15
「ふぅ……夜風が気持ちいいなぁ」
シロさんを撫でながらただ目の前の闇をぼうっと眺める。
時々持ってきた缶ジュースを飲んだり、ひとり呟いてみたりしてひとりの時間を満喫していた。
「梓月ちゃん」
「あ。綾、どうしたの?」
「隣、いい?」
「うん、あ、シロさん撫でる?」
「うん」
こうしてゆったりと話すのは久しぶりな気がする。
「星、奇麗だね」
「そう? あんまり瞬いていないような気が……」
「ううん、ほら、あそこ見て? ひとつだけ大きく輝いているでしょ? あれが奇麗に見えてさ」
「あ、確かにそうだね」
誰かが頑張っているように見えた。
綾、由梨、夕ちゃん、お父さんお母さん、綾のご両親、由梨のご両親、挙げたら切がないが素晴らしいのは確かで。
「あれ、梓月ちゃんみたい」
私はなにを言われてるんだろう。暗に孤独だと突きつけられているということ?
「ごめん、嫌いなんて言って、お前なんて言って、梓月ちゃんの優しさ頼りに行動しちゃって」
「別にいいよ」
「……叩いて、私のこと」
「そんなのできないよ」
「だって私は梓月ちゃんを傷つけた! 精神的には辛いけど、物理的なら我慢できる! だから早く――」
私は彼女の手を取ってきゅっと握った。
温かくて柔らかい、彼女の特別な人はこれをいつでも味わえていいだろう。
「私が由梨と仲良くなりたいって言ったのは綾が由梨のことを好きだと思ったからだよ。由梨と仲良くなることできっかけを作ってあげたかった。だけどいまは単純に由梨や綾と仲良くしたいって思ってるよ」
彼女の手を離してシロさんの上に戻す。
きっと柔らかいもふもふに触れられて彼女も幸せなはずだ。
「友達に戻ってくれればそれでいい」
「だけど私は悪口を……」
「大丈夫、いまから変えてくれればいいんだよ」
シロさんの頭を撫でて空を見上げた。
あの星だけでなく単純に夜空が美しく感じるのは気持ちが晴れたからだろうか。
「も、戻るねっ」
「うん、おやすみ」
あ、シロさんは置いていってくれたら良かったんだけど。
なんとなく戻る気になれなくて引き続きジュースを飲んだり空を見上げたりしていた。
「梓月っ」
「あ、どうしたの?」
「ちょっとここに座ってもいいっ?」
「うん」
「あー姉とゆー姉が『勉強しろ! シロちゃんだけにな!』ってうるさくて!」
「あははっ」
彼女は「笑い事じゃないよー」と不服そうだが言いそうなのだから仕方がない。
「そういえばあー姉が泣いてたけどそんなに酷いことを言ったの?」
「えっ? い、言ってない……」
「だろうねっ、ただ聞いてみただけー」
た、質が悪い冗談だ……いま一瞬謝りに行かなきゃと動きだそうとしていたよ。
「でも、梓月が元気になって嬉しいな」
「ありがと、夕ちゃんも明るくて好きだよ」
「え、それじゃあ両想い?」
「あはは、夕ちゃんのそれは違うじゃん」
「まあそうなんだけどさー」
楽しい、こういう子が側にいてくれるとこちらも勝手に気分が上がるもんだ。
こういう力が自分にもあればいいんだけど……綾の反応をみるに微妙な感情を与えることしかできないだろうしなぁ。
「ふぅ、梓月の側にいると落ち着くよ」
「そうなの? それならもっと落ち着いてから勉強頑張って」
「うーん、だけどそろそろ戻るよ。せっかくあー姉が教えてくれるって話だからさ」
「うん、それじゃあ頑張ってね」
またひとりになって静けさに包まれる。
私もそろそろ帰ろうかな、そうやって立ち上がった時だった。
「あ、ちょっとそこのコンビニまで行かない?」
「まだ食べたりないの?」
綾はたくさんの食材を持参して美味しい夜ご飯を作ってくれた。
いつの間にかデザートまで用意されており、こっちは贅沢をしている気分になったくらいなのに。
「どうせ暇でしょ?」
「まあいいよ、行こっか」
夜道をゆっくりと歩いていく。
家から100メートルくらい離れたところで由梨が急に手を握ってきた。
「怖いの?」
「……あんまり夜は得意じゃない」
だったらなんでいちいちひとりでコンビニになんてとは思いつつ、優しく握り返す。
「夕のことありがとね」
「ううん、私が余計なことをしちゃったの。だから奢らせてもらっただけだから」
「あの子今日暗い顔をしていたから気になってて……だけど梓月と別れたあの後は明るくて好きな夕に戻ってたから、さ」
「いや、私が夕ちゃんに癒やされただけだから」
素敵な姉妹だと思った。
私が悪いのに「梓月は悪くないよ」って言ってくれた。
私もそういう人になりたいけど、多分できないと思う。
「……さっき綾となにを話してたの?」
「友達に戻ってほしいって言っただけだよ」
「……それにしては綾……」
「あ、コンビニだよ」
残念ながら私はお金を持っていないので物色しかできないけど――って、なんでコンビニがあるのにわざわざ小道に行くの?
「……コンビニに用とかないから」
「え、じゃあなん――」
「梓月とふたりきりになりたかった」
あぁ、だけど由梨の温もりに触れてると落ち着く。
いきなり抱きしめられた時は言葉を失ったけれども。
「だから正直綾を連れきたのは予想外だった。夕だって本当は家に残ってほしかった。ご飯を作ってくれるからとかはいまどうでもいい、私はただ梓月ともっと仲良くいたいって……」
「ふふ」
「……やっぱり……駄目なの?」
「いや、初期の頃の私ならこんな展開有りえないって切り捨てるだろうなって思ってさ」
彼女の背中を優しく撫でて一旦解放してもらう。
電灯に照らされた彼女の顔は真っ赤で、そして不安そうだった。
「それって特別な意味でってこと?」
「……そうかも、ね」
「いつの間に気になる存在から変わってたの?」
「……むかつくっ」
「あっ……いや、こんなの初めてで分からないんだよ……」
綾ともっと仲良くなりたいと考えていたあの時の私はどう思っていたんだろう。
ただただ気になっていたのは確か、もっと仲良くなりたいと思っていたのも確か。
だけどやっぱりそういう意味合いではなかったような気がする。傍から見たらそのように捉えられてもおかしくはないんのかもしれないけど。
「私でいいの?」
「……あんただからいいのよ、私だってこんなの初めてなんだから……」
「じゃあ初めて同士、付き合ってみる?」
「はぁ……なんかあんた調子乗ってない?」
「乗ってない乗ってないっ!」
こういう形も有りなんじゃないだろうか。
私は彼女の手を握って笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
「なにそれっ、ま、こっちこそよ、よろしくね」
あ、だけど夕ちゃんが怒るかも……。
か、帰ったら土下座しようと決めたのだった。
「綾にも言わないと……」
「それは私が言うよ、私が言わなければならないことだから」
「いや、私も言うわ」
「それなら一緒に」
「うん、任せなさい」
どんな結果が待っていても大丈夫。
由梨がいるし、勝手な話だけど綾や夕ちゃんもいるのだから。
――結局コンビニには寄らず、手を繋ぎながらゆっくりと帰ったのだった。
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