勇者の体にじじいの魂
◇
翌朝。
宿屋の一階にて、儂とマリンは朝飯を食べていた。
「ライゾウさん、念のために訊きますけど、これからのこと、わかっていますよね」
「しつこいのう……。朝飯ぐらい静かに食わせんか」
言いながら、儂は固いパンを食いちぎり、木製の皿に直接口をつけてスープすする。テーブルには、既に空になった器が数枚重ねられたいた。
「いくら肉体が若い健康体だからって、朝からよくそれだけ食べられますね。中身はおじいちゃんなんですよね?」
「もう長いこと固形物はおろか流動食すら喉を通らず、点滴で栄養補給をしていたからな。和食でないことがちと不満だが、自分の歯で噛んでメシが食えるなんて久しぶりだから嬉しくてのう」
「はあ、わたしはまだ若いからよくわかりませんが、お年寄りって大変なんですねえ」
「お前だって油断してるとあっという間にババアになるからな。今からでも毎食ごとに食える喜びを噛み締めておいた方がいいぞ」
「誰がババアですか。失礼な」
マリンとくだらないやり取りをしていると、奥から果物の盛り合わせを盆に載せた宿の娘がやってきた。
「お兄さん、さっきは薪割りありがとうね。これサービスだから食べて」
笑顔でそう言って、娘はテーブルに皿を置いていった。
「何ですか、これ」
「何って、サービスだろ」
「それはさっき聞きましたよ。それより薪割りってどういうことですか」
「薪割りを知らんのか。丸太を斧や鉈で適当な大きさに切ることだ」
「それぐらい知ってますよ! そうじゃなくて、ライゾウさんいつの間にここの薪割りをやってたんですか?」
「ああ、今朝この体の慣熟運転のついでにな」
言いながら、右手で手刀を作って薪を割るふりをする。
「素手で割ったんですか? メチャクチャしますね」
「そうでもないぞ。十分な気さえ通せば、素手で丸太を割るくらい造作もないことだ」
長年武術で鍛えた儂と違って、カイトの拳や脛などの打撃部位は常人と大差なく脆い。なのでこの体で打撃を本気で打ったら自分が怪我をしてしまうだろう。これでは儂の武術が十全に活かされないかと思われた。
だがカイトの体は魔法が使えるせいか、気の巡りがすこぶる良い。マリンが言うには、魔法を使う際に魔力を体内に循環させる回路が気功と相性が良いのだそうだ。
気功さえ使えれば、部位鍛錬をしていなくても体を痛める心配なく本気で打撃が打てる。十分に練った気を込めた拳は金槌よりも硬く、手刀は日本刀よりも鋭利なのだ。
「へ~、気功って便利なもんですね……じゃなくて、昨日話したこと、忘れてないですよね」
「昨日? ああ、あれか……」
空になった器を山に重ねながら、儂は昨夜のことを思い出す。
カイトの肉体に儂の魂が入ってるせいで、カイトの魂は自分の肉体に戻れずにいる。それなら儂の魂をカイトの肉体から取り出せば良いのだが、その方法がわからないし、下手に魂を抜こうとしたら今度こそ本当にカイトの肉体が死んでしまうかもしれない。なので安全で確実な方法が見つかるまでは、この問題は保留ということになった。そしてその間――。
「儂にカイトの代わりに勇者とやらをやれ、という話だったな」
「そうですよ、それ! こちらの手違いとはいえカイトさんの肉体を使ってるんだから、彼の代わりに勇者をしてもらわないと困るんですよ」
「勇者ねえ……。具体的には何をすればいいんだ?」
「そうですね。最終的に魔王を倒してくれればいいんですが、今一番大事なことは――」
マリンは周囲を憚るように小声になり、身を乗り出して儂にだけ聞こえるように言った。
「お金を稼ぐことです」
「はあ?」
明日も投稿します。