04
「うーん……どうしよう」
日曜日なのはいいことだ。
シロさんを愛でて過ごすのもいい。
お父さんがいないからリビングでテンション高めに過ごすのもいい。
そう考えていたのに、
「ごめんなさい、待たせてもらうことになってしまって」
「い、いえ……」
知らない女の人が父に用があるとかで訪れてきたのだ。
近くのスーパーに買い物をしに行っているだけなので中で待ってもらっている、そういう形となっている。
「ところであなたは……梓月ちゃんよね?」
「は、はい」
「いつもお父さんがあなたの話をしているのよ。『全然喋らないけど猫が好きでな』って毎回ね」
なにやってるのお父さん……。
「あ、私はお父さんの同僚で――」
そのタイミングでガチャガチャという音が聞こえてくる。父が帰ってきたことを物語っており私は一安心。
「ただいま」
「こんにちは」
「え、お前どうしてここにいるんだ?」
分かる、父はこれでも結婚している。なのに休日相手の家に訪れた理由は?
「あなたがいつも大事そうに扱っている手帳を忘れたからよ。わざわざ届けに来てあげたの」
「お、さんきゅーな。これには梓月の小さい頃の写真が挟んであるからな、肌身離さず持っていたんだが……忘れてたのか」
一安心――できなかった。
「え、ど、どういうこと」
「最近は全く写真を撮らせてくれないからな、小さい頃の写真を残しているというわけだ」
「す、捨てて」
「嫌だよ、お前が家を出て行ってしまった時、これを見て自分を慰めるんだ。娘がいいやつ見つけて良かっただろ? ってな」
そもそもそんな時が訪れるのだろうか。
同性の子とだってまともに会話ができていないというのに。
「梓月ちゃん」
「は、はい」
「この人のことちゃんと見ておいてね」
「え?」
父だから毎日必ず一定時間見ることになるけど。
そういうことが言いたいわけではないのかな?
「おいお前、なに梓月に余計なことを言おうとしているんだ」
「ふふ、ふたりだけの秘密話よ。それじゃあね」
「しょうがねえから途中まで送ってやる」
「そう? それならお願いしようかしら」
ふたりは出ていき今度こそハイテンションになれるチャンス。
でも、あのふたりの親密さに私はドキドキとしてしまいできなかった。
机の下で寝ていたシロさんの横に転んで待っていると父が帰ってくる。
「汚れるぞ」
「お父さん」
「ん?」
正座に移行し立っている父に向き合う。
あくまでこちらを微笑を浮かべて見ているだけだ。
「浮気はだめ」
「そういうのじゃねえよ。俺は母さん大好き人間だからな。ほら、手帳には母さんの学生時代の写真もあるぞ」
私より可愛くて胸もあって素敵な女の子だった。
なのに私はこんなのになってしまった、と。
「いまのお母さんは?」
違う、いま私のちんまいさを嘆いても仕方がない。
「……ま、まあ、母さん大好き人間だから余計な心配しなくていいぞ!」
父は複雑な笑みを浮かべてリビングから出ていった。
あからさまに怪しくて追おうとした私をシロさんが止める。
「にゃー」
「ふふ、大丈夫だね」
来週の土日は帰ってきてくれるって言ってたしその時に告げよう。
シロさんのこともちゃんと言っておかないといけないから、ちょっとだけ怖いけど。
「犀川さんっ」
急に呼びかけられびくりと肩が跳ねた。
ギギギとぎこちなく振り向くと、満面な笑みを浮かべた山下さんが立っていた。
「ご、ごめんね、そこまで驚くなんて思わなくて」
「だ、大丈夫」
こればかりは仕方がない。
仮にここで先に触れられたとしても不意の接触で同様の反応になっただろう。
「窓の外を見ていたみたいだったけど、なにか見えるの?」
「グラウンドを歩く猫さんが見えた」
「えっ、どこどこっ?」
「あそこ」
指を指してみても山下さんには伝わらず。
熊谷さんも当然のように現れて探しているようだったが駄目だった。
「目がいいんだね」
自覚はないけどそうなのかな? 単純に猫さんレーダーの精度が凄いだけだと思うんだけど。
「犀川、あんた授業中にいつもなに考えてんの?」
え? 別に特になにも考えてないって言ったら怒るかな?
「犀川さんは真面目にやっているだけだと思うけど」
「綾には聞いてないわ、私はこいつに聞いてるの」
熊谷さんといる時は必ず「もう」と山下さんは言う。
だけど好きだって本人の前でも言ってたし、呆れつつも離れたくないというところなんだろうと思っているが、どうだろうか。
「犀川」
「あ……特に考えてない」
「だから声が小さいわよっ」
「しっかり聞いておかないとテストで分からなくなるから」
普通に卒業するだけなら出席、真面目な授業態度、提出物を忘れずに出す、これだけでいいんだ。
特に大学に行きたいから日常的に勉強を頑張っている、なんてこともしていない、赤点を取らなければそれでいい。
「私は今日の夕飯はなんだろうとか、ミルキーはどうしているかなとか考えてるよ?」
「私は犀川、あんたに――なんでもないわ」
そういうやめ方をされると気になるんだけど……。
「あのね? 由梨は犀川さんと友達になりたいんだよ」
「は? そんなんじゃないんですけど」
「ほら、変な顔をしているでしょ? にやけそうになるのを我慢しているだけなんだよね」
「違うんですけど」
真顔で即答。
そうだ、私たちはなにかと一緒にいるけど友達ではないんだ。
くっ、どうせ一緒にいるなら友達になってほしい。
どうすればいい? またシロさんに一肌脱いでもらった方がいい?
