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臨終から始まる異世界転移

     ◇

 儂の名は不破雷蔵ふわらいぞう


 自分で言うのも照れ臭いが、かつて史上最強と謳われた伝説の武術家である。


 若い頃は武者修行で日本中を行脚し、目についた道場に片っ端から道場破りを仕掛けては看板を奪ったものだ。


 やがて儂は本邦に敵なしと判断すると、目を外の世界に向けた。自分の力が世界に通じるか試してみたくなったのだ。そうして日本を飛び出した儂は身体一つで世界を渡り歩き、気がつけば世界最強の名をほしいままにした。


 そして再び日本に帰ってきた儂を待っていたのは、世界最強の武術家となった儂を倒して自分が世界最強になろうと目論む日本中の武術家たちであった。だが儂はそいつら全てに勝利し、それからもずっと勝利し続けた。こうして儂は史上最強となった。


 だがそんな儂も気がつけば百歳まであと僅か、白寿を迎える歳になっていた。


 鋼のようだった筋肉はすっかり痩せ衰え、走ることはおろか杖なしでは歩くこともままならない。箸よりも重い物が持てなくなり、自分で用を足すのも一苦労になった。


 こんな惨めな爺になるとは、若い頃には夢にも思わなかった。史上最強も歳には勝てなかったというわけだ。


 今もこうしてただ一人、病院のベッドで人工呼吸器や心電図に繋がれ、お迎えが来るのを今か今かと待っている。


 病室にいるのは医者と看護師のみで、儂を看取る身内は誰一人いない。この歳まで武術に明け暮れて、他のことには何一つ構わなかった代償だ。


 悔いはないと言いたいが、実際こうして今際の際を孤独で迎えると、少し考えてしまう。他の人生もあったのではなかったのか、と。


 心電図の電子音と人工呼吸器のポンプの音が段々と聞こえにくくなってくる。


 そろそろか。意識も遠のき始め、医者が臨終確認の準備をするのが気配でわかる。


 心電図の波長が弱くなっていき、やがて耳障りな電子音を吐き出す。


 心臓が停まると同時に、すっと意識が遠のく。


 まるで眠りに落ちるように、儂の意識は深い闇へと落ちていった。


 ああ、これが奈落か。この先に待っているのは天国が地獄か。いや、今までのことを考えたら、きっと地獄だろう。あまりに血を流しすぎた。ならばこれからは地獄の鬼と手合わせか。それもまた一興。


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、闇の中へと落ちていた意識がふっと止まった。


 宙に浮いたような感覚に戸惑っていると、真っ暗だった世界に一筋の光が射した。


 糸ほどの細さだった光は、儂の身体に当たると一気に全身を照らすほどの大きさに広がった。


 まばゆい光に照らされた儂の身体は、落下をやめてゆっくりと浮上し始めた。


 これはもしかして、地獄に落ちるはずだったのが天国に行けることになったのだろうか。


 まるで芥川の蜘蛛の糸のようだと思いながらふわふわと浮いていると、それまでゆっくりだった浮上が一気に加速した。


 あっと思うより早く、物凄い速度で上へと引っ張り上げられた儂の意識はそこで再び遠のいた。

明日も投稿します。

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