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1、ラブラブだけどオレサマなのだ

如月 吹雪、23歳占い師。性格はおっとり、いくぶん天然、ごくたまに激変。

あたしの目下の課題は、この恋人を乗りこなす事なのだ。

 「あの、き、如月 吹雪(きさらぎ ふぶき)さんですよね?

  占い師の。 “ウィザード”の。

  いつもネットでお写真を。

  あの、あの、‥‥人を探してるんです!」


 ショッピングモールの駐車場で、出会い頭ににじり寄られた。

 30歳を越えたくらいの、痩せ型の女性だった。

 長い髪をきっちりアップにして、フレームの軽い眼鏡に女性らしいラインのスーツ。 パンプスはハイヒール。

 絵に描いたような、やり手のOLタイプ。

 それが取り乱すくらい焦って、車を降りたあたしたちを追いかけて来たのだ。

 あたしの最愛の魔術師、ウィズこと如月 吹雪は、細い眉を寄せてあたしの腰に回した腕をほどき、振り返った。


 「ウィズ。 映画あと10分で始まっちゃうよ?」

 一応、抵抗を試みたあたしだが、無駄だとは百も承知していた。

 「美久ちゃん、ごめんね。 どうもマジな話みたいだ」

 そう言われると引き下がるしかない。

 あたし、ちょっと嫌味なくらい整ったウィズの顔に向かって、わざと唇を突き出して見せた。

 普段のウィズは、“タカビー”だの“道楽仕事”だのと、そしり倒されるくらい仕事を選ぶ。

 冷やかしやウソが混入しそうな仕事はまず却下。

 依頼者が自分で何とかできそうな依頼は、聞く前から後回し。

 依頼者が占いに懐疑的な場合も、できるだけ後回し。

 そうやってふるいにかけたあと、残った少数の客に対しては、後先考えずに時間を空ける。 本当に自分を必要な客として扱うわけだ。

 1日60件近い仕事依頼が結果的に2件ずつくらいに激減する、贅沢極まりない仕事振りなのだ。 そのおかげで、大学受験を控えて忙しいあたしも、自分の時間さえ調節できれば、息抜きにこうしてデートができるわけだけど。


 そのウィズが、あたしとのデートを削り、見たかった映画をチャラにしてまで仕事をしようって言うのだから、これは大事な依頼なのだろう。

 あたしはため息をひとつつき、

 「ル・ボワールのスペシャルパフェでいいわ」

 甘いものの匂いが苦手な恋人の眉間に、更に深いシワを増やすことで、ささやかな復讐をした。

 

 

 ル・ボワールはショッピングモールの2階にあるティールームだ。

 ここで3人がお茶を飲むことになったのは、そういういきさつだった。

 まず女性が丁寧にお礼を言い始めた。

 「お時間取っていただいてありがとうございます。

  私、氷川 淳子(ひかわ じゅんこ)と申します。

  『みなとホテルカンパニー』の社長、湊 香都子(みなと かずこ)の秘書をしており、今回は‥‥」

 「写真かなにか?」ウィズが遮った。

 「は?」

 「お探しの女性の、顔写真か遺留品をお持ちですか」

 「ウィズったら、失礼じゃない!」

 あたしは相手に聞こえるように注意して見せた。

 そうしないと、時々怒って帰ってしまう客もいるからだ。

 魔術師は、差し出された名刺を触っただけで、相手のことがおおまかにわかってしまうので、いらぬ説明はすっ飛ばして貰いたがるのだが、依頼人の中には話を聞いて欲しくて来る人だっているのだ。

 

 「私は女性だなんて一言も‥‥まあ、本当にお分かりになるんですねえ」

 良かった、氷川さんはオトナだった。 怒るどころかしきりと感心して、ハンドバックからファスナーつきビニール袋に入ったものを取り出し、ウィズに手渡した。

 中には子供用のハンカチが一枚。

 ピンクの縁取りの中に、女の子向けアニメのキャラクターイラストが入っている。

 ウィズは相手の許可も求めず、さっさと袋を開けて中身に直接触った。

 あああ、見ててハラハラする。

 