長毛種だしちょっと減っても――良くないか、そんなことできない。
「由梨はともかくとして、私は犀川さんと友達になりたいって思ってるよ? 犀川さんがいいならいまこの瞬間から友達になろう!」
「待ちなさい綾」
「え?」
私も山下さんと同じようにぽかんと熊谷さんを眺めるだけしかできない。
「ただで友達になる必要はないわよ、なんでもね、対価というのが必要なの。綾が犀川の友達になったら犀川にはメリットがあるわ。だけど犀川は綾になにをもたらせるの?」
はっ、た、確かに……私は山下さんになにもしてあげられない。
シロさんを触らせてあげるってのも他人ありきというか他猫さんありきだしなにも考えてなかったなと後悔する。
この世で本当にただのものなんでないんだ。
結局いつかはなんらかの形で返すことになるのが必至!
「犀川さんが友達になってくれるだけで嬉しいよ私は」
「いや、それではメリットとは言えないわ」
「もう、別にいいじゃん、メリットとかデメリットとかはどうでも。私がそうなりたいと望んでいる時点でデメリットはないよ」
いや、ただ甘える形になってはいけない。
私がしてあげられることってなんだろう、どうすれば山下さんに満足してもらえる?
「由梨」
「……分かったわよ、お互いがそう思っているならなればいいじゃない」
「よしっ、それなら犀川さ――」
「だ、だめっ」
「え……」
「あ、ちが……熊谷さんの言うとおり、だから……」
自分のことだけしか考えてなかったんだ。
いつも当たり前のようにシロさんを頼ろうとするのも悪いところ。
「私が言うのもなんだけど、あんたも面倒くさい生き方しているわね」
「由梨が余計なこと言うからじゃん! いま友達になるのが嫌なんだって悲しくなったんだから!」
「……山下さん、私はあなたになにができる……かな?」
分からないなら本人に聞く。
これが1番手っ取り早くて時間を無駄にしない最効率な手段だ。
……といつも考えるだけで終わるんだけど、今回は勇気を出した。
だって山下さんと友達になりたいんだ、く、熊谷さんとも。
「い、いいんだってそんなの気にしなくても! 友達になってくれるだけで私は嬉しいよ?」
「ふぅ、綾がここまで言っているんだからさっさと認めなさい」
「はぁ、由梨のせいなんだけどねこの流れ」
そっか、本人がこう言ってくれているんだから別にいいのか。
こくりと頷いたらなぜか山下さんがガバっと抱きついてきた。
かなりびっくりして彼女の胸の中で硬直。
「綾」
「ん?」
「そいつ気絶してるわよ」
「えっ、あ、犀川さんっ!」
うぅ、恥ずかしいところを見せてしまった。
「もう友達やめる」なんて言われないよう頑張っていこう。
「はぁ……嫌われてないかなぁ……」
「大丈夫でしょ別に」
つい調子に乗ってしまった。
友達になってくれたからってはしゃぎすぎた。
そのせいでその後の犀川さんはぎこちなくなってしまったんだ。
「って、なんで今日もいるの?」
「だって親いないし」
「で、なんで当たり前のようにご飯を食べてるの」
「だって綾が作ってくれたから」
はぁ……犀川さんの姿勢を見習ってほしい。
「にゃー」
「ふっ、食べたいの?」
「しゃぁぁ!」
「な、なんでよっ、なんで私にだけ……」
ミルキーを撫でながらこれからのことを考える。
いまのままだと犀川さんは遠慮してまだぎこちないままだろう。
どうすれば伝わるのか、別に私も犀川さんも変わらないということが。
「由梨、犀川さんとどうすれば仲良くなれるかな?」
「そうね、気を遣わせていると思われないような言い方が必要ね」
だけど私は気を遣ったことなどはなにもない。
事ある毎に絡む由梨を止めようと思っているだけだし、私は私で心から犀川さんと友達になりたかったのだ。
「ふっ、私に任せなさい」
別に由梨を利用するわけではないけど、ちゃんと由梨を注意したり、一緒にいる時に笑顔でいたら信用してくれるだろうか。
あ、こういうのが気を遣っているってことなのかな……とにかく気をつけて行動――あ、これも……。
「難しい……犀川さんみたいな子はこれまでもいたけどさ」
「いいのよ、私と同じように扱えば」
「由梨と同じように……」
例えば犀川さんがネガティブな感じになったら、「もう、これだから犀川さんは!」とか言ったりするってこと? 駄目でしょそんなの。
「とりあえず犀川さんに意地悪しないでよね」
「そもそもしたことないわよ。ごちそうさま」
「お粗末さまでした!」
私らしく行動しよう。
仲良くなりたい、もっと一緒にいたい。
ただそれだけで十分なのだと信じて。




