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4、さあみんなで死体を掘ろう

 北賀へは車で30分ちょっとで到着した。

 北側の斜面は、林田の言っていた通り細い道ばかりで交通が不便だったし、民家もまばらで寒々とした印象だった。

 

 湯上りにTシャツとジャージという軽装で車を出してくれたベレッタ刑事は、しきりに小言を言っていた。

 「小野塚はしっかりしとるから、相手があのヘタレ占い師でもサポートしきると思ったんだが、歯止めにはならなんだか。 まったく、最近の若いのは使えんな!

  トカレフも犯人が近所に住んどるとわかっとるんだから、気をつけてやればいいものを。

  俺が仕事じゃない日なら付き合ってやると言ったのに、気が早い馬鹿は手がかかるぜ」

 文句を言いつつも、ウィズを心配してくれる刑事の気持ちが有難かった。


 あたしはいちいち返事ができないくらい緊張してた。

 あたしの左目には車のフロントガラス越しに、ウィズの後姿が見えるのだ。

 ヘッドライトの光の中に、白く浮かび上がる背中。

 車のすぐ前をスタスタ歩いているので、轢き殺しそうに見えて怖い。

 でももっと怖いのは、これが生身の人間じゃないと言うことだ。

 道案内係は生霊だなんて、悪い夢としか思えない。

 そしてもっともっと怖いことは、これが生霊でなかった場合のことだ。

 常識的に考えて、こんなものが出てくること自体、本人の状態がまともじゃないって事だと思う。

 

 ウィズは生きているんだろうか!



 低い山に向かって斜面を登って行くと、急に辺りが明るくなった。

 「あッ、マンションが建ってる!」

 山の暗がりをバックにさん然と輝くのは、大型マンションのまばゆいばかりの照明だった。

 8階建ての大きな建物が2棟ある。

 満室なら100家族以上の人間が住んでいる計算になるだろう。

 近くには児童公園もでき、自販機やコンビニの灯りも見えた。

 見るからに建ったばかりの新しい建物に、行儀よく連なった電灯。

 周囲の山や古い農家とつりあわない、異様な光景だ。 まるでこのマンションの周りだけタイムスリップしたか、宇宙船の怪しい光線を浴びて変貌したかに見える。

 妙にSF的な景色にしばらくポカンと見とれてしまった。


 「こんなところに、(かま)なんてあるのかなあ」

 思わずつぶやいた。 場違いもいいとこだ。

 話だけ聞いて、もっと山深い場所を想像していたのだが、来てみると存外に開けた場所だし、山自体が低くて小さい。 これでは遭難も野犬もありっこない。

 「もっと奥の方なんじゃないのか」とベレッタ刑事。

 「奥ってことは上ってことでしょ? でも林田は山のふもとって言ったのよ。

  これ以上登ったら中腹になっちゃう」

 でも幻のウィズは、マンションに向かってずんずん坂を登って行く。


 マンションを2棟とも通り過ぎたところに、山肌に寄せて黒い車が一台停まっていた。

 「ウィズの車よ!」

 あたしは叫んだ。

 見慣れたレヴィンが停まっているのは、今登って来た坂を逆に谷へ向かって降りて行く、細い小道の入口だった。

 すぐ行き止まりになりそうな細道だったので、あたしたちも車を降りることにした。

 少し戻って、公園の横手に駐車した。


 真っ暗な小道を歩いて降りる。

 山陰にすぽんと入り込むような、閉ざされた場所だ。

 そこに一軒の二階建て家屋が建っていた。

 比較的新しいつくりの家だったが、日当たりが悪いせいか家全体がかび臭く、壁はびっしりとコケのような薄黒いものが生えて変色していた。

 庭の生垣は手入れが悪いのか場所がよくないのか、枯れてあちこちまばらになっていた。 おかげで隙間から庭の中を覗くことが出来た。

 幻のウィズは、垣の隙間から庭の中に入って行った。


 「見て!‥‥庭に窯がある!」

 覗きこんだ庭の中央には、土を盛り上げたような大きな山がある。

 上からシートやダンボールを手当たりしだい掛けてあるので、なんだか庭にゴミの山が出来ているように見えた。

 ここにこれがあるということは、昔このあたりはもっと山の中という印象の場所だったのだろう。 多分、窯の持ち主も里に家があって、焼き物をするために山を登って来ていたはずだ。

 民家やマンションが山の手に上がって来たのに合わせて家を売り、窯の近くに建て替えたのだ。


 左目を凝らして見ると、ウィズはゴミの山の上に立ち、その下をしきりに指差していた。

 あたしはベレッタ刑事を促して、生垣をぐるりと回りこみ、庭の反対側に出た。

 そちらは山にくっついていて狭く、特にお腹が出た中年のベレッタ刑事は四苦八苦していたが、もっと困ったのは覗き穴が少ないことだった。 そちら側は、生垣が元気で枯れ木が少なかったのだ。