 「古いものですね」

 「はい、12年前と承っております」

 「血がついてた。 で、湊さんが洗濯されたんですね」

 「お、おわかりになるんですか! 凄い、さすがですねえ」

 「依頼人のことがわかったって何のたしになるわけじゃない」

 愛想もなければそっけもない。 あたしは見かねてついに口を出した。

 「あのでも、ここに来られる前にはご自分でもお調べになったんですよね?」

 「もちろんですわ。

  ハンカチにお名前が書いてありましたのですぐに調べました。

  そうしたら、この子供さんは8年前に行方不明になられて、親御さんから捜索願が出され、その後失踪届けが出ているんです。

 ですから、すでにお亡くなりになっている可能性もあると思い、それで如月さんにお願いしようと思ったんです」

 「亡くなったかどうかは、もちろん見ることができますけどね」

 ウィズは簡単に言い切った。

 「確認しますが、もし亡くなってた場合には、あきらめて下さいますね?

  時々、霊の声を聴くとか口寄せをするとか、そういう商売をする人と間違えておいでになる方がおられますが、僕はそういうのと一緒にされるのが嫌いです」

 「ウィズ、もう少し言い方ってあるでしょ?」

 あたしは肘で魔術師のわき腹を小突いた。

 今日のウィズは開放値82%!

 接客態度が不遜すぎる。

 

 ホントの事を言うと、ウィズは不遜な時ほど占い師としては頼りになる。

 彼はセンサーの感度が上がれば上がるほど、高飛車な性格になる傾向があるのだ。

 普段の彼は、“見る”力を60%程度に落として生活している。

 見えすぎることによって、日常生活に支障が起こるのを防いでいるのだ。

 それを仕事の時は解放するのだが、一気にバルブを開けることができないらしく、調節に時間がかかるため、占いは完全予約制になっている。

 ただしあまり全開するとオレサマになりすぎて、今度は接客に支障が出る。

 今日は直前まで別の仕事をしていて、終ったところで出かけたので、まだパワーダウンしてない状態なのだ。


 「ええとちなみに、この方を探し出されたら、どうなさるんですか?」

 あたしは出来るだけフォローに回ることにした。

 氷川さんは愛想良く笑って説明してくれた。

 「社長の湊は、若い頃事業に失敗して自ら命を絶とうとしていたところを、このお子さん、当時小学生だったこのハンカチの持ち主に助けられ、生きる気力を取り戻したのです。

  成功して生活に余裕が出来た今、この子を探し出してお礼がしたいと」

 「12年前に小学生なら、あたしとあまり変わらない年齢ですね」

 ハンカチには、なるほどフェルトペンで淵に名前が入れてある。

 “林田 のぞみ”と。

 

 「“林”と“田”だけが漢字ってことは、まだ低学年だったってことですか?」と、あたし。

 「そうです。 捜索願の記録から計算すると、湊と会ったのは8歳、小学校3年生の時だったことになります」

 「小3の子が、大人の自殺をどうやって止めたんですか」

 「裏山で首を吊ろうとして縄をかけたら、大きな声で叱られたんだそうです。

  ここは私たちのお気に入りの遊び場なのに、そんなことをしたら入って来られなくなるからやめて、と。

  その声に驚いた瞬間、踏み台にしていた箱を踏み抜いて転んで、湊は足をけがしたのです。 そのハンカチは、その女の子が傷口に巻いてくれたのだそうです」

 「しっかりした子ですね」

 「ほんとに。 その時、湊の方は精神的に不安定になっていて、あんたみたいな子供に大人の苦しみがわかるか、って子供みたいにゴネたらしいですよ。

  そうしたら、その子は湊の顔をじっと見て、こう言ったそうです。

 『おばちゃんは、顔がきれいだから死んだらダメよ。 きれいな人はね、みんなに可愛がって貰えるって決まってるんだから』と。

 その女の子は顔に青い痣だかシミだかがあって、お世辞にも綺麗な顔立ちとは言えなかったので、湊は、こんな小さな子にも乗り越えなきゃならない苦しみがあることと、自分には残された美点がまだあることを知ったのだそうです」


