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ライゾウさんの倫理観は戦中で止まっています

     ◇

 勇者として最初の仕事は、金を稼ぐことだという。


 勇者という響きのわりには生臭い話ではあるが、勇者といえどタダで飲み食いができるわけではない。仮に世界を救うために旅をしているとしても、宿に泊まれば宿屋に、メシを食えばメシ屋に金を払わなければならない。なので、何をさておいても先立つものがなければ話にならない。


「世知辛い話じゃのう。国の援助とかはないのか?」


「当然あります。けど、勇者が魔王討伐の旅に出たということは国家機密なんです。だから大っぴらに王城に行って活動資金の追加申請をすることはできないし、何より機密保持のために申請の詳しいやり方はカイトさん本人にしか知らされていないんです」


 当然、カイトの記憶など儂は持っておらん。


「つまり……」


「もう国からの支援は受けられないんです……」


 泣きそうな声でマリンが言う。なるほど。だからまずは金が必要なのか。こればかりは、どこの世界も同じというわけである。


「それに、仮にできたとしても昨日の今日でいきなり追加予算の申請なんて、わたしにはとてもできません……」


「なんじゃ。最初に資金援助はされておるのか。だったらそれは――」


「……もうないんです」


「なに?」


「だから、最初に王様からもらったお金は、旅に必要な装備や道具を揃えるのに使ってもうないんです」


「初期投資で全部なくなったのか? えらくケチな国もあったもんだな」


「違います。国から出た援助金は潤沢でした。けど死んだカイトさんを生き返らせるために唱える蘇生魔法に魔力が不足してまして……。足りない魔力を補うために、高価な魔石を購入したからお金がないんです」


「その魔石とやらは、そんなに高価なのか?」


「王都の一等地に一軒家が軽く買えるぐらい……」


「それは……国も奮発してくれたな」


「それで、後はここのお代を払ったらきれいさっぱりすっからかんなんですよ、わたしたち」


 そう言うとマリンは、わっと机に突っ伏して泣き出した。


「悪かったな。知っていれば、もう少し遠慮して食ったんだがな」


「いいんです。焼け石に水ですから、気にしないでください」


「そうか」


「それよりも、問題が一つあります」


 マリンが顔を上げて鼻をすする。涙はもう止まっていた。


「一つだけとは思えんが、とりあえず聞こうか」


「お金を稼ぐ手段に心当たりはあります。しかし、それには元手が少しばかり必要なのですが、今のわたしたちにはそれすらありません。なのでまずはその元手を何とかしないといけないのですが、世間に疎いわたしにはどうすればいいかわかりません」


 元手をかけずに金を稼ぐ方法は少ない。無いこともないが、それには他人よりも優れた才能や知恵が必要になる。儂も若い頃は自分の才能を活かして稼いだ金で全国を行脚していたもんだ。


「元手はどれぐらい必要なんだ?」


「そんなに大金じゃなくていいんです」


「よし、ならばちょっとそこらでチンピラを殴って小銭を稼いでくるか」


「いきなりなんてこと言うんですか!? 駄目ですよ犯罪行為は!」


「駄目なのか?」


「当たり前です。いくら相手が反社会的勢力だとしても、この世界には法や秩序があるんです。ましてや勇者ともあろう御方が破落戸ごろつきみたいな真似なんてとんでもない。それでは正義が廃れてしまいます」


「なんじゃ、面倒臭いのう。正義なんかでメシが食えるか」


「正義でご飯を食べてる人に謝ってください!」


「となると、できることはもうアレしかないな」


「え?」


 そう言って席を立つ儂を、マリンはぽかんとした顔で見た。


「どこに行くんですか?」


「金を作りに行くに決まっとるだろう」


「作るって、どうやって? まさかさっきみたいな法を犯す行為ではないでしょうね……」


「安心しろ、法は犯さん。それより善は急げだ。荷物をまとめろ」


「本当に善なんですよね? 信じていいんですよね……」


 こうして一度二階の部屋に戻り、荷物をまとめた儂たちは宿を後にした。


 宿を出て外に出ると、見知らぬ世界が広がっていた。


 石畳の道。


 木と石でできた街並み。


 機械のキの字も見当たらない、時代が中世にでも戻ったような風景が目の前にあった。


「おお~……」


 思わず声が漏れる。今まで半信半疑だったが、これで一気に自分が異世界にいるという実感が湧いた。


「どうですか、王都イニティウムは?」


「凄いな。儂のいた世界とはまるで別物だ」


「そうでしょうそうでしょう。何せここは王都ですからね」


 儂が感嘆の声を上げると、何故かマリンが満足そうに頷く。


「それでライゾウさん、どこに行くんですか?」


 道の前で呆然と立ち尽くしていると、マリンが背後から心配そうに声をかけた。


「おお、そうだった。それじゃちょっと案内してもろらおうかのう」


「案内ってどこに?」


 マリンの問いに、儂は背負った荷物を親指で指してにやりと笑う。


「こいつを買った店だ」


「こいつを買った店って……もしかして装備を売るんですか?」


 マリンは信じられない阿呆を見るような顔をして儂を見る。


「手っ取り早く金を作るには、不要なものを売るのが一番だからな」


「それが一番大事なものじゃないですか!」


「金が必要なんだろ?」


 そう言うとマリンは唸って考え込んでしまった。やがて何か妙案を思いついたのか、「そうだ!」と手

を打つ。


「持ち物を売るのは最後の手段にして、まずは普通に働いてみませんか」


「お前、働いたことあるのか?」


「わたしは宮廷魔術師なので、世間で言う普通の労働はしたことありません。ライゾウさんはどうなんですか」


「儂は金がなくなったら酒場で用心棒をしたことぐらいかのう」


 どうやら二人ともまっとうな仕事をしたことがないようだ。


「ではこの機会に一度働いて、まっとうな社会経験を積んでおきましょう」


「それはいいが、仕事ってどこで見つけるんだ?」


「そこからですか……。職業斡旋所に行けば、何か見つかるでしょう」


「職安か。いや、今はハローワークと言うんだったかな」


「はろー……? まあとにかく行ってみましょう」


 こうして儂らは職業斡旋所に向かうことにした。

明日も投稿します。

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