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5、ギャンブルの王子さま

 暗い庭で、窯の周辺を這いずり回ること数十分。

 やっと扉を見つけた時には、全員汗だくで息も弾んでいた。

 大型の焼き物を出し入れするための扉は、最初の小さな扉のすぐ下についていたのだが、そこに土が盛り上がって固まり、とても年季の入った感じの地面と化していた。

 刑事がそこへ力任せにスコップを付き立てて掘ると、さび付いて真赤になった鉄枠が現れた。 こじ開けるのにもかなり手間取ったが、なんとか外して中を覗きこむ。


 懐中電灯で照らすと、中は相当に広かった。

 「こりゃあ、ここがそのまま墓になるな」

 刑事が言うと、小野塚さんが

 「でしょう? だから、この中じゃないと思ったんですよ。

  だって如月さんは『父親が大瓶に死体を入れて、それを土に埋めた』とおっしゃったんですよ。 もしもこの窯の中に入れるなら、わざわざ土をかける必要はないじゃありませんか」

 と、言い訳がましく訴えた。


 ベレッタ刑事が苦笑する。

 「あの男のご託宣は、時間がバーラバラだからな。

  林田のお嬢ちゃんが見たときには、窯はむき出しでこのへんも林の中だったんだろう。 だから穴を掘って埋めたほうが都合が良かった。

  ところがその後、マンションが建つと聞いた。

  だから大急ぎで掘り起こして窯に移し変えたんだ。

  窯の周辺を守るため、前の家を売り払い、自宅を窯と合体させて建て替えた。 自分達が生きている間は、ここをいじらせないようにするためだ」


 窯の中には、大きな瓶が4つあった。

 その中で異臭を放つひとつを選び出し、庭に引きずり出して蓋をこじ開けた。

 ボンと鈍い音がした。

 凄まじい臭気があたりに広がった。 ガスが溜まっていたのだ。

 全員が跳び下がって、嘔吐をこらえるために後ろを向いた。

 林田 惠の遺体は、8年の時を経てそうして発見されたのだった。


 

 小野塚さんが所轄の警察に携帯で連絡してくれ、すぐに車が上がってくることになった。

 「さあて、うちのペテン師はどうなったかな」

 ベレッタ刑事は、犯人が逃げないように小野塚さんに裏口を見張らせ、あたしを促して玄関に回った。

 

