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予期せぬ事態

     ◇

 最初のゴブリン遭遇から十分ほど経ったが、まだ二回目の遭遇はない。


 元鉱山というだけあって、洞窟の構造は複雑で無闇矢鱈に広かった。分かれ道も多く、その全てを当たっていては到底一日では回り切れなかったであろう。


 そうはならなかったのは、ドグマの判断の賜物である。目的をゴブリン殲滅に絞り、無駄な探索を一切せずに本道だけを通って最奥を目指すという判断は、まさに経験に基づいた合理的な判断である。儂のような素人は、つい脇道に逸れて無駄な時間を浪費したであろう。


 こうして最短時間で洞窟最深部に到着した儂らが見たものは、予想を遥かに超えたものであった。


「これは……」


 さしものドグマも息を呑む。予想外というか、予想以上というか。ともかく彼の予定になかった事態が目の前に広がっていた。


「なんて数のゴブリン……。二十やそこらじゃ利きませんよ」


 そう。洞窟の最深部は地下とは思えぬ開けた空間になっていて、ちょっとした体育館なみの高さと広さがあった。そこに雑魚寝しているゴブリンの数は、少なく見積もっても五十匹以上。この様子なら明かりの届かない闇の奥にはもっといるかもしれない。


 だがこの程度ならドグマも恐れはしない。


 広場の中心に岩が重なり、数段高くなってあたかも玉座のようになっている場所がある。


 そこに堂々と座って寝息を立てている魔物は、周囲のゴブリンたちとは比べ物にならない大きさをしていた。


「あれはオーク……、しかもただのオークじゃない。オークの王、オークキングだ」


 その凶悪な面構えとドグマに匹敵する巨躯は、まさにキングの名に相応しい。貧相な装備のゴブリンたちとは違い、一見して群れのボスだとわかる兜や鎧。傍らに立て掛けてある戦斧は、ドグマのものと遜色ない巨大さであった。


「おいおい、オークキングがいるなんて聞いてないぞ……」


「強いのか?」


「あいつと戦うぐらいなら、ここのゴブリン全部を相手にした方がまだマシだ」


「ほう」


 面白い。思わず身体が前に出そうになるが、それより先にドグマが口惜しそうに言った。


「……撤退しよう」


「は?」


「ゴブリンの数も問題だが、オークキングがいるとなると最早俺の手には負えん。ましてやお前たちを守って戦うなど不可能だ」


「しかしそれだと報酬はどうなる。ここまで来てタダ働きか?」


「金のことより今は命の心配をしろ」


「そうですよライゾウさん。それに、このことをギルドに報告すれば、情報提供料ぐらいはもらえるはずです。だから今日のところは大人しく引き下がりましょう」


「いや、金が欲しいと言ったのはお前だろう。いいのか、そんなにあっさりと引いて」


「この状況見てお金がどうとか馬鹿なんじゃないですか。こんなの、どう見てもわたしたちの手に余りますよ」


「そうだぞ。逃げることや負けるのは恥でも何でもない。生きてさえいれば、いつかまた挑戦することができる。命あっての物種だ」


 二人がかりで懇懇と説得されると、さすがにこれ以上異論を唱えるわけにもいかない。渋々だが儂も撤退に賛成する。


「わかった。今日のところは引こう」


「良し。では奴らを起こさないようにゆっくりと後退するぞ」


「ライゾウさん、そ~っとですよ。そ~っと」


 言いながらマリンが静かに後ろ歩きをしようとするが、その足はぴくりとも動いていない。


「……あれ?」


「どうした?」


「足が動かないんですけど」


「なに?」


 見れば、マリンの足は見た目こそ変化はないが、足の裏が地面に接着されたように固定されている。必死に足を動かそうとするがびくともしない。


「どういうことだ?」


「わ、わたしにもわかりません」


「まさか、魔法か――!?」


 異変の正体に気づいたドグマが、何かを探すように洞窟の奥に視線を向ける。そして目的のものを見つけたのか、物凄い形相である一点を睨みつけた。


 その視線を辿ると、オークキングが眠る玉座の陰に、一匹のゴブリンが隠れていた。


 ゴブリンは、マリンが持つような自分の身長ほどもある杖を手にしながら、怪しく光る赤い眼でこちらを見ている。


「最悪だ……。オークキングだけじゃない。ゴブリンシャーマンまでいるぞ!」


「ゴブリンシャーマン?」


「魔法が使えるゴブリンですよ」


「そんな奴がいるのか」


「ああ。だが通常なら、冒険者に荒らされたことのないような洞窟や迷宮にいる希少種だ。少なくとも、こんな低レベルの冒険者が潜るような洞窟に居ていい奴じゃない」


「そいつが居るとどうなる」


 儂の問いに、ドグマは歯を食いしばり唸るように言った。


「下級冒険者は死ぬ」

明日も投稿します。

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