14
「あれ、梓月?」
「夕ちゃん、一緒に帰ろ?」
本を片付けて彼女に近づく。
中学校の校門で待つと不審者っぽいのでちょっと進んだところで待っていたのだが本当に彼女が気づいてくれて良かったと心から思った。
「う、うん、それはいいけど……」
「ありがと。行こ」
なんだか気持ちが急いてる。
だからか彼女の細い腕を掴んで歩いていた。
「手が震えてるけど大丈夫?」
「ごめんね夕ちゃん」
「え、なに? 怖いんだけど……」
「あのね、綾さんが由梨さんに告白したよ」
「ぷっ、あはははっ、なんだそんなことっ?」
そんなことって……好きなんじゃなかったのかな。
「神妙な感じを出しているから怖いことかと思ったよっ。ふぅ……大丈夫だよ、だって本人から聞いたもん。余計なことだけどあー姉からだって」
「じゃあ余計なことしちゃったかな……ごめん」
「別にいいってっ、それより梓月は優しいんだね」
首を左右に振って否定。
私が優しいわけない、自分勝手、自己欺瞞、偽善――挙げればキリはないが優しくないのは確かだ。
「梓月、なんか変わったね。前より暗くなっちゃってる……遠慮しなくなったのはいいことだと思うけどさ」
「私はふたりと友達でいたかった。だけど友達じゃなくなったし、なにより綾さんには嫌われてたんだ。友達だと思っていたのは私だけだったみたい」
由梨さんはどうなんだろう。いちいち私にも説明してくれたのは一応友達だからってことなのかな。
「それって被害妄想?」
「ううん、直接嫌いだって言われたし今日だって……」
「そっか……私と梓月だけ置いてけぼりか」
いや、由梨的にはまだ分からない。
案外夕ちゃんが1番だった! なんてことになる可能性も――難しいか。
「梓月、ちょっとファミレスにでも行かない? ちょっと勉強って気分にならないから晴らしたくて」
「余計なこと言ったよね、ほんとにごめん」
「ううん。だって今日の朝、ゆー姉とあー姉から言われたからさ。授業も全然集中できなかったし……友達の会話にも上手く入っていけなくて怒られたけど、別にあー姉のせいだ、なんて言うつもりもないよ。梓月のせいなんかでもない、だから気にしないで」
いまはそう言ってくれるだけでありがたかった。
それでも申し訳ないことをしたのは確かなので奢らせてもらうことにする。
「ハンバーグ食べたいっ」
「いいよ、お金は持ってるし」
「でも……梓月のお金で食べるのは申し訳ないなぁ」
「いや、お姉さんとしてやらせてよ。それで受験勉強を頑張って本命に受かってくれれば嬉しいから」
「梓月……じゃあこの巨大ハンバーグで」
1300円か、私と夕ちゃんのドリンクバー代金をあわせても2000円以内だし余裕だ。たまにはお姉さんっぽいことをしてあげたい。
だから今日は私が注文をしたし、彼女のジュースを注いであげたりもした。美味しそうに食べている彼女を微笑ましく眺めてジュースをたくさん飲んだ。
「うぷっ……ちょ、ちょっと多かったかも」
「いいじゃん、それを糧に頑張れば」
「……うん、がんばりゅ……」
危ないので彼女を送る。
それで熊谷家の近くまで来た時、
「あ、夕」
なぜかそこに由梨が立っていた。
私はそそくさとフェードアウトすることを選択。
「あれ、ゆー姉なんで外にいるの?」
「あんたを待っていたのよ――って、待ちなさいそこの女子」
びくりと体を固まらせる。
受験生の少女をこんな時間になるまで連れ歩くな! ということだろうか。
「あんたねえ、夕を連れて行くなら連絡しなさいよ」
「す、すみませんでした、これで失礼しま――」
「はい夕、家の中に行くわよー」
「はーい」
なんでだぁ!? どうして私まで連れて行こうとするの? だって友達じゃないのに!
