驚く男や作業員たちが見守る中、石畳は土煙を上げながらもの凄い速度で除去されていき、やがて百メートルほどの距離を元の堀に戻したところでようやく止まった。


 儂の偉業に感動したのか、現場に沈黙が流れる。


 見れば、現場監督は白目を剥いて顔を引きつらせ、体は悪寒でもあるのか震えている。うわ言のように「工期が……」とか「これまでの作業が……」とか言っているが、大丈夫なのだろうかコイツ。


 他の作業員たちは、ようやくこの邪魔な大岩がなくなって嬉しいのかその場に膝をついて呆然としていたり、うずくまって涙を流している。


「どうだ。何とかしてやったぞ」


 背後から肩を叩いてやると、現場監督は体を大きく一度震わせる。それからゆっくりこちらを振り向くと、さっきまでとは打って変わって赤鬼のような形相になった。


 次いで空手の息吹のように大きく息を吐き肺の中の空気を全て絞り出すと、今度は肺が破裂するんじゃないかと思えるほど息を吸って言った。


「クビだーーーーーーーーーーーーーっ!」


 速攻で工事現場をクビになったので、待ち合わせの時間まで暇を潰すのは大変だった。


 何しろ一文無しなので、店に入って茶を飲んだり暇潰しの雑誌を買って読むこともできない。ただただ道行く通行人や空を流れる雲を眺めるばかりで、病院で寝たきりになり点滴の落ちる音を数えていたあの頃を思い出してちょっと憂鬱になった。


 そういえば、儂は仕事に失敗して賃金を得られなかったが、マリンは大丈夫だろうか。


 あれでも一応宮廷魔術師なのだから、優秀な人間のはず。食堂の給仕くらい、どうってことはないはずだ。儂がよく行っていた飯屋の店員なんか、女子高生だったしな。子供でもできる仕事だ。


 まだかまだかと待っているうちに、ようやく日も暮れてきた。人々は長い影を引き連れて家路に急ぎ、家々からは夕餉の匂いが漂ってくる。泥だらけの子供が帰ってくると母親は一瞬呆れた顔をするが、すぐに笑顔になって頭をなでてやる。


 そうした何気ない日常を眺めていると、背後から女のすすり泣く声が聞こえてきた。


 何事かと思って振り返ると、そこにはマリンが立っていた。


「うっ、うぅっ……ライゾウさん……ぐすっ」


 マリンの服は料理のシミだらけで、頭には洗剤の泡や割れた皿の破片が載っており、一目で何があったか察せられてしまった。


「ずびばぜん、わたし、クビになって、お金……ぐすっ……」


「もういい、何も言うな。お前はよく頑張った」


 鼻水を垂らしながらえずくマリンの頭をそっと撫でてやると、調味料の粉と一緒に皿の破片がぱらぱらと落ちた。


「それで、ライゾウさんの方は――」


「それじゃあ装備を売りに行くぞ」


 マリンの問いに被せるように言い切ると、それだけで彼女も察したのか、黙って頷いた。


明日も投稿します。

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