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11、魔術師の奥様になるということ

 携帯で母に電話した。

 母はマンションのエントランスまで懐中電灯を持って降りてきてくれた。

 自動ドアもセキュリティシステムもダメになっていたので、管理人に裏口を開けて貰ったのだ。

 エレベーターも止まって、自家発電も効果なしだ。

 母とふたり、真っ暗な階段をゆっくりと登った。


 「それじゃあ、この停電は吹雪さんが起こしてるっていうことなの?」

 母はあきれたように、あたしの話を要約して言った。

 「そうだけど、違うかも。

  あたしのせいなんだ、きっと」

 うつむいて暗い階段をにらんだあたしの声は、また涙で曇った。

 「あたしのせいでウィズを傷つけたの。

  パニクって、言っちゃいけないこと言ったの。

  思っちゃいけないこと、考えたの。

  ウィズの暴走、あたしが止めなくちゃいけなかったのに、出来なかった‥‥逆にひどくしちゃった」

 

 泣き出したあたしを見つめながら、母はしばらく無言で登り続けた。

 それからふっと歩をゆるめ、手を伸ばしてあたしの肩を撫でた。

 「美久、能力には責任が伴うもんだって、わかってる?」

 あたしは顔を上げた。

 懐中電灯でホラー映像みたいに浮かび上がる、母の顔を見た。

 母は続けた。

 「吹雪さんは社会人でしょう。

  いくら他の人にない力を持っているからって、それを仕事で使っている以上、自分でコントロールできませんでしたじゃ、済まないと思うんだけど」

 思いがけず厳しい言葉に、あたしは驚いて立ち止まった。


 「吹雪さん、男の人なんだし、仕事に対してプライドもあるでしょう?

  昨日今日ついた力じゃないんだから、自分で操縦くらい出来てしかるべきよ。

  出なきゃ仕事に使うべきじゃないわ、子供じゃないのよ」

 「か、母さん! ウィズが無責任だって‥‥」

 「何言ってるの、美久、あんたに言ってるのよ!」

 母は怖い顔であたしをにらみ、軽く頭まで小突いた。


 「母さんが言ってるのはね。

  『吹雪さんは長年の経験で、どうしたらそのパニックを止められるのか、知ってて当然だ』って言うことなの!

  だから彼は、急いで何かをしようとしたんでしょう?

  吹雪さんがひとりになりたがってるのがわかったのなら、どうして望み通りひとりにしてあげなかったの?」

 あたしはとっさに返事が出来なかった。

 ウィズがひとりになりたがったのは、暴走を止める方法がそこにあったから?

 そんな風には考えもしなかった!

 あたしは、ウィズが心を閉ざして殻に籠ってしまうと思ったのだ。


 「で、でも、車の運転が出来る状態じゃなかったから‥‥」

 「時間も遅いし、まずあなたを送らないとと思ったのね。

  周囲が少々乱れても、その時間ぐらいはしゃんとしていられる自信があったんでしょう。

  現に美久が邪魔するまで、無事にドライブしてたんでしょ?」

 「そう、‥‥だけど‥‥」

 「信じて任せるべきだったんじゃないの?

  そしてその時の対処法を知っておいて、次回から協力する。

  そういう時はタクシーで帰って来るとかね。

  今だけならともかく、一生付き合うつもりならそうするのが理想的よね」

 

 信じて、任せる。

 そんなことは考え付かなかった。

 あのウィズの状態を見て、あたしは彼が「故障して」しまったと思い込んだ。

 でも、ホントにダメな状態かどうかなんて、正確にわかったとは思えない。

 今、ひとりになって、ウィズは何をやっているんだろう?



