序章
第一部完まで毎日投稿します。
よろしくお願いします。
◇
「もう一度訊きますが、本当にわたしのこと憶えていないんですか?」
目の前の少女に、何度同じ質問をされただろう。うんざりして溜息をつきたいが、少女の真剣な表情と眼差しを見るとそれもできない。
儂が神妙に頷くと、少女は初めて答えを聞いた時と同じような絶望に満ちた表情になった。
「やっぱり呪文詠唱の時に噛んじゃったせいで生前の記憶が……。でも、そもそも呪文が失敗していたのなら蘇生すらできていないはずだし……」
少女が頭を抱えてぶつぶつと独り言を言っている間に、少し観察してみる。
改めてよく見ると、少女は整った顔立ちをしていた。大きな眼、碧がかった瞳。すらりと通った鼻筋に桜色の唇。肩の辺りで切り揃えられた銀髪と、髪と同じ色をした柳眉。そして雪のような白い肌から、北欧系か露西亜人のように見える。お伽噺の魔女のような真っ黒な外套を着ているのもまさにそれっぽいが、それでいて口からは流暢な日本語が出てくるのだから違和感が物凄い。
次は周囲を見回す。
部屋は木造の質素な作りで、今座っているベッドを含めて室内に据えられた家具も全て粗末なものだった。どことなく懐かしさを感じるのは、若い頃山籠りをしていた時に使っていた山小屋に似ているからだろうか。
視線を少女に戻すと、泣きそうな顔で「どうしよう……」と呟いた。それはこちらの科白である。
そもそも、質問をしたいのはこちらの方だ。
ここはいったいどこなのだ?
そして自分のこの身体。この瑞々しさはどうしたことだろう。とても先日白寿を迎えたとは思えぬ。まるで二十歳の頃に戻ったかのようだ。
夢ではないことを確かめるように、右手を軽く握ってみる。うむ、なかなかに鍛えられている。まあ儂の若い頃には遠く及ばぬがな。
しかしそうなると、解せぬことが一つある。
儂は、死んだのではなかったのか?
0900時に次話を投稿します。