 門扉のところから見える庭は、裏庭と同じく荒れ果てていた。

 近づいて行くと、開け放たれた玄関のアガリガマチに片膝を立てて腰掛けたウィズが、黄色っぽい玄関灯に浮かび上がって見えた。

 「ゴケ・ピン・サンタでカブ。 なんだオバチャン、やっぱり僕の勝ちじゃないか」


 「てめえこのガキャあ、ふざけたことぬかしゃがって!」

 いきなり、奥に座っていた50歳がらみの男が、ウィズに怒号を浴びせた。 あきらかに酒気を帯びた声で怖かった。

 よく見るとウィズと男の間には、花札と一升瓶が同席していた。

 ふたりはたった一つのどんぶりみたいな茶碗に酒を注いでは、交互に飲み干しながら勝負をしているのだ。

 立ち上がった男の姿を見ると、上半身素っ裸だ。

 そしてねずみ色のくすんだ刺青(いれずみ)が露出した肌をおおっていた。

 その肌が酔いのために赤黒くなり、とんでもなく薄汚れた感じに見える。


 「母ちゃんカブで俺あピンゾロのアラシじゃあ。

  なんでてめえが勝ちじゃ、ヨツヤじゃろが!」

 「オッチャンこそ酔ってんなあ。ほら」

 ウィズは手札を放り出して見せた。

 「ナキのアラシ、涙の暴風雨ってやつだもんね。 はいはいペイして泣いてチョーダイ」

 あたしは驚いて、ウィズの顔を何度も見直した。

 物怖じしない子供のようにしゃべるウィズは、あたしには馴染みのない他人のように見えた。


 玄関とリビングの境の扉にもたれかかるように、奥さんらしい太った中年の女が座り込んでいて、盛んに男の腕を引っ張る。

 「あんたあ、もうやめようよ。

  もうなんにもなくなっちゃうじゃないかぁ」

 「ほんとほんと、オバちゃん160枚スッてんじゃん。

  このへんでやめないとまずいんじゃないの? オッチャンとふたりフトコロ一緒だろ」

 ウィズがにやにやしながら酒を注ぎ足した。

 彼が左手に持っている物は、なんとクシャクシャになった1万円札の束ではないか。


 男が床をバンバンたたいて、一升瓶をはたき倒した。

 「馬鹿あ言ええ! まだこれから盛り返すんじゃねえか!」

 「だってオッチャンとこ、もう賭けるものがないじゃん」

 「この家をかけてやらあ」

 「あんた、やめて」

 奥さんが必死ですがりつくのを、刺青の男は容赦なく突き転がして座りなおす。

 「この家はまだ築4年ほどだ。 こいつを10に分けて賭けてやろう」

 「やだね、こんなカビだらけの家、いるもんか」

 ウィズは鼻先でせせら笑った。

 「てめえ、人様の家にようもまあ!」

 男がまた立ち上がり、茶碗を足蹴にして凄もうとした。


 「オッチャン怖いな、短気は早死にの元だぞ。

  でも、そうだな。 オバチャンは可愛い性格だから、オバチャンが頼むんならツッペにしてやってもいいや。

  その代わり、ふたりとも1回だけ僕の言うことをきくんだ」

 「な、何でもききます」と、女がウィズにすがりつく。

 「馬鹿、待ちやがれ。 何をするんだかまず聞いてからにするもんだ」

 男がまた奥さんをはたき倒す。

 「あとで言うよ。 お迎えも来た事だし」

 ウィズが後ろを振り向いて、庭先で見ているあたしとベレッタ刑事を指差した。

 博打好きの夫婦は、その時初めてあたしたちに気付いたようだった。


 「遅いよ、いったいいつまでかかってるの?」

 ウィズはあたしたちを呼びつけたくせに、開口一番文句を言った。

 「必死で合図してるのに小野塚さん、感度悪すぎて全然受信してくれないんだ。

  美久ちゃんに保険かけといてよかったよ」

 「保険‥‥?」

 「うん今ね、“見る”んでなく“見せる”方法を研究してるんだ。

  美久ちゃんに、僕のメッセージを残しておいて発動させたろ?」


 あたしは愕然とした。

 あのキス。 左目のキス。

 道理で不自然に甘アマだと思った。

 あれは愛情表現なんかじゃなく、単なる通信手段だったのだ!! ウィズはお得意の残留思念を、どうやってだか知らないがあたしの眼の中に残しておいたらしい。

 そうとも知らず、あたしは何時間もときめいて何も手につかなかった。

 この野郎、あたしの純情な時間を返せ!


 坂道を何台もの車の音が登って来て、家の周囲はにわかに騒がしくなった。

 庭にも人が入って来て、裏口を張っていた小野塚さんと話をしている。

 林田夫婦は驚いて立ち上がったが、すぐに入って来た警官に止められた。


 「ご苦労さん」

 ベレッタ刑事が渋い顔をして言うと、突然信じられないことをした。

 ウィズの腕をつかまえて、いきなり手錠をかけたのだ。

 「所沢刑事! 何するのよ?」

 あたしは悲鳴をあげてやめさせようとした。

 「お嬢は黙ってろ、なにしろ現行犯だ。 こうしとかにゃあ、あとあと面倒になるんだよ」

 刑事はウィズの手から一万円札をもぎ取った。

 「馬鹿野郎が、どうしてこんなあからさまに現金を出しやがるんだ。

  こいつは押収しなきゃならんぞ」

 ウィズは全然あわてた様子もなく、くすくす笑いながら花札と札束を渡した。

 そして怒っていいのか心配していいのかわからなくなったあたしの耳に囁いた。

 「大丈夫、ベレッタ刑事は殺人課の担当じゃないからこうするだけだ。

  賭博の方は彼の管轄だからある程度権限があるんだ。 心配しなくていいよ」


 刑事はウィズの車を小野塚さんに運転するように指示して、とりあえずウィズを自分の車で連行する手はずを整えた。

 林田夫婦も捕まったが、死体が出ただけで即逮捕とはいかないものらしく、手錠はかけずにパトカーに乗せられていた。

 なんだかウィズ1人が犯人扱いされているようで不安になる。

 そしてその不安は、結局的中してしまったのだ。 

 

 

 


 

 

 

 

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