「ほら、お茶あげるわ」
「……あの、帰ってもいいですか?」
「だーめ」
「あぅ……い、いただきます」
冷たいお茶はいまの私にとってありがたい。
今日はなんだか無性に喉が乾くから。
「ゆー姉、私はお勉強をしてくるね!」
「あんたご飯は?」
「梓月が奢ってくれたー!」
「ま、頑張りなさいよー」
夕ちゃん頑張って! 巨大ハンバーグの力を全部変えて効率的にね!
「あんたよく言い返さなかったわね」
「へ?」
「今朝のことよ」
あぁ……それを気にしてくれてたのかな。彼女が悪いことをしたって彼女として謝ってくれているということなのかな。
「えと、なんのこと?」
「は? え……と、綾があんたにほら……」
「なにも言われてないよ? だから謝られても困るかな」
どうせみんな演技だ。先程の私もお姉さんであろうとした。別に口先だけの謝罪なんていらない。ただの自己満足少女になってほしくないんだ。
「もう帰るね、元々夕ちゃんを送ったら帰ろうと思ってたし」
「待ってよ」
「うん?」
振り返ったらなぜか由梨が泣きそうな顔をしていた。
「も、もう少しいて……」
「え、なにかあったの? あ、私のせいで喧嘩になっちゃったとか?」
彼女は私の袖を掴んだまま首を左右にふる。
そのまま座ろうとしたので、私も必然的に座ることになった。
「私はあんたの友達だからっ」
「うん、ありがと」
これは私が言う立場ではないだろうか。
「友達になってっ」って彼女の袖を掴みつつ言うのが流れでは?
なのにいまの彼女はよく分からないけど不安定で。
訳が分からないけど本人が言うならって私は受け入れた。
そもそも私は友達をやめるなんてことは口にしていない。
綾が言ったから、由梨もそれの続いたから、だからただ同意しただけで。
何度も言うがふたりと仲良くし続けるのが前提だった。
私だってふたりと喧嘩なんかしたくなかったし、嫌いとか言われるのは悲しいしどうしようもなくなってしまう。
「あんただけは……近くにいてほしい」
「え、やっぱりなにかあったの?」
「……気づいたら綾っぽくなくなってて……誰なの、あんなの綾じゃないっ」
「落ち着いて、私は近くにいるから」
「ぅん……」
まあ確かに綾さんっぽくない。
由梨に絡まれて困っていたところをいつも優しく助けてくれたのに。
「それってさ、私が距離を置けば解決――」
「だから駄目だって! あ……梓月には変わらずそのままでいてほしいのよ」
とは言ってもなぁ、恐らく原因は私だろうし。
彼女がこうして私を求めると今度は由梨が被害に遭うかもしれないし。
「分かった、ちょっと外で話してくるね。幸い、綾さんのIDだって知ってるし」
「……大丈夫なの?」
「別に命がかかっているわけでもないし大丈夫だよ」
「……どちらにしてもまた家に来て。それで今日は泊まってほしい」
「今日はどうしちゃったの? まるで私みたいじゃん」
「……いいから、いいでしょ?」
「まあ、別にいいけど。それなら綾さんと話した後に服とか下着とかを持ってくるね」
震える右手を左手で掴んで止める。
いちいち呼ぶのもあれなので直接彼女の家に行くことにした。
インターホンを鳴らす。
「あれ、まさか家に来るなんて思ってなかったけど?」
「うん、私もそのつもりはなかったんだけどさ、ちょっといいかな?」
「別にいいよ、両親はいないから暇だしね」
意味はないが犀川家、熊谷家、山下家の中心辺りで話すことにした。
「綾さん、綾さんの望みってなに?」
「私の望み? どうして急に?」
「由梨さんが怯えてたから」
ただ由梨が好きで付き合いたいだけならいまのままでいいはず。
なんで一気に豹変した? 仮に私が嫌いなら私にだけ当たっておけばいいのに。
