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17、誰がほんとの被害者か

 「堂満という男を知っていますか」

 ノートパソコンを開きながら、小野塚さんが林田に聞いた。

 「堂満 良之。 この男です」

 パソコン画面に写真が映し出される。

 「あ。 美久ちゃんは見ちゃダメ」

 覗き込もうとしたあたしを、ウィズが止めた。

 プライバシーの保護ってか?

 名前まで聞いちゃってからじゃ意味ないと思うけど、何処かで歯止めをかけた事実がないとまずいんだろうな。


 画面を見る林田の表情が曇った。

 「知ってます。 うちで父とよく麻雀していた人たちの中にいました。

  なんだか目つきがいやらしくて、好きになれない人でしたけど、父は自分のことみたいに、あいつは金持ちなんだ、すごいんだ、と得意げに言ってました」


 「お姉さんに人形を買い与えたのは、この堂満です」

 小野塚さんが言った。

 「堂満はこれ以前にも、女児にいたずらをして捕まったことが2度あります。

  林田さんのお父さんは、麻雀の負けが混んで堂満に支払えなくなった。

  それで、『なんでも言うことをきく』という約束をしたんです。

  堂満は、娘をひと晩、自分のうちに泊まりに来させろと言ったそうです。

  ‥‥その‥‥こちらのショーツに付着しているのは、血痕と判明しました。

  ノートには、びっしりと小さい字で『ドーマン殺す』と書いてあります。 2万回ほど」


 全員が黙り込んだ。

 クーラーの風が、急に強くなった気がした。


 

 あたしの頭の中で、小学生の女の子がひとり、リュックを背負って玄関に立っている。

 黒い車が目の前に止まっている。

 中から助手席のドアを開けたのは、太って寸胴の男。 あたしの想像上の堂満だ。

 女の子は車に乗り、不安げに外を振り返る。

 両親らしい大人の手で、車のドアが閉められる。


 車の中で、堂満が箱に入ったプレゼントを、女の子に渡す。

 包みを開けると、中身は可愛いお人形だ。 女の子は喜んで、笑顔を取り戻す。

 車が着いた先は、お屋敷と呼べるくらい立派で大きな洋館。

 大きな門、庭にバラ園、玄関に彫像。

 壁に掛かった絵画、応接室のペチカ、見たこともない大きさのテレビ画面。

 戸惑いながらも、ジュースとケーキで気をよくした女の子は、人形を相手に遊び始める。

 

