02
「ただいま」
家に帰ってすぐにリビングに。
「梓月おかえり」と言ってくれたお父さんの足元には白いもふもふが。
こ、この子はもしやメインクーンと呼ばれる品種なのでは?
「梓月すまん!」
急に謝られて困惑。
「野生の猫を拾ってきたわけじゃないんだ。本当は母さんに内緒で買ってきたんだよな」
お母さんは単身赴任によって家にいない。それを利用して高額の猫さんを買ってきたんだろうけど……いいのだろうか。
「自由な空間だけはあるからなっ、沢山走らせるぞシロを!」
え、白色の体毛だからシロって……。
「ブラシとかもあるから暇がある時は梓月もブラッシングしてやってくれ」
こくりと頷き初対面なのに近づいて来てくれたシロさんを撫でる。
しかもそれだけではなく自ら私の手に頭や体を擦り付けて……天使?
だけどなんだろう、全然鳴かない。
「お父さん」
「ん?」
「この子鳴かない」
「はははっ、まるで梓月みたいだな。いつもそうだったって言ってたぞ、大人しくて優しい女の子だってさ」
それって我慢しているだけなのかな。
「シロさん」
うーん、ごろごろと喉は鳴らしてくれてるんだけど……。
「ちょっと出かけてくるからシロと戯れててくれ」
こくりと頷きシロさんの観察を再開。
基本的にゆっくりとした感じで動く女の子だ。
ソファに座るとすぐ横に来てくれる。
抱っこしても怒らない、それどころか積極的にこっちにアピール。
なので早速ブラッシング。
「い、いいの? こんな大人しくて……」
野生の猫さんみたいに「しゃぁぁ!」から入らないの?
尻尾だってゆらゆら揺らしているわけじゃない、それどころか自分からおなかを見せてくれていてこちらとしてもやりやすい。
「に゛ゃー」
あまりの低さに思わずびくり。
でも、鳴いてくれて安心した。
「っくしゅっ」
「あぁ……」
手に思い切り飛沫が……。
「にゃー」
「あ、ふふ、可愛い」
あくまで普通の、というか高い鳴き声。
こうしてこれからも鳴いてくれればいいなって思う。
「シロさん」
それでもちょっと問題なのは、
「トイレにまで付いてこなくてもいいよ」
どこを行くにしてもシロさんが付いてきてしまうこと。
あの時考えたように猫さんみたいな扱いをされているのかな?
それともひとりで行動させると帰ってこなさそうだから心配とか?
「ただいま!」
「お、お父さん……」
「ん? はははっ、早速シロに付きまとわれてるじゃねえか!」
昔から猫さんに好かれる人間だったけどシロさんは別格かも。
甘えたがり、まるで私がそこにいるようだった。
「あの」
翌朝。
私は勇気を出してあのふたりのところに向かった。
が、ふたりはお話しに夢中で全然気づいてくれない。
どうすればいいんだろうと悩んでいたらあの子が気づいて「あんたいたの? いるなら声をかけなさい」と言ってきた。声かけたけど。
「あの、そっちの……子に用がある」
「私? 犀川さんどうしたの?」
「これ」
「えっ、すっごく可愛いっ!」
私の手ごと携帯を握りしめて「毛が長いね!」と奇麗な顔を近づけてきて、その近さに私はたじろいだ。
「もふもふ……名前は?」
「し、シロ」
「いいねっ、シロちゃん!」
やっぱり猫さんが好きな人はいい人ばかりだ。
だが、横の子――――熊谷由梨さんは机をバンッと叩いて私に指を突きつける。
「猫なんてどこにでもいるじゃない。それに可愛いとか格好いいとか個性がなくて分からなくない?」
私が話しかけた子――――山下綾さんは先程までのキラキラした笑みを引っ込めて頬を膨らませて熊谷さんを見ていた。
「由梨が嫌いなのは分かったけどさ、それをわざわざ好きな人の前で言う必要あるの? せっかくいい子で好きなんだから、自分で自分の価値を下げるのやめてよ」
「ふん、嫌いなのを嫌いだと言ってなにが悪いの?」
「由梨なんか嫌いっ」
「猫にばかりかまけている綾が嫌いよ!」
ちょっ……私がシロさんのことを自慢しようとしたせいで喧嘩に……。
「あの、その……」
「なによ!」
「け、喧嘩……しないで」
シロさんなら彼女が相手でも近寄ってあげることだろう。
