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わたしは男と別れたあと、平凡な高校生活を送った。
学生らしく学業に励み、志望大学への受験も成功し、あとは卒業式を迎えるだけだった。
なのに。なぜだ。
今、目の前で行われているのは入学式である。
信じられないことに、わたしはまた高校1年生に戻っていた。
「今日から君たちの担任になる米田だ。ヨネダではなく、コメタと読む。読み間違えは88回までしか許さないからなーちゃんと覚えろよー」
担任のつまらないボケを聞くのはこれで三度目だった。
「あはは、クラスメイトなんだから堅苦しく敬語なんて使わなくっていいよー」
初対面でも変わらない鬼塚ミカの気さくな笑顔を見ても、わたしの動揺はおさまらなかった。
理解したくないが、わたしはまた過去に戻ってきてしまったらしい。
何度も同じ既視感に襲われた。
この現象をわたしはデジャヴとよんだが、実際に経験していることが含まれている場合、厳密にいえば違うのかもしれない。しかし他に都合の良い言葉は浮かばなかった。
夢なら早く覚めなければ、と思い無駄な行為だとわかっていても、何度も頬をつねったり、入学式が終わったあと急いで寮に戻りいろいろ試みてみたが、だめだった。だめだったのだ。
それからわたしは夢でないならば、と過去のように簡単に現実を受け入れることはできなかった。
わたしは何度同じ人生を送らなければならないのだろうか?
これからどんな嫌がらせをされるのかわかっていたって嫌なことに変わりはない。また言葉の毒針をさされ、常に気を張った生活を送らなければならないのかと思うと反吐が出そうだった。
そしてなにより、彼の傷ついた顔などもう見たくない。
わたしは、鈴木光と恋人にならない人生を歩むことにした。
けれど。結果として失敗した。
なにがあったかは知らないが、雨の中傘もささずにうずくまっている姿を見過ごすことはできないし、話しかけられたら無視をするわけにもいかないし、
バレンタインデーのチョコは渡すつもりがなかったのに作っちゃうし、捨てようとしたところを見つかってなぜか「捨てるくらいなら僕にくれないか?」と言われてあげちゃうし、全くうまくいかなかった。
わたしはもう認めるしかなかった。
好きだ。
私は彼が好きだ。
初めて会ったときはまるで雨の中ダンボールに入れられて捨てられた子犬に見えた。
バレンタインデーのチョコだって彼に食べてほしくて作ったのだ。義理チョコではなく、本命チョコだ。
たくさんの彼宛のチョコレートの中にひっそりと紛れ込ませれば、わたしからだと分からない形で渡せるのではないかと思って作ってしまったのだ。
彼と恋人にならない人生を送ると決めたのに、彼のことが好きかどうか、恋なんてよくわからないなんて言ってたくせに、気持ちを誤魔化すことはできなかった。
いっそのこともうこんなチョコは渡さず、捨ててしまおうとしたとき彼は現れた。
そしてまたふりだしに戻った。
「初めて君を見たとき、僕はーーー」
何度同じ台詞を耳にしてもわたしは彼の言葉が嬉しいと顔に出しているのだろう。
「君が天使に見えたんだ。すごくつらいことがあったときに、きみが優しく声をかけてくれたから」
そんな自分に反吐が出そうだ。
「バレンタインデーのチョコも君から貰えると思っていなかったから、嬉しかった。義理チョコだとわかってもいても、嬉しかったんだ。」
だって、わたしは。
「本当はホワイトデーの日に君に告白しようと思っていたんだけれど、待ちきれなくて…」
淀みのない真っ直ぐな瞳が向けられる。
「君が好きだ」
この綺麗な瞳を濁らせる返事しかできないから。
「ごめんなさい。」
何度願ったかわからない。
永遠。それはわたしにとって最悪なもの。
どうかこの永遠に繰り返される人生をだれか止めて。