05
様子がおかしい。
「お前俺の家を気に入りすぎだろ」
「違うわよ、梓月ちゃんに会いに来たの」
「ははは、梓月は可愛いからな」
最近、同僚さんが来る頻度が多すぎる。
1階に下りたら朝から同僚さんがいるとか絶対おかしい。
お母さんという人がいながら他の女性にかまけるのは良くない。
「お父さん」
「なんだ? 学校行かなくていいのか?」
説明するのも微妙なので廊下へと連れて行く。
「どうした?」
「なんであの人がいるのっ」
シングルファザーとかならともかく結婚状態でそれは駄目だ。
これはもう明日、お母さんに報告しなければならないレベル。
「最近はよく喋るようになったな。でだ、別にそういう変なのはないぞ? 家が近いんだよ」
「や、やめてよ、変なことは」
「疑うなってっ、大丈夫だ! いいから梓月は学校に行け!」
しょうがないのでシロさんに挨拶をしてから学校へ行くことに。
それで学校に着いたら友達になってくれた山下さんたちに相談。
「は? そんなのおかしいでしょ」
「うん、あんまり悪く言いたくないけど、私もおかしいと思う」
ふたりの意見を全部参考にするのは良くないけど、これについては完全に同意だ。
夕方にちょっと、とかならまだ理解できなくてもないんだけどな。
「その人は月曜日から毎日訪れているんだよね?」
「うん……」
「あんた母親は?」
「単身赴任で家を空けてる、けど……」
「それ本当に単身赴任なの? 実はもう離婚しているんじゃない?」
考えたこともなかった。
「頑張ってくるからね」と微笑を浮かべて出ていったあの日のことをまだ覚えている。
父も別に違和感があるわけじゃなかった。それどころか会えなくて寂しい的なことを言っていたような気がする。
「あんまり言いたくないけど……捨てられた、とか?」
「まあこいつ家でも全然喋らなそうだしね」
「お、お母さんを悪く言わないで!」
お母さんは絶対にそんなことはしない。
もし仮に離婚しているのだとしても、お母さんは私のことを連れて行ってくれるはずだ。
「あんたにしては珍しく大声出せたじゃない。明日母親と会えるんでしょ? だったら聞いてきなさいよ。家族だと思っているのなら変な遠慮はしないわよね? だってそれをするということはそういう風に考えてしまっていることの証明になるんだから」
「ご、ごめん犀川さん……変なこと言っちゃって……」
「……私も大きな声を出しちゃってごめん」
よく考えてみなくても直接そう言ったわけでもないのに反応が大袈裟すぎる。こんなんじゃせっかく友達になってくれたのになくなってしまう。
「綾、犀川がここで頑張って実際は違うという場合になった時のみ謝ればいいの。疑ってごめんってね」
「うん……そうする」
熊谷さんの言う通りだ、明日は変な遠慮を一切しないぞ。
土曜日。
指定された場所はなぜか近くのファミリーレストランだった。
慌てて向かうと既にお母さんは店内にいて、こっちだと手招き。
「お、お母さん」
「ふふ、ごめんね、わざわざ外で」
紛れもない大好きな母、そして笑顔。
だけど今日のはどこか影があるように感じるのは気のせい、というわけではないんだろう。
「とりあえず……久しぶりだね」
「うん……」
「あ、この子にもドリンクバーをお願いします」
「かしこまりました」
長期戦になるかもしれないのでジュースを注いで戦闘準備。
「ふぅ、そういえば猫を飼い始めたんだって?」
「うっ……お、お父さんが勝手に」
「可愛い?」
ん? あれ、お母さんが怒らない。これはますます怪しい……。
こくりと頷いたら「見てみたいな」と口にしたので壁紙を見せる。
「メインクーンっ、凄くもふもふだね!」
「うん、凄くいい子で一緒にいてくれるの。ブラシも毎日してるんだよ」
「へえ……触りたいなあ」
だったら普通に家に来ればいい。
あそこは私たちの家だ、生まれてからずっと3人で生活してきた。
猫好きなお父さんのことを知っていて、だけど経済的な理由で飼うことは避けてきたお母さん。
なんで怒らない? 普段なら「あの人を怒ってくるね!」って突撃するくらいなのに。
「最近はどう? あの人元気にしてる?」
「……会社の同僚の人と仲良くしてる」
「そっか……」
ここで変な遠慮をしたら駄目だ。
私ももう子どもじゃない、もしそういうことだとしても割り切れる。
「単身赴任って嘘なの?」
1年分の勇気を振り絞った。
さあ、お母さんはどう答えるだろう。
「うーん、それは本当のことだよ。それは今月で終わるんだけどね」
「え、じゃあ家に帰ってくる?」
「あはは……ごめんね」
なんでそこで謝るの?
