アレルギーだな
◇
「じゃあ、あなたは本当にカイトさんじゃないんですね」
「何度も同じことを言わせるな。それよりここはどこだ。儂はいつの間に病院から移動した」
「病院? ここは宿屋の二階ですけど」
「そうだ。儂は老衰で死んだはずだった。なのに光に包まれたと思ったらここにいたんだ」
「死んだ……光……」
こんな突拍子もない話は信じてもらえないと思ったが、少女――マリンは難しい顔をして何やら思案し始めた。
「もしかして……」
「何か知っているのか」
「たぶん……いえ、間違いないわ」
マリンが言うには、死んだカイトを蘇生させようとした時呪文にちょっとした手違いがあって、別の世界でたまたま同じ頃に死んだ儂の魂がカイトの肉体に入ってしまったのだそうだ。呪文だの別の世界だのピンとこない話だが、死んだはずの儂がこうしてピンピンしていることに比べたらどうでもいい話だ。
「ということは、ここは儂のいた世界とは別の世界。つまり異世界ということか」
「はい。この世界にはカイトさんの肉体を器にできるような魂を持った人間はいませんからね。恐らく呪文が間違って発動した影響で、カイトさんの肉体に相応しいライゾウさんの魂が召喚されたんだと思います」
どうりで外国人にしか見えないマリンの言葉が通じるわけだ。肉体がこの世界の住人のものなのだから当然である。
「ところで、ちょっとした手違いってなんだ」
「その……、蘇生の呪文を唱えている時、ちょっと噛んじゃって……」
「噛んだ? とちったということか」
「ええ。わたし極度の上がり症で、魔法を唱えようとするといつもとちってしまうんです。それに蘇生呪文なんて高等魔法を実際に唱えるのは初めてだったし、おまけに目の前でカイトさんが亡くなって動揺していたのでなおさら……」
「ふむ。魔法のことはよくわからんが、まあ気にするな。失敗は誰にでもある」
「随分あっさりとこの状況を受け入れてますね……」
「ということは、この肉体はカイトとやらのものか」
「そうです。ぴっちぴちの十八歳の肉体ですよ。どうですか? 動きやすいでしょう」
「確かに。若さもさることながら、よく鍛えておる。まあ、儂の若い頃に比べたらまだまだだな」
「いや、一応勇者の身体なので人類最高峰の肉体だと思いますよ……」
「ちなみに、カイトはどうして死んだんだ?」
「実は、彼は魔王に存在を悟られるためについ先日まで山奥の小さな村に隠れ住むようにして生きていました。だから昨日、せっかく王都に来たんだからと新鮮な海の幸を生まれて初めて食べて。そしたら急に呼吸が苦しくなって……」
「アレルギーだな」
ずっと山奥で暮らしていたから、自分が魚介アレルギー持ちだと知らなかったのだろう。アレルギーでの死亡事故といえば蕎麦が有名だが、魚介類にもアレルギー性物質を持つものは多い。症状の軽いものだとサバやエビなどがあるが、これも人によっては深刻な結果になることもあるだろう。
「ともあれ、この身体はカイトのものだということはわかった」
「わたしも、カイトさんの中身がライゾウさんだということは理解しました」
しかしそうなると、新たな問題が一つ。
「で、カイトの魂はどうなったんだ?」
儂が疑問を口にすると、マリンは重大な問題に今気づいたとばかりに勢いよく立ち上がって叫んだ。
「そうだ! カイトさんの魂!」
考えてみれば単純な話である。カイトの肉体に儂の魂が入っている以上、元のカイトの魂が押し出されたままということになる。つまり今こうしている間も、カイトの魂はどこかを漂っているはずだ。
儂がそんなことを考えている間、マリンは何かに取り憑かれたようにぶつぶつ言いながら頭を捻っていたが、やがて血走った目でこちらを振り返る。
「ライゾウさん! お願いがあります!」
その形相を見る限り、どうやらろくなお願いではなさそうだ。
明日も投稿します。