07
リボンをつけていった結果はそんなに悪くなかった。
あの熊谷さんが「可愛い」と言ってくれた時点で最大の難関は乗り越えたようなものだ。
「に゛ゃー」
山下さんが複雑そうな顔をしていたのが気になって急に家に誘っていたのは実に私らしくなかったけど、家に来てくれて彼女も褒めてくれた、それが凄く嬉しかった。
「に゛ゃ」
「よしよし」
シロさんがよく鳴くようになったのも嬉しいところ――なんだけど、日に日に低くなっていく鳴き声に驚いている。それになんとなく体長が大きくなった気が。
「ふふ、でも、もふもふで可愛い」
私が猫さんになったら品種はなにになるんだろう。
足が短いしマンチカン? それとも他人にあまり見られたくなくて長毛種かな?
そんなことをポワポワと考えつつ、シロさんを抱いて寝たのだった。
問題が起きた。
急遽席替えが決まって窓側から中央へと移動になってしまったのだ。
が、なにもデメリットばかりではない。黒板が見やすいことと斜め前に山下さん、斜め後ろに熊谷さんがいること。
「犀川」
「……なに?」
後ろから話しかけられるのはやっぱり慣れない。だけど少しずつどもったり間を作ったりしないようにしていければなと思っている。
「あんたリボンの種類増やしたら? 単色だと汗をかいた時とかに大変でしょ」
言われてみればそうだ。これはお母さんから誕生日プレゼントとして貰った物。だから、一際大切に扱わなければならないという意識が強すぎてちょっと疲れてしまうところもあった。
でも、自分で買ってしまえばちょっと雑に扱っても問題がないということ――なんで考えつかなかったんだろう。
「んー、しょうがないから私が買ってあげるわよ。誕生日プレゼントあげてなかったし」
「い、いいよ」
「変な遠慮すんな。これで私の誕生日の時にもっと凄い物が貰えるでしょ?」
あ、あんまり期待されても困る。一応お小遣いはそれなりに貰っているけど、恐らくその時になったらどうしたものかと頭を悩ませるはずだから。
「綾」
「…………」
突っ伏しているというわけでもないのに熊谷さんの呼びかけをスルー。
最近山下さんの様子がおかしい。私がいるといつもぎこちなくなる。もしかして嫌われている? もしそうだとしたら凄く悲しいけど……。
熊谷さんは諦めず呼びかけるけどスルー。焦れったくなったのか山下さんの前に移動したら「うわっ」と大きく驚く。
「あ、あんた顔が真っ赤じゃない」
体長が悪いのなら保健室に行った方がいい――そう言うべきなのかな?
「そ、そんなことないよ」
「いやいや、マジで赤いから。――ほら、見なさい」
「うっ……ちょ、ちょっと保健室に行ってこようかな」
「――そうね、おでこも熱いし」
ちょっと心配だ。
中学生の頃は保健委員会の一員だったので、放っておけない。
「や、山下さんを連れて行ってくる」
「そう? それなら頼むわ」
意外と素直に移動しない子がいると学んでいた私は山下さんの白く、そして熱い腕をギュッと掴む。「え、ちょっ」と声を上げた彼女をスルーして保健室へと移送。
「し、失礼しますっ」
今度は私が彼女のために動く番。
あの時は本当に助かった。職員室へと続く扉を躊躇なく開けた彼女の勇姿は忘れられない。
「ん? どうしたんだ?」
「こ、この子の顔が赤くて」
「見せてみろ」
まだ内側へと足を踏み入れてない彼女を引っ張って先生に見せる。
「んー、これは風邪じゃないぞ」
「え……」
「犀川、ちょっと山下に手で触れてみろ」
え、どうして私たちの名前知ってるの?