 窓の外に宵闇が垂れ込める頃、女の子は人形と一緒にソファでうたた寝をする。

 堂満が少女の体を抱き上げる。

 「眠いならお布団に入らなくちゃだめだろう?」

 「うん」

 このあたりの大人の狡猾さは、あたし自身が身をもって知っている。

 とりあえず、うんと言わせて連れて行くのだ。


 彼女がウトウトしながら横たえられたのは、2階の寝室。

 柔らかく大きなベッドが、その晩、彼女の心の墓場となった。


 冷たくなったあたしの指先を、隣に座ったウィズが握った。

 熱いくらい暖かい手だった。

 「ごめんね」

 他の人には聞こえない声で、彼は囁いた。

 「美久ちゃんには、辛い話だった」

 あたしは慌てて首を振りまくった。

 ウィズがこの仕事を引き受けたのは、この思いがわかるからだって知ってるもの。



 林田はそれから家に帰るまで、一言も発さずにただ泣き続けた。

 ウィズはおかまいなしに、必要なことを伝え続けた。

 弁護士と話をする内容は、援助して貰いたい費用の種類になること。

 学費、住居費など、使う前に相談して、弁護士から先方に直接入金して貰う形に出来るものに限ること。

 美容整形を受けるのも認めるそうだ。


 「援助は一生のことじゃなく、きみが社会に出てひとりでやって行ける様になるまで、と期限を切ってある。

  僕としては、まず家を買っておくことと、海外留学でも技能試験でも、将来にプラスになることに、できるだけ多くの資金を出して貰うことを勧めるね。

  それから、医療費。

  僕の友人が、虐待から立ち直るための精神的なリハビリメニューを専門に研究している。

  こういう治療は決して安くない。 援助のあるうちに行ってみるといい」


 アパートの前に車を止めると、林田は泣きながら顔を上げた。

 「私が滑稽に見える?」

 ウィズにそう言って、濡れた瞳を凝らした。

 「ひとりで被害者だと思い込んでいたのよ。

  あの子が私をいじめるのは、私が醜いせいだと思ってた。

  私をいじめることで優越感に浸ってるんだと思い込んで、あの子が私を憎む理由に気付かなかった。 あの子こそが被害者だったのに。

  そうして私はあの子を憎んで、憎い親父に殺させたのよ。

  今さら気付いたって、どうしたらいいのよ?

  馬鹿だわ。 あなたたちだって馬鹿だと思うでしょう?」


 「全然!」

 「思うわけないじゃない!」

 あたしとウィズが同時に言った。

 「いじめられたら、相手を憎むのは当然だろう?」

 「それにお姉さんがどんな目に会ってても、林田さんが被害者である事実は変わらないじゃないの」

 「それのどこが馬鹿なんだ」

 「馬鹿じゃないわよ」

 「お姉さんだってちゃんとわかってくれるよ」

 「あたしもそう思う」  


 交互に叫ぶあたしとウィズを見て、林田はあきれたように口を開けた。

 やがて泣き顔のまま、くすくす笑い出した。

 「変わったコンビね」

   

 車のドアを開けた林田は、ちょっと照れくさそうにウィズを振り返った。

 「やっぱりすごくシャクに障るけど、あなたの言ってることは正しいわ。

  とりあえず、感謝しとく」

 彼女にしては、最大限の誉め言葉だったかもしれない。

 「篠山さん」

 林田、今度はあたしを呼ぶ。

 「‥‥あんたと如月さん、案外お似合いよ」

 言い置いて、彼女はそのまま(きびす)を返した。

 案外だけは余計なんだけど、まあ勘弁してあげることにした。

 遠ざかっていく林田の後姿は、前より背すじが伸びて艶やかだった。


 と、そのとき。

 林田の後から、小さな女の子がひとり、小走りについて行くのが見えた。

 小学生くらいの、赤いスカートに運動靴を履いた女の子。

 その子は林田に追いつきそうな位置でふと立ち止まり、こちらを振り返って笑った。

 その顔は遠目でよく見えなかったが、林田によく似た面差しだったような‥‥。

 

 「ウィズ‥‥ね、ねえ、あれは残留思念よね? あなたが呼んだの?」

 「僕はなにもしてない」

 「だって、こっちを見て挨拶してるわよ、ほら。

  あれでほんとに人格がない、過去の映像なの?」

 「どういう意味?」

 「あれって‥‥幽霊、じゃないの?」

 「幽霊」

 「林田 惠さんの霊が、妹を心配して、これまでずっと傍にいたってことは」

 

 「‥‥うーん」

 ウィズは黙って考え込んだ。

 何度か首をかしげたが、結局コメントをしなかった。

 『幽霊なんて存在しない』のお決まりの台詞を口にすることも、ついになかった。

 女の子はスキップをしながら、林田の後ろについてアパートに消えて行った。

  


 その後、林田は予備校に姿を見せなくなった。

 気になってウィズに聞いたら、進路を変更して志望校のレベルも格段に引き上げたとのことだった。

 彼女はその後のスキルアップのために、海外留学と3ヶ国語の学習教室、各種技能試験を希望していたが、弁護士の受け取った希望内容の中に、美容整形は含まれていなかった。


 湊社長は、9ヶ月余の闘病生活の末に、その命を散らした。

 林田が猛勉強をして志望校に受かった日から、4日後のことだったそうだ。

と、いうことで伏線は全部拾ったかしら?

次回はついに最終回です。

フィナーレは明るめで、文字数少々増量でお送りいたします。

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