山下さんが言っていた通りだということなの?
自分はもう子どもじゃないとか考えておきながらショックですぐになにかを言うことができなかった。
「梓月をあの人のところに預けていたのは単身赴任だったから。だけどそれももう終わる……だからさ」
お母さんはコップを握った私の手を強く握りしめる。
「私の家に来ない?」
「……それって離婚してたってこと?」
「梓月が中学を卒業した頃にはね……」
おかしいでしょそんなの。
だってもう高校2年生だよ? そんな大切なことを言えないくらい弱い人間だと思われたの? それとも信用してなかったの?
「なんで? なんで言ってくれなかったのっ?」
「ごめん……そこまで子どもじゃなかったよね」
……もう過ぎたことを言っても仕方ないか、お母さんも辛いだろうし。
「でも……それって引っ越し?」
「ううん、近くに家を借りてるから」
「この子は……」
「梓月は知らないだろうけどさ、あの人は別に猫が好きじゃないよ? 梓月が好きだから買ってきてくれたんだと思う」
なにを信じたらいいのか分からなくなってきた。
それじゃあお父さんにとって私は単なる重荷でしかなかったってこと?
「連れてって、いいのかな?」
「大丈夫だよ。というかね……梓月のために買うぞって連絡を送ってきたんだ。そしてそのお金は私のなの」
「え……」
それなら安心……はやっぱりできない。
全部言ってくれたら良かったのに。
ああでも自分の性格的に知ってたらお父さんに遠慮するって分かっていたんだろうなお母さんたちが。
「期間が終わったら元々梓月を引き取るつもりだった。だから余計な迷惑をかけないように生活費だって入れてたし、その子――シロちゃんとシロちゃん関連の費用だって全部そう」
「……住んで、いいの? 邪魔じゃない?」
「あ、当たり前でしょっ、寧ろ大切な自分の子と離れたくなんかないっ。好き同士付き合って、結婚して子どもを作ってもずっと一緒にいられるわけじゃないって今回ので分かったんだから……」
離婚した理由ってなんだろうか。
というかそれに一切気づかなかった私は馬鹿だ。
もっとも、仮に気づいていても私じゃあなにもできなかったと思うが。
「あの人とのこと知ってたの?」
「うん、それなりにね」
お母さん苦しかっただろうな。
私は普通に生活を送っていただけだったな。
当たり前だと思ってた、お父さんとお母さんがいるのが、仲いいのが。
「あのさ、ちょっと距離があるしもう家に行こうか」
「あ、シロさんを……」
「うん、ちゃんと寄って挨拶をしてからね」
ジュースを飲み干してふたりで家に。
車が大きいのはこれが理由だったんだろう。
それか単純にひとりでも十分生活できるレベルなのかも。
「よお」
「うん」
ふたりが会話している間に私は部屋に行って荷物を回収。
「梓月」
「ひゃっ」
会話していたはずなのになぜだか部屋の入口に立っているお父さん。
「悪かったな、ちゃんと言わなくて」
「い、いや……」
「シロのこと、頼んだぞ。薫子と仲良くな」
「な、んで……」
別れ際だというのに満面な笑顔。
まるでこの時を待っていたかのような感じ。
「に゛ゃー」
「し、シロさん」
そうだよね、出ていこうとしているんだから気持ちよく別れようとしているだけなんだよね。
「お父さん、今日までありがとうございました」
「な、なんだよ急に……おう、こっちこそありがとな、楽しかったぜ!」
全部せっせと運んで車に乗り込む。
「薫子」
「うん」
「気をつけろよな」
「……う、ん……」
お母さんは車を発進させた。
だが、30メートルくらい離れたところで車を止める。
「ご、ごめんっ……」
助手席から移動してキャリーバッグを開けた。
「にゃー」
シロさんを抱いてお母さんの嗚咽する姿をなるべく見ないように意識を逸らした。だけどなぜか私も泣けてきて長毛を濡らしてしまう。
それではっとなったのかお母さんはまたこちらに謝ってから車を走らせはじめた。
私の涙は残念ながら家に着いても止まらなかったのだった。