いや、先生だから知っていてもおかしくないんだけど、すぐに女子生徒の名前が出てくるというのもなんかちょっと怖いような。
それでも心配なので彼女の手をギュッと握る。
あれ、そうしたらなんか凄く熱くなったような感じが……。
「大丈夫だ、早く教室に戻れよ」
「え、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、止まらないようだったら犀川がちょっと離れれば大丈夫だ」
がーん……私のせいだったんだこれ。
た、例えそうでも旧保健委員としての自負がある。帰りも責任を持って教室へと山下さんを連れ帰った。
「って、変わってないじゃない」
「うん、私のせいみたい」
「あ、はははっ、なるほどね。ま、大丈夫よ、放っておけば治るわ」
そうかな? そうだったらいいんだけど……。
「……犀川さん」
あまりの声音の低さに思わずびくり。
「うん……」
「あんまり私に近づかないでくれる?」
「あんたなに言ってんの?」
「これは私にとって大切なことだから」
そ、そこまで嫌われていたとは……察しが悪くて申し訳ない。
彼女は席に座り、熊谷さんも自分の席へと戻る。
「そんなに重く捉えなくていいわよ」
「そ、そうなの? 嫌われているんじゃ……」
「ないない、そういうのじゃないわ。しょぼんとするな、安心してればいいの」
「あ、ありがと」
「別に綾と長く一緒にいるからこそ分かることがあるってだけ」
いいなあ、分かり合える関係って。
いつか私もそんな風な子と出会えるのかな?
そんな風になれたらいいなと願いつつ、山下さんの後ろ姿をぼけっと眺めたのだった。
『た、助けて、由梨ー』
授業中にコソコソとメッセージを送信。
なんであんなこと言っちゃったのって酷く後悔している。
こういう時にやっぱり大切なのは由梨だ。……いつもは振り回される側だけど。
だけど案外由梨は真面目に授業を受けるタイプだ、返信はもちろんこない……。
だからお昼休みになった瞬間、私は由梨の腕を掴んで教室から出た。
「あ、あの……」
「えっ?」
あれぇ!? な、なんで私は梓月ちゃんの腕を掴んでるの!?
ああもう彼女といるとやっぱり私らしくいられない気がする。
「あ、あのさっ」
「う、うん……」
「き、嫌いとかそういうのじゃ一切ないから!」
誤解されては困るのだ。
あれは平静を保つために必要なことだった。
斜め前でまだ良かったと思う、由梨のところの席だったら――考えたくもない。
「よ、良かった」
「え?」
「き、嫌われてたら悲しいから……」
うん、私だって同じだ。
人に嫌われるのは誰だって悲しい。
だけどなに? この私にだけは嫌われたくないみたいな言い方と雰囲気は。
う、自惚れちゃってもいいのかな? それとも単純に私たちしか友達がいないからっていうこと? ――いやいや、ここは純粋にそういうことだと捉えておこう。
「ねえ犀川さん」
「う、うん?」
「私に遠慮しないで? もし次に遠慮してきたら友達やめようかなぁ」
「や、やだっ、し、しないから……頑張るから」
「それそれ、どもる? っていうのかな、それをやめてほしいなって。由梨みたいになれとは言わないけど、普通でいいんだよ。私たちは別になにも変わらないし、同級生なんだから」
最低だな私……脅しみたいなことをしたらもっと悪化するし自己満足だしちょっと自己嫌悪。だけど遠慮しないでほしいのだ、あくまで対等の存在として見てほしい。
この子と私の距離はすぐ真横、遥か遠くの存在じゃない。でも、いまのままだと逆に梓月ちゃんが遠く見えるから。
それにしてもなんで梓月ちゃんはここまでおどおどしちゃうんだろうか。授業中とかはあんな真面目で素敵で格好良くて見習いたいくらいなのに。
過去になにかがあったのかな? 変に踏み込むとそれはそれでうざい人間だし、そもそも現時点であまり褒められた行動をできていない私は、どうしたらいいんだ。
山下さんは複雑そうな顔でこちらを見ている。
なにも言わないのは私がおどおどしているからなのかな。
「綾」
だったら友達をやめられないように積極的になるだけ。