 部屋にたどり着くころには汗だくだった。

 あたしは荷物を放り出し、携帯で喜和子ママを呼び出した。

 「やっぱり美久ちゃんが一緒だったのね。

  こっちも停電よ、初めは歩行者用信号機がタテヨコ同時に大合唱したけど、すぐに消えて真っ暗になったわ」

 喜和子ママの声は、思ったほど深刻そうではなかった。

 「真っ暗で冷蔵庫も切れてるから、お店は閉めちゃったわ。

  店には蝋燭のランタンがいっぱいあるから、片づけはして置いたんだけどね。

  店内で片付け物をしてたら、終るころに吹雪さんが帰って来てね。

  『もう終わり?』って聞くのよ。 そうだって言ったら、

  『少しここにいたい。 鍵は閉めておくよ』

  そう言って手を出すじゃない。

  だから、鍵を渡してわたしは店を出て来たの。 吹雪さんが火を嫌がるから、ランタンを消してね」


 「真っ暗な店にひとりでいるの? 何をしてるのかしら」

 あたしはちょっとドキンとした。

 ウィズは暗がりでも、心眼とやらで問題なく目が見えるから、お酒を飲むだけなら、自分の部屋で飲めるはずだ。

 喜和子ママの答えは、予想通りだった。


 「わたしも気になって、こっそり覗いてみたら案の定だったわ。

  アレよ、アレに話しかけてるの」

 「『美人の幽霊』ね?」

 「そうよ、あの席の横にわざわざ椅子を運んで座ってるのよ!」

 「今‥‥も?」

 「そうね、そろそろ30分経つかしら」

 喜和子ママの言葉が終わると同時に、部屋の電気が灯った。

 窓辺に駆け寄って、街を見る。

 暗闇だった町並みに、ひとつまたひとつと、光が戻りつつあった。

 

 町に色彩が戻って来る。

 ネオンの赤。

 信号機の緑。

 車のヘッドライト、テールランプ。

 ウィズが平静を取り戻したのだ。


 「美久! テレビでニュース速報やるわよ。

  市内全域で謎の大停電ですって」

 今から響いてくる母の声も、ひときわ元気だ。

 明るい茶の間に戻って来たテレビ画面の輝きを、あたしは何故か直視できなかった。


 

 ウィズはパニックが始まった時、最初からあたしを遠ざけて、あの幽霊といることを望んだ。

 そして結果的に、30分で恐慌から脱却した。

 あたしはウィズを追い詰めることしか出来なかった。


 考えてみるといつもそうだ。

 あたしは魔術師のやることに翻弄されてオロオロするか、逆に彼を激昂させたり興奮させたりするだけだ。

 彼を癒したい、自由になって欲しい。

 そう願いながら、なかなか叶えられる事がない。

 今まであたしは、その原因はウィズの方にあると思っていた。

 彼の能力、そして性格はとても不安定で、付き合う誰もがそれに振り回されるものと信じて疑わなかったのだ。

 その考えを、あの幽霊が否定した。


 知りたい。

 ウィズの幽霊の正体が知りたい。

 ウィズとの関係が知りたい。

 彼の言う通り、相手が幽霊でなく残留思念なら、今も生きている可能性は高いのだ。

 どこの誰なのか、彼とどれだけ親しいのか、今何をしている人なのか、知りたい。


 ウィズは女の子に人気がある。

 嫉妬を感じたのはこれが初めてじゃない。

 でもこんなにはっきりと、負けたと思った事は今までなかった。

 もしかしたら、ウィズはその子のことが‥‥。


 考えたら、また何も手につかなくなってしまった。


 謝ろうと思ったのに、ウィズの携帯は応答しない。

 イエデンにも電話したのだが、出て来ない。

 彼は普段から眠りが浅く、寝ていても部屋にいれば必ず電話を取るので、これは留守という事だろう。

 まだ店にいるのだろうか。


 あたしは母が眠るのを待って、こっそり家を抜け出した。

 時刻は午前1時過ぎ。

 胸の中で燃えている、苦い炎が消えない。

 

 あたしの記憶の中の魔術師の最後の残像は、とても悲しい姿をしていた。

 ロボットのようにあたしを見つめる目。

 傷つけた。

 失望させた。

 後悔が炎になって、体ごと焼き尽くしそうだ。 

 

本編では、矢継ぎ早に事件を記述する感じで、「飛ばし気味」に書いていましたが、今回は意識してひとつずつ描写しながら時間の流れをゆっくりめに書いています。

そのせいか、受験生なのに美久が全然勉強してないのが今回妙に気になりますね(笑)

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