漢の生き様
◇
敵の中に魔法を使う奴がいる。
今まで魔法と聞いても灯りの代わりになるくらいだと思ってピンと来なかったが、目の前で足の自由を奪われたマリンを見て、敵が使うとどれほど厄介かわかった。確かにこいつが相手だと、実戦経験のない初心者では勝てないだろう。
「クソ! いつの間にか魔法をかけられてたようだ。俺としたことが油断したぜ」
自覚はなかったが、どうやら儂らはすでに敵の攻撃を受けていたようだ。そして儂とドグマには効果がなかったのを見たゴブリンシャーマンは、すぐに次の行動を起こした。
大声で鳴いて、周囲で寝ているゴブリンどもを起こしにかかったのだ。
「まずい!」
金属をこすったような耳障りなゴブリンシャーマンの声に、眠っていたゴブリンどもがもぞもぞと動き出す。
このままでは広場のゴブリンどもが一斉に起き出す。その前にここから逃げ出さなければいけないのだが、マリンが一歩も動けなくなくなってしまった。このまま儂らだけ逃げると、彼女を置き去りにすることになってしまう。それはできない。
つまり、戦うしかない。
「おい、お前」
神妙な顔で、ドグマが儂の両肩を掴んで話しかける。
「俺ができるだけ時間を稼ぐから、そこのお嬢ちゃんを担いで全力で逃げろ」
「お前さん、一人で戦うつもりか」
だったら儂も、という言葉が出る前にドグマが遮る。
「当たり前だろ。お前みたいなヒヨッコがいても足手まといなだけだ」
「死ぬぞ」
端的に事実を告げる。ドグマの実力は知っているつもりだが、さすがにこの数は多勢に無勢だ。おまけに遠くから魔法使う者がいるのに加え、敵の大将にはゴブリンなどとは比べ物にならない大物が控えている。まさに必死と言うしかない。
だがドグマはそんなことはとっくに知っているという風に、にやりと笑って言った。
「だがお前たちが生き残れる」
「…………」
ドグマの姿に、儂はかつての戦友たちを思い出した。
あの戦争で、仲間のために命を散らしていった戦友たちと同じ顔を、ドグマはしていた。
「済まなかったな。最初の冒険がこんなことになっちまって。だが絶対に死ぬな。生きて帰れば勝ちだからな」
そう言うとドグマは「あばよ」と人差し指と中指を額に当てて別れを告げると、野獣の如き雄叫びを上げながらようやく身体を起こし始めたゴブリンの群れへと駆け出して行った。
「馬鹿者が……」
ドグマの背を見送りながら、歯を食いしばる。
漢の生き様を見せつけられ、血が熱く騒ぎ、全身に力が漲る。
あの男をここで死なせるわけにはいかない。
「ライゾウさん、このままだとドグマさんが……」
「わかっておる。今から助けに行くが、儂がここを離れても平気か?」
「すいません無理です死んでしまいます!」
「どうしてだ。自分の身くらい魔法で守れんのか」
「わたし宮廷魔術師なんで、今までずっとお城の中で魔法の勉強しかしてこなかったんです。なのでいきなり魔物と戦えなんて言われても、恐いしやったことないし絶対途中で呪文とちるし無理ですごめんなさい!」
「どうしてお前みたいな奴が勇者のお供に選ばれたんだ……」
「それは……みんな魔王討伐なんて危ないし、面倒臭いからわたしに押し付けたんです。わたしお城では一番下っ端だから断れなくて……」
「もういい、泣くな。儂が悪かった……」
ということは、ここで儂がマリンから離れてしまうと、動けない彼女は完全に無防備になる。ドグマが打ち漏らしたゴブリンたちがこっちに向かってきた場合に備え、儂はこの場を離れるわけにはいかなくなってしまった。
せめてマリンの安全が確保できれば。
だがいくらあらゆる武術を極めた儂でも、この状況を打破する術は持たなかった。
己の無力さのあまり、握るこぶしに力が入る。
その時、握ったこぶしの中に今までに感じたことのない気の流れを感じた。
「これは……」
何だろう。はっきりとはわからないが、足元から大地の力が儂の中に流れ込んで来るのを感じる。そして全身を駆け巡り、握ったこぶしに集中しているようだ。
中国武術、特に気功術の極みに達すると龍脈(大地の気)を体内に取り入れ自分の力にすることができるという。まさか儂もその域に達したということだろうか。理屈はよくわからんが、とにかく今ならできるかもしれん。
「マリン、そこを動くなよ!」
「へ……?」
ぽかんとするマリンをよそに、儂は大地から大量の気を吸い上げる。そして丹田で増幅させながら全身を循環させ、膨大な量に膨れ上がった気を右のこぶしに溜める。
やがて気は爆発寸前まで溜まり、それを一気に放出するように地面に放った。
「せいやぁっ!」
気合と共に大地の気をこぶしに乗せて地面に打ち込むと、マリンの四方の地面が物凄い勢いで隆起した。
「なにこれ……もしかして、土魔法!?」
驚くマリンをよそに、盛り上がった地面は分厚い壁と天井を作り彼女を中に閉じ込めた。
「ライゾウさん、これは一体どういうことですか!?」
「説明は後だ。とにかくこれでお前さんは安全だから、そこで大人しくしておれ」
土の壁は電話ボックスほどの大きさで、この厚さならゴブリン程度の攻撃ではびくともしないだろう。それにマリンが暴れたりしなければ、すぐに中の酸素がなくなるということはあるまい。
これでマリンの安全は確保できた。
となれば、次にやることは決まっている。
儂はゴブリンの群れに突っ込んでいったドグマを追って、駆け出した。
明日も投稿します。