あの子は私よりも大人、ちょっと我慢しているんじゃないかって不安になるけど常に物理的に寄り添ってくれるそんな女の子。
「声が小さいのよっ、はぁ……もう白けたわ」
「えと、シロだけに?」
「はぁ!?」
「ひぅ……」
しまった、ついつい上手いことを言ってしまった。
「私決めた!」
「は? なにを決めたのよ?」
「今度犀川さんの家に見に行く!」
そ、そんな!? あ、だけど同士ではあるしシロさんを挟んでいれば会話が弾むかも。
「そ、それなら今日……」
「ちょっとあんた!」
熊谷さんは声が大きい。
いつもビクビク反応することしかできない。
「私も連れて行きなさい! その子を見てあげる!」
「ら、乱暴……しない?」
「するわけないでしょうが! というか声がちっさいわね!」
いいもん、シロさんに似ていて謙虚なだけだし。
それから放課後までは実に忙しない時間を過ごす羽目になった。
ただ単純に仲の良くないお客さんを自宅に招かなければならないという普段なら無理難題な課題があったからだ。
だけど今回は違う。シロさんの魅力を山下さんに伝えたい。ついでに熊谷さんには猫さんは魅力的なんだって分かってもらいたい。
「い、行こう」
「うんっ、案内よろしくね!」
「頼んだわよ犀川!」
最初は意気揚々とふたりを引き連れ歩いていた私だったんだけど、
「シロちゃん早く見たい!」
「ふんっ、猫なんて大して変わらないわよ」
「もうっ、由梨のばかっ」
「う、うるさいわよっ」
家が近づくにつれて本当に家に連れて行っていいのかと悩み始めた。
いや、シロさんの魅力を否定するわけではない。
あの初対面の人間さえ落とす魅力は絶対だ。
だが、私がしょうもないミスをやらかせば2度と来てくれない可能性が……。
「ここ?」
「ふぅん、結構大きいじゃない」
……着いてしまったものは仕方がない。
鍵を開けて中に入ってもらう。
そして私が入ったタイミングでとてとてとシロさんが奥から現れた。
「え、えっ、あの子がシロちゃんだよね!?」
奥が暗いということもあるだろうがなんかシロさんっぽくない。
「って、ホコリまみれじゃん!」
確かメインクーンの女の子は活発だって書いてあったし、あれだけ追随できる能力者だ、この結果はなにもおかしくはないけど……シロさんの汚れた姿なんて見たくなかった。
「犀川さんコームある?」
「う、うん、こっち」
私が移動すればシロさんも来てくれ――なかった。メインクーンの子は人懐っこいと言うし誰にでもおなかを見せるらしい。ちょっと悲しい。
「山下さん」
「ありがとっ。シロちゃん」
あぁ……ごろごろ喉を鳴らしている。誰でも良かったんだね……。
「ふ、ふーん、大人しくて可愛いじゃない。さ、触っていい?」
「うん」
彼女は実におっかなびっくりといった感じだったけどシロちゃんの頭に触れて表情を緩めていた。分かる、触ると気持ちいいから。
それにしても山下さん上手だな。シロさんは普通に大人しいけど、それだけじゃない気がする。いまだって完全に彼女を信用して体を任せているし。
「か、可愛い……」
「でしょ? うーん、だけどシロちゃん凄いな。私にも全然警戒しないで任せてくれてるし……ちょっと感動してるよ、ミルキーには悪いけど」
「あ、ミルキーっていうのは私を噛んでくれた生意気な猫よ」
なぜか熊谷さんが写真を見せてくれたのだが、熊谷さんにどことなく似ているような気がする。最初は警戒するけど、仲良くなったらとことん甘えて自分からおなかを見せちゃうような感じ。
「もう、ミルキーを馬鹿にしないでっ」
「ごめんごめん」
「に゛ゃー」
「「声が低い!?」」
「にゃー」
「「声が高い!?」」
ちょっと面白い。シロさんも少し面白がっているような気がする。
嬉しかったのは床に座った私のところに彼女が来てくれたことだ。
「あはは、やっぱりシロちゃんは犀川さんが1番好きみたいだね」
「ふん、そりゃ飼い主を好むに決まっているじゃない。で、でも、し、シロー……」
熊谷さんの方に行って足に体を擦り付けるシロさん。
「か、可愛い……じゃない」
「でしょ?」
「ま、まあね」
なんてことはない、彼女の癒やし力で同級生を家へと招くというイベントは無事に終わったのだった。




