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16、人形は無言で語る

 「こわかった、不安だった。

  この幸せがいつ終わりになるのかと、毎日心もとなかったわ。

  本当に怖くてじっとしていられなくて、会長の許可を得てまた事業をはじめたの。 そうすればせめて老後の私産だけでも確保できると思ったのよ。

  その矢先よ、わたしの副鼻腔炎が、癌によるものだとわかったのは。

  どんな気持ちだったと思う?

  絶望? 焦り? いいえいいえ、その逆よ!

  わたしはほっとしたの。

  これでいつ失うかわからない恐怖に怯えないで済む、と思った。

  醜くなるのも死ぬのも怖かったけど、なんだかサバサバしてる自分もそこにいたのよ。


  パトロンに相談して、もう充分だから見捨ててくれてもいい、と言ったらね、すごく怒られたの。

  お前はもう家族だ、最後まで面倒を見させてくれって。

  その瞬間から、わたし、何もかもから解放されたの。

  それまで呪いにかかってたようなものだったの。

  プライドの呪い。 捨てたと思っていたけど、まだあったのよ。

  仕事が出来るとかね。 美しいとかね。 頑張ってるとかね。 いくらだってあるでしょう?

  そういうものって、鏡のように他人の反応を見て、初めて回収できる満足感なのね。


  わたし、それまで会長を好きだと思ったことはなかったのよ。

  自分の中の優しい気持ちを動力にして動くことが、こんなに楽しいなんて知らなかった。  周りの人を見る目も、その日から変わって行った。

  ‥‥で、ここが最後で最良のわたしの場所と言うわけなの」


  


 長い話をひと区切りさせて、湊社長は大きく息をついた。

 やはり体力が落ちているのだろう。

 ベッドに沈み込むようにして荒い呼吸をしている彼女に、ウィズが気を利かせてサイドテーブルの吸い飲みを差し出した。

 「ありがとう、ほんとに以心伝心ね。 如月さん」

 社長は嬉しそうに水を飲んだ。 唇がないので飲みにくそうだったが、ウィズは案外器用に口の隙間から水を注ぎ込んでしまった。


 「ごちそうさま。 さて、のぞみさんに提案よ。

  ご両親がああいうことになられて、今お金のことで大変だとうかがったわ。

  わたしなんかが手を貸すなんて図々しいけど、ぜひお礼代わりにわたしの私産を受け取ってくださいな」

 湊社長の言葉に、

 「‥‥そのことですけど」

 林田は、まだ迷いがある表情で切り出した。

 「今お話を聞いて、私なんかにそれを受け取る資格はないと思ったんです。

  本当は私、あの時あなたを救う気なんてなかったんです。

  あの時‥‥あの日、湊さんが木箱に乗って、枝に縄をかけているのを見た時、必死で止めたのは別に理由があるんです。

  あの時、私は父親に命令されて、あそこを見張っていたんです。

  その奥で、父が穴を掘っていたんです!

  瓶に入れた姉の死体を埋めるために‥‥」


 あたしは驚いて、林田の顔を呆然とながめた。

 他の人も、一瞬凍りついたように動きを止めた。

 部屋の中が静まり返った。

 ウィズだけが、平然とした顔でゆっくり立ち上がると、社長が飲み終わった吸い飲みを、サイドテーブルに戻した。


 「私は人殺しです。

  姉を殺したのはもちろん父だけど、そう仕向けたのは私なんです。

  最初から最後まで共犯者なんです。

  湊さんのお礼を頂く権利はありません、ごめんなさい」

 小さいがきちんと響く声で、林田は言い切った。

 そのまま、室内に長い沈黙が落ちてきた。

 湊社長がどう反応するかが気になって、他の全員がリアクションを抑えていたのだ。


 「ふううん」

 彼女の第一声は、妙に間延びした声だった。

 「そりゃあ、わたしはいい面の皮だわねえ。

  何も知らずに、あなたに感謝し続けたわけだから」

 それから社長は、ひきつけた様なクェーッという音と共に、大量の空気を吸い込んだ。

 そして次の瞬間。

 「甘えんじゃないッ!!」

 口唇のない口からの怒号。

 独特の響きにもの凄い勢いがある。 あたしたちは飛び上がった。

 部下の人たちも首をすくめたが、こちらは慣れている感じだった。

 

 「自分の人生をなんだと思ってるの?