「怯えてたって……酷いなぁ、私はただ梓月ちゃんと関わらないでって言っただけなのに」
「えっとさ、それを私限定にすることはできないかな? 純粋に由梨を好きになったというだけにできないかなって」
別にそこを邪魔しようなんてしない。
由梨が笑っているのなら真っ直ぐ「おめでとう」って私は言える。
大切な友達ふたりが楽しそうならそれで十分だ。
「――じゃあ言うけどさ、由梨と関わらないでって言ったらそうしてくれるの?」
「もう由梨に悪さしないなら」
「ほんとに守れる? そんなこと言ってこの後も約束しているんじゃないの?」
「どんな結果になったとしても家に来て泊まってって言われてる」
「私の家に来る前に由梨のところにいたんでしょ?」
「うん、ごめん、先に言えば良かったね。そりゃ信用できないよね、そうでなくても嫌いなのに、考えなしだったよ」
無意識が隠そうとしたのかな。
自分が責められてもいいなんて考えていられるのは結局本人を目の前にしていない時だけか。
「綾、ちゃんと守ってね、私も頑張るから」
「……なんで梓月ちゃんってそうなの」
「え?」
「本当は友達といたいのにひとりで平気なフリしてさ、その割には誰かのために自分の気持ちを抑え込んで動けるし、可愛いしさぁ!」
え、どういう流れなの……。
「しかも私が自由に酷いこと言ってるのに……なんで怒らないの!」
えぇ、それでこちらが怒られるとは思わなかったから困惑。
「もういいっ、梓月ちゃんも泊まるんだよねっ? それなら私も行くから!」
「いいよ、いまの綾がいてくれるなら由梨も安心するだろうし。私は邪魔だから」
なんで自分が関わらないでって言った後に誘うんだろう。
今朝みたいに「お前はひとりでいろよ」って言えばいいのに。
多少は傷つくけど、この綾だったら信用できるし。
「あーもうそういうところだから……いいから早く行くよ」
「あ、それなら下着を持って来ようかと思ってて」
「よしっ、それなら梓月ちゃんの家に泊まろう! 安心してっ、由梨も連れてくるからさ!」
あ、夕ちゃんに気を遣ったということだろう。
受験勉強をしている時に騒がしくしていたら私も申し訳ないしいいかも。
「それなら先に行ってるね」
「え、駄目、一緒に行こうよ」
「だって綾は私を嫌ってる……」
「……ごめん、とにかく行こ?」
「まあ……うん、分かった」
由梨は不安感を抱いたまま待っているだろうし早く行ってあげないと。
これは由梨のためだと考えれば多少は割り切ることができた。
「あれ、なんで綾も……」
「由梨、一緒に梓月ちゃんのお家に泊まりに行こっ? 大丈夫、ご飯なら作ってあげるから!」
「い、いや……梓月は……大丈夫なの?」
「うん、由梨も一緒に行こ?」
「う、うん、梓月がいるなら……』
ちょっと前までなら考えれないことだ。
全てを言われたわけじゃないけど、私がいれば大丈夫的なことを言ってくれたのは嬉しい。
「あれ、ゆー姉どこかに行くの?」
あれ、なんでかアイスを食べている夕ちゃん。
勉強をしていたんじゃなかったの、そう思うと同時によくそんな食べられるなって驚いていた。
「ちょっと梓月の家に泊まってくるわ」
「えっ、ずるいずるい! 私も泊まるっ」
「――だそうよ、大丈夫?」
「うん、夕ちゃんも行こ?」
姉妹の腕を掴んで誘う。
夕ちゃんだって少しの息抜きくらいしたいだろう。
由梨の妹だ、本当は普段から真面目にやっているに決まっているのだから。
「行くっ、梓月大好き!」
「く、苦しい……」
「「むぅ」」
良かった、ちょっと前までに戻れたような気がする。
それに家ならあんまり気を遣わなくて済むから気が楽だから。
私は前を歩く3人を眺めながら、あくまで楽しく家に帰ったのだった。