 中からザク、ザクと断続的な音がする。

 見なくてもわかる。 地面を掘っている音だ。

 やっと見つけた隙間を、ふたりで押し合いへし合い覗き込んだ。


 暗い庭の隅で熱心に土を掘っているのは、黒っぽい服を着た小柄な男だった。

 スコップをそこいら中に突き立てて、庭の中を穴だらけにしている。

 ふっ、ふっ、ふっ、とリズミカルな呼吸に合わせて、遮二無二掘り続ける手つきに、物に憑かれたような危機感があり不気味だった。

 もしかしたらウィズはとっくに殺されて、これから埋められようとしているのではないか。

 生垣の隙間の位置が低いのでなかなか全身が見えず、刑事と押し合いながら焦れて歯噛みをした。

 「あ」

 ついに刑事がバランスを崩し、横倒しになって倒れ掛かってきたので思わず声が出てしまった。


 「誰ッ」

 男がこちらを向き、小声で誰何した。

 その顔を見て、こっちがびっくりした。

 庭の中で穴を掘っているのは当然家の者だと思い込んでいたのに、違ったからだ。

 「小野塚さん!」

 暗くて背広を着ているのが見えなかっただけで、相手は小野塚さんだったのだ。

 「美久ちゃん、 所沢さんまで」

 ベレッタ刑事は裏口まで回って庭に入った。 あたしも後に続いた。

 「小野塚お前、何やっとるんだ!」

 「静かに! 何してるって、掘ってるんでしょうに。

  死体を探しに行くって言っといたはずでしょう?

  言葉どおり掘って探してるのに、何を間の抜けたこと言ってるんですか。 応援に来てくれたんじゃないんですか」

 小野塚さんが小声でまくしたてる。 ベレッタ刑事は呆れ顔になった。

 「馬鹿か、帰って来んから何かあったかと思って探しに来たんだろうが。

  トカレフはどうした、あの阿呆が紛らわしい真似をするからこっちはあわてたんだ」


 「如月さんは(おとり)役ですよ。 山の中に埋めたものと思っていたら、今はこんな風に庭になっちゃってるんで、あわてて作戦変更したんです。

  如月さん、玄関から訪問して、家の人がこっちに気付かないようにもう何時間も引っ張ってくれてるのに、肝心の死体が見つからないんで大弱りですよ。

  手伝ってください、ここまでやっちゃったら早く見つけないと、バレたら無事で帰れないですよ」

 「配役ミスだろう、それは」

 刑事があきれてため息をついた。

 「あの魔術師がここ掘れワンワンをやらなきゃ、見つかるわけはないだろう。

  なんでわかりきったことをちゃんとやらんのだ」

 「そんなこと言ったって、僕がどうやって何のネタもなしに、一般人の夫婦を長時間玄関に釘付けにするんですか」

 汗びっしょりになった小野塚さんが、泣きそうな声を出す。

 「ということは、トカレフは何かネタがあるんだな。 あいつは何をやって囮になってる?」

 「ええ、さあ‥‥」

 小野塚さんが視線を泳がせてとぼけようとした。

 「こらごまかすな。 何をやっとるか言え」

 「ええとあの。 よ、よくわからないですが、花札を持ってました」

 「‥‥オイチョカブかよ」

 ベレッタ刑事、渋い顔で言ってうなった。


 とにかく見当違いのところを掘っても意味はない。

 あたしはウィズの指し示している窯の下を掘るように、小野塚さんに教えてあげた。

 「そこは最初に見たんです。 でも、入口が小さすぎますよ?」

 「そんなはずないわ。 防火用水の大瓶を焼く窯なんでしょ、絶対出すところがあるはずよ」


 3人で協力して窯の上のガラクタをのけて、扉のようなものがないかどうか探す。

 「あのう、オイチョカブってなんなの?」

 作業をしながら、ベレッタ刑事に聞いてみた。

 「花札でやるゲームだな。 日本式のポーカーみたいなもんだ。

  出る札を予想しながら取り札を取って行って、点数が規定値に近いほうが勝つ」

 「それならウィズが全勝するわ」

 「そこを上手に勝ったり負けたりして引っ張ってるんだろうさ。

  そこまで長時間やるってことは、何か賭けんことには続かんだろう。

  あの野郎、もし現金を賭けてやがったら、賭博の現行犯で逮捕せにゃならんのだが」


 「ま、まず死体見つけましょ、ねッ」

 あたしはあわてて促した。


 

 

 


 


 

 


 

 



 

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