  現に今、行き詰ってるくせに、なんで打開策に飛びつかないの?

  ほっといたらあなたはそうして、子供の頃と同じにお蔵に籠って、何にも参加せず何にも挑戦せず、死にたくないのに死んだのと同じに過ごそうとするんでしょうけど‥‥そんなのはね‥‥そんな、そんなのは‥‥」

 そこまで一気にしゃべっておいて、彼女は突然沈黙した。

 呼吸が苦しくなったらしく、2・3回体を震わせてから、ベッドに沈み込んで激しくあえいだ。

 

 すぐにスタッフが駆け寄って、状態を調べる。

 ナースコールが押され、看護士が駆けつける。 医者が呼ばれる。

 あっという間に白衣の集団でベッド周りが埋め尽くされ、社長の姿は見えなくなってしまった。


 ウィズが立ち上がった。

 「湊さん、僕らは退散します!

  あとの説得は任せてください!!」

 看護士さんたちの頭越しに、大声で告げた。

 「いいですか湊さん、あなたはこの発作で死ぬようなことはありません。

  あしたご報告に来る時にはお元気で会えますから。

  安心して下さい、これは予言ですからね!? 聞こえましたね?」

 なんとストレートな占いだろう。

 白衣の隙間から、湊社長の指先がわずかに動いて、ウィズに挨拶したのがわかった。



 魔術師はそのまま、あたしと林田を車に乗せ、警察庁に向かった。

 有無を言わさぬ勢いだった。

 

 やっとわかった。

 ウィズには、最初から湊社長の命がつきかけているのがわかっていた。

 それまでにやらなければならないことが全部、彼の頭には入っていた。 恐らく初めて氷川さんに声をかけられた、あの瞬間から。

 そのプランを全部こなすまでは、なじられても叩かれても、やめる訳に行かなかったのだ。

 

 林田のマイナス要因である両親と恋人を逮捕させて遠ざけることも、最初からプランに入っていたのだろう。 そうしておいて、湊社長の援助を受けさせる。

 しかも弁護士に説明させず、あの顔の社長本人に会わせてから決めさせる。

 ということは、わざわざ警察に連れて行くのも、作戦の一部なのだろう。

 強引だけど、必要なことをやっている。 善悪はともかくとして、だが。


 

 本庁の受付では、すでに小野塚さんが待っていた。

 まっすぐ応接室に通された。

 「これですよ」

 それぞれビニール袋に納まった、汚れた3つのかたまり。

 3品とも、黒かびだらけで古く、不気味な感じのする代物だった。

 

 バラバラに壊れた人形。

 女児用のショーツ。

 B5サイズの雑記帳。


 「あの窯の中に隠してあったものです。

  死体が入っていた瓶の他に、あと3つ瓶があったんですが、その中のひとつにこれらが入ってました」

 小野塚さんが説明すると、林田が身を乗り出して、袋のひとつを覗き込んだ。

 「この人形、見たことがある‥‥」

 「あなたの物ですか?」

 林田は首を振った。

 「姉が‥‥惠が持っていました。

  あの子だけが親に何か買ってもらっているのは、よくあることでした。羨ましくて」

 「お姉さんがこれで遊んでいるのを見たことは?」

 少し考えてから、林田はわからないと答えた。

 「机の上に置いてあるのを触ろうとしたら、すごい剣幕で怒られたことしか‥‥」


 「この人形を見るのもいやだったんだ、彼女‥‥」

 ポツリとウィズがつぶやいた。

 「こいつをこんなにズタズタにしたのは、お姉さん自身だよ。

  学校で使う彫刻刀で何百回も刺してる」

 「ウソ‥‥なんでそこまでするの」

 確かによく見ると、人形の顔面には無数の刺し傷があった。

 手も足もバラバラだが、鋭利な刃物でスパッと切るのでなく、刺しているうちに千切れたという感じがする。


 凄まじい怒りと憎しみ。

 ウィズのような力がなくても、充分感じ取ることが出来た。

湊社長をもう少し個性的に書きたかったのですが、コミカルにやるのもヘンなので、適当な表現が見つかりませんでした。そのうち思いついたら修正するかも知れません。

ストーリー、そろそろ終盤です。

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