将棋VSチェス
それから休みの日なんかは、会うようになった。
カバンに勉強道具とかを詰めて、電車に揺られながら、
「わたしね、同じ中学校の友達と遊ばなくなったよ」
「どうして?」
「気づいたの。あんなの、友達なんてものじゃなかった」
「何かあったの?」
「いや、何も」
「何も?」
「ただ、あなたに会ったあの日から、わたしの中の世界観が、なんていうのかな、アップデートされたみたいな感じがする」
参ったな、アップデートときたよ。
そんな風に言われて嬉しくない中学生男子なんているはずがない。
だけどそのせいで、彼女が自分の友達を切り捨ててしまっている。
それははたしていいことなのだろうか?
あまりいいことではないような感じがする。
ぼくは言う、
「ねえ」
「何?」
「将棋で考えたらどうだろう?」
「将棋」
「うん。この世界は将棋だ。君の友達は、そのコマなんだよ。ぼくだって、君にとっては、プレイヤーである君のコマの一つに過ぎない。将棋に勝つためには、一つのコマだけを贔屓にしちゃあいけないんだ。どのコマもそれぞれの役割を持っていて、それらを存分に活かしていかなければならない」
「……」
女の子は考え込んでいる。
「ぼくに会ったことで、君の将棋盤の局面は変わってしまったのかもしれない。だけど、だからと言って、君が将棋を指していることに変わりはないんだ。ぼくと遊ぶようになっても、これまでの友達とも遊んであげて。できたらでいいよ」
女の子はポツリと言った。
「将棋のことはあまり知らないの……チェスなら大会で優勝したことがあるんだけど」
チェスは、将棋と違って、コマがどんどん消えていくゲームだ……。
電車は進む。
電車の窓は、ど田舎の風景が過ぎていくだけの映画に過ぎなかった。
「ねえ」
と今度は女の子が口を開く。
「小説って好き?」
「うん。最近読んだのは、『異世界に転生したら前の世界とあまり違いがわからない件についてwwwwww』というのを読んだ。最高だった」
女の子は、「ダメだこりゃ」と言った風に、ちょっと首を振って、それから言った。
「20世紀文学の重要な人物の一人に、ウラジミール・ナボコフがいる」
ぼくは言った。
「あっ、それなら知ってるよ。ロリコンなんでしょ」
「そういうことにだけ詳しいあなたはただの変態だと思う。確かに、ロリータ・コンプレックスのもととなった『ロリータ』を書いたことで有名だけど……それよりもチェスの名人であった彼の傑作の一つが『ルージン・ディフェンス』」
「『ルージン・ディフェンス』……それってどんな小説なの?」
「ルージンは天才チェスプレイヤー。『ルージン・ディフェンス』という新戦法を編み出すの。だけど最後発狂しちゃって、この世界はチェスなんだと思って、なんだか知らないけど飛び降り自殺しちゃう……興味があったら読んでみて」
「うん。そうするよ」
とぼくは言ったが、20世紀文学の重要な小説はぼくにはちょっと敷居が高い。
ぼくは考える。
『ルージン・ディフェンス』を持ち出すことによって、彼女はぼくに何を伝えたかったのか。
ぼくはさっき、世界は将棋だと思ってみて、といったことを彼女に言った。それへの反論?
それともただこの小説を連想して、なんとなく言ってみただけなのかもしれない。
もちろんそんなことは直接彼女に聞けばいいのだが、彼女は眠ってしまっていた。いつの間にか。
電車が進む。
電車が止まる。
ぼくは彼女をつつく。
起きない。
魔が差して胸をつつこうとしたら急に起きて殴られた。




