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12、形態模写「握り寿司」!

 スナック喫茶「ウィザード」の窓は、明るい光で満たされていた。

 看板の灯は消えている。

 あたしは窓の外に立って、そっと中を覗き込んだ。

 するとウィズが、今ひとりでないことがわかった。

 パイプチェアに腰掛けたウィズは、もう一人の人物と話し込んでいた。


 その人の、後姿の華奢なシルエットにギョッとした。

 一見してその人も、中学生に見えたからだ。

 幽霊の女の子が、実際に訪ねて来たのかと思ったのだ。

 でもよく見ると、相手は女の子ではなく、ついでに言うと子供でもなかった。


 朝香 怜さん。

 れっきとした男性だ。

 おまけにあたしやウィズより年上で、付け加えれば現役のお医者様でもある。

 そして恐ろしいことに、数ヶ月前まで女性として生活していた。

 分裂した人格を統合して間がないため、リハビリしながら研修医のような仕事もこなしているので忙しいらしく、 ここしばらく店に顔を出してなかったんだけど。


 ウィズと怜さんは、割合に真面目な話をしているように見えた。

 ウィズは、怜さんから渡されたらしい書類の束を手にして、説明を聞いてうなずいている。

 声は聞こえないが、仕事がらみの会話のように感じた。


 ドアのすぐ脇から、窓辺の植え込みの後ろへ踏み込んで覗き見をしていると、不意に怜さんが立ち上がった。

 話が終ったらしい。

 あまりに唐突で、逃げる暇がなかった。

 がころぽん、ころぽんとドアベルが鳴った。

 思いのほか早くドアが開いた。

 あたしは植え込みをまたぎそこねて、刈り込んだ植え込みの木の上に座り込んでしまった。


 「‥‥のバランスが最悪なんだからな。

  気をつけないと、オスメスどっちに襲い掛かるか保障しないぜ」

 何やら冗談口を叩きながら、怜さんがドアから出て来た。

 あたしは植え込みの一部に化けようと、体を仰向けに平らにして擬態を試みたが、徒労に終った。

 想像したくないけど、多分ものすごく馬鹿みたいな恰好だったんだろう。

 瞬殺でバレた。

 

 「美久ちゃッ‥‥」

 0,5秒ほどあっけに取られてから、怜さんは笑い出した。

 「はは、はははは、ははは、おっもしろい物拾ったぞ!」

 笑い転げながら、手を貸して助け起こしてくれる。

 「何やってるんだい、こんな夜中に。 握り寿司のマネ?」

 「ちが‥‥」

 否定しかけて、こっちまで吹き出してしまった。


 「仕事帰りに5分ほど寄っただけなのに、色々面白いもんが見れたなあ」

 植え込みを抜け出せたあたしを、怜さんはギュ−っとハグした。

 「色々って、え? ちょっと‥‥怜さん!」

 「落し物拾ったから1割寄越せって、コロ助に言ってやろう。

  おーい、コロ‥‥」

 「だめ! シーッ、呼ばないで!」

 あたしは怜さんにつかみかかって止めた。

 怜さん、あたしの目をじっと覗き込む。

 「なんだ? あいつに用があって来たんじゃないのか」

 「そうなんだけど。

  ‥‥でもウィズ、絶対怒ってるもん‥‥」

 「まーた喧嘩したのか」

 「そういう次元じゃ‥‥」

 あたしはしゅんとして下を向く。


 矢も盾もたまらずここまで来たのに、中に入っていく勇気がないのだ。

 「美久ちゃん、きみばっかりが謝ることないぜ。

  あいつ、いつも待ってばかりでずるくないか?

  たまにはコロの方に謝らせればいいんだ、ほっといて帰ろ帰ろ」

 怜さん、あたしの手を引っ張って帰ろうとする。

 あたしはその手をそっとほどいて、首を振った。


 「ちぇ。 ちゃんと判ってんじゃないか」

 怜さん、ちょっと残念そうな口調で言うと一旦立ち去りかけ、ふと振り返っていたずらそうに笑った。

 「面白いこと、教えてやろうか。

  コロ助がひとりでいる時にね、傍に寄るなら音も声も立てちゃダメなんだ。

  そーっと滑るように近づいてごらん。

  気付かれても、声出しちゃだめだよ」

 「‥‥どうなるの?」

 「あいつがなんで、日ごろからあんなにズレてんのかがわかる」

 「ほんと?」

 「ウソなんかつかないよ。

  パンチラで目の保養をさせてもらったお礼だ、て、イテテ!」

 あたしのパンチを背中で流しつつ、怜さんは立ち去った。


 (ドアベルの「がころぽん」を鳴らさずに入る?)