 その時、あたしはウィズの視線に気付いた。

 彼はさっきから黙り込んで、あたしの顔ばかりをジーッと見ていたのだ。

 「え? な、何?」

 美貌の魔術師に、夜の闇のような瞳でそうも熱心に見つめられると、慣れているあたしだって顔が火照って来る。

 「やだ、ウィズ何なの」

 あたしはまた恋人の脇を小突いた。

 「美久ちゃんが知ってるんだ」

 「はあ?」

 「林田 のぞみと、君はごく最近話をしてる。

  場所は学校の廊下か、もっと最近だと予備校の通路みたいなとこで」

 「林田、さん」

 あたしは仰天して必死で記憶を探った。

 ウィズの能力は、人や物の記憶映像を読むことだ。

 カンではないのでハズレはない。

 ただし、音声がついてないので時間や会話の内容がわからないことが多い。

 林田という友人は、確かにひとりいるのだが‥‥。


 「あのねウィズ。 予備校の同じクラスに、林田さんって人はいるけどね。

  下の名前は確か“惠”だったわ。

  惠と書いて、のぞみと読むことがない限り、違う人だと思うけど。

  目立った痣らしいものもないし」

 あたしの言葉に、ウィズは全然動じなかった。

 「じゃ、そこの家ではハンカチを姉妹で使い回ししてるか、その子が改名したかだ。

  痣は大人になって消えたかも知れないし、化粧で隠せるかも知れない。

  とにかくそのハンカチを湊さんにあげたのは、間違いなくその美久ちゃんの友達だよ。

  僕は映像を探すのに、時間をラインで手繰ってる。 見間違いとかそういう単純なミスは起きようがないんだ」

 そんな説明をされても、魔術師の頭の中で何が行われているのか、所詮凡人のあたしにはさっぱり見当がつかない。


 「とりあえず本人に確認してみるわ。 それでいい?」

 「僕も一緒に会ってみたいんだけど」

 「ウィズが?」

 あたしはちょっとだけ眉をひそめて、不機嫌な顔になってしまった。

 「いや?」

 ウィズがくすんと笑う。 妬いてるのかと言いたいのだろう。

 オレサマになっても、あたしには比較的愛想がいいとこが憎めない。

 「ちょっとね。 だって、みんなすごい反応なんだもん。

  この前の暴風雨の日なんて、ロビーの中が凍りついたかと思ったわよ」

 

 ウィズは普段、予備校まで気軽に迎えに来てくれるけど、校舎内に入って来ることは滅多にない。

 魔術師がその気になれば、あたしの移動状況はライブでわかるので、路上を車で滑り寄って拾ってくれるのが普通だ。

 その彼がたった一度、大雨の時にロビーまで入って来てくれたことがあった。

 その時ロビーにいた女の子たちは何も手につかなくなり、静止画像みたいになってしまった。

 「若くて超絶美形のカレシ、しかも占い師って、どんだけミステリアス? 許しがたい!」

 そう言って一番過敏に反応したのが、問題の林田 惠なのだ。

 その日から、あたしは彼女の質問の集中豪雨、嫌味や愚痴の暴風雨にさらされてびしょ濡れになっているのだ。

 ウィズを紹介すると言ったら、林田がどれほど相好を崩すかと思うと気が重い。

 「いや、僕は逆に苦労すると思うけどね」

 ウィズは謎の予言をひとつ残した。

  


ストーリーは前作「魔術師のプレミア」から3ヵ月後の9月ごろを想定して書いています。あまり長いものにはならない予定で、更新も前作よりはゆっくりめになると思います。

しばらくの間お付き合いください。


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