これで不快な気分になって友達をやめると言われても、最後に積極的になれたのだから満足――はできないがまだマシである。
「へっ!?」
「……熊谷さんのようになる。そうすればもうちょっとスムーズに……えと、友達をやめるとか言うんじゃないわよっ」
後ろから笑い声が聞こえてきて振り返ると、本人がそこにいた。一気に顔が熱くなって逃げようとした私を熊谷さんが引っ掴む。
「いいじゃない、大きな声が出てて。私の真似をしたんでしょ?」
「うん……」
「いいのよ、なんでもやってみれば。無駄なことなんてないしね。ほら、綾も固まっているわよ」
「それって……いいの?」
「大丈夫、あんたは心配性なのよ。どんどんぶつかっていけばいいの。ちょっと来なさい」
私たちはふたりで作戦会議。
「綾はね、脇腹が弱いのよ。だからそこを触りつつ『なに赤くなってんのよ?』って言ってみなさい」
「う、うんっ」
それなら固まっているいまがチャンス、彼女の後ろに移動して右手で脇腹を触りつつ耳元に頑張って口を近づけアドバイス通り言ってみたら耳を押さえてバッと彼女が離れた。その動きは私の人生の中で1番と言っていいほど、瞬発力だけならプロの陸上選手よりも速かったと思う。
「な、なにしてるの!」
「……く、熊谷さんがそうしたら効果的だって言ってたから」
「よ、余計なことしなくていいの!」
「ごめん……」
「もういいから教室に戻ろ? お弁当を食べないとお昼休みが終わっちゃうから」
そもそも私を無理やり連れ出したのは綾さんなんだけど。
大人しく教室に戻ってご飯を食べる。席が近いにもあっていちいち移動しなくて良くなった点は楽だ。
「あんたの両親また家を空けてるんだって?」
「うん、仕事が忙しいみたいでね」
お母さんも同じ。ちゃんと帰ってきてくれるけど遅くまで必ず会社にいるから少し寂しい。シロさんがいてくれて本当に良かったと思っている。
「私の家は妹がうるさいのよね、なんでも『受験生だから』とか言っちゃってさ。お母さんたちも『お姉ちゃんなんだから』とか言って私に押し付けてくるし、妹を甘やかすし最近は家に帰っても休まる時間がないわ」
「えぇ、夕ちゃん可愛いじゃん、私にも甘えてくれるし」
「違うっ、それは甘えてるんじゃなくて使ってるだけ!」
「そんなことないよ。仮にそうだとしても私はそう思っていないんだから被害に遭ってないしね」
「出たでた、私はそう思ってない理論ー」
「もう、なにその言い方……」
熊谷さん――由梨さんの妹さんってどんな子なんだろう。
ウインナーをポリポリかじりつつ考える。
由梨さんの妹さんだからちょっと気がキツイ、だけど優しい、意外と側にいてくれて安心させてくれる、見た目は完璧――といった感じだろうか。
「ゆ、由梨さん」
「ん?」
さすが私の能力だ、いきなり名前呼びをしても気づかれずにそのまま対応してもらえる。
「い、妹さんはどんな感じの子?」
「んー、生意気ね。でも、悪い子じゃないから憎めないというかさ」
「あ、会ってみたいっ」
仲良くなれそうだったら友達になってもらいたい。
もしそうでなければ……その時は大人しく引き下がろう。
「別にいいんじゃない? じゃ今日の放課後にね」
「ありがとっ」
「……別に妹に合わせるくらいなんてことはないわよ」
上手くいけば友達3人目。
それに由梨さんの妹さんと仲良くしておけばいざという時に対応が楽だ。
「ふぅん」
あれ、綾さんにしては冷たい声音、顔。
「どうしたのよ?」
「ううん、別になんでもないよ」
「そうなの? だったらそんな冷たい顔をしなくてもいいじゃない」
「あれ、そんな風になってた? ごめん、気をつけるね」
大切なのは友達!
分かった、由梨さんが私と仲良さそうにしていたから妬いたんだ!
「ふふ、綾さんも可愛いところがあるね」
「は?」
「ひぅ……」
「あ、ごめん、梓月ちゃんが変なこと言うから変な対応になっちゃったー」
「あんた凄い棒読みよ?」
「えー、そんなことないよー?」
調子に乗るのはやめた方がいいと学べるいい機会になりました。
――とりあえず放課後、由梨さんの妹さんに会わせてもらおう。