 どういうことになるのか判らないけど、やってみよう。

 ドアを開けるのは比較的たやすかったが、難しいのは閉める方だった。

 スプリングでダーッと閉まりそうになるのを慌てて引き止める。

 なんとか音を出さずに店の中に入った時には、冷汗でTシャツが体に張り付いていた。

 冷房の風にほっと息をついた。

 その途端、ウィズと目が合った。


 彼はパイプチェアを運んで「幽霊のボックス席」に向かって座り、組んだ長い足の上で書類を読んでいた。

 あたしと視線がぶつかっても、表情を変えない。

 (気付かれても、声を出してはいけない‥‥)

 あたしは足音がしないように、滑るように彼に近づいた。


 魔術師の反応は確かにおかしかった。

 こんな時間にあたしがここにいることを、少しも驚かないのだ。

 しばらく人の顔をじーっと見ていたと思ったら、ふっと視線を下げてしまった。

 それきり、また書類に没頭する。

 

 ‥‥無視ですか!?

 これってどういうことなんだろう。

 見ているのに、意識に入ってないような違和感。

 

 あたしはちょっと大胆になり、ウィズのすぐ隣に寄って手元を覗き込んだ。

 ウィズが見ている書類は、病院で出しているパンフレットのようだった。

 「虐待を受けた女性のための保護施設」とある。

 やっぱり。

 ウィズはまだ、林田家のケアをあきらめていないのだ。

 あたしが一緒になってパンフを見ていても、何故かウィズはまるで気付かない様子だった。


 5分ぐらいして、インターホンが鳴り出した。

 喜和子ママの部屋から直通連絡だ。

 ウィズは受話器を取るために立ち上がった。

 そして信じられないことをした。

 インターホンを見つめたまま、あたしの体にまっすぐぶつかってきたのだ!

 

 よけられなかった。

 「ぎゃッ?」

 「わ?」

 ドシンと音がするほど激しく衝突されて、あたしはひっくり返った。

 尻餅をついたまま見上げると、ウィズは口をポカンと開けて、呆然とあたしの顔を見ている。

 「美久ちゃん! どうしてここにいるの!?」

 ズレてる。 そこは今驚くとこじゃないよね。


 インターホンがうるさく急かすので、ウィズはまずあたしを引き起こしてから、その手を離さず受話器を取った。

 逃げられないようにしっかり手首を捕まえている。

 「‥‥うん、そろそろ上がるけど、寝ちゃっていいよ。

  閉めて、鍵はそこのドアから入れとくから。

  わかった。 はい。 おやすみ」

 あ。 喜和子ママ、もう寝ちゃうんだ。

 急に心細くなったあたしを、受話器を戻したウィズが振り返って、苦しげに息をついた。


 「‥‥びっくりした」

 いやいや、こっちの台詞だよ。

 「ウィズ、あたしのことが見えてなかった?」

 「見えてたけど、勝手にやらせてたから」

 「誰に?」

 さっぱりわからない。


 ウィズはちょっとめんどくさそうに説明した。

 「僕の目に見えるものは3種類ある。

  今ここにあるものと、過去の残留思念と、未来の予見映像の3つ。

  集中していればもちろん、一つ一つがどの種類のものかわかるけど、必要のない時までいちいち反応してると疲れるから、ひとりになるとセンサーオフにしちゃうんだ」

 「色々見えてもほっとくの?」

 「この時間から、現実に誰か来るとは思わないからね。

  人がいるなと思ってもダラダラにしとくんだ。

  家に帰った美久ちゃんが今来るわけないから、てっきり明日以降の映像だと思って」

 

 そんなにいろいろなものが、ひっきりなしに見えるのか。

 あたしは唖然としてウィズの顔をボーっと見ていた。

 ウィズって、一日中たくさんの人に囲まれているようなもんなんだ。

 いいかげんデリカシーがなくなるのもうなずけるし、人と反応が違うのも無理ないのかも知れない。



この時期、怜は生まれ変わったばかりで忙しく、また不安定でもあります。

そのうちそういう話も書けたらいいなあ、と思ってます。

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