13
「お邪魔します」
「なにもないけどゆっくりして」
「うん、ありがと」
彼女の部屋に入るのは初めてだ。そして隣からは夕ちゃんの声が時々聞こえる。受験生だって言っていたし頑張っているんだろうと思ったら笑みが零れた。
「はい」
「ありがと」
由梨はベッドに腰掛ける。私は床に座っているため、少しだけ見上げる形に。
「で、なにをしに来たの?」
「由梨と話したかった」
「だからなにを?」
「気になってるって言ってくれたこと」
結局そのことについては触れられていない。
外に引っ張り出して言った言葉は「もっと仲良くなりたい」という違うことだ。あとは「そういうつもりでいるわけじゃないよ」という言葉。あれは彼女を気遣うために言ったわけじゃない。だけど言葉選びを失敗してしまったのは確かなことだ。
「ああそれ……もういいわ、忘れてなさい」
「やだ」
「あのねえ、そんなこと言ったってあんたは綾のことが――」
「仲良くしたかっただけでそういうのはないよ」
それが仮に冗談であったとしても友達をやめるなんて言われれば誰だって察する。やっぱり嫌われていたんだということを。
「あんたはそうかもしれないけど綾はそうなの、あんなの嘘に決まっているじゃない。それにあんたも泣きそうな顔をしていたわ」
「だって友達でいられなくなるって思ったら悲しくなったから……」
おまけに由梨もやめるとか言いだすし……。
ふたりといられるのが大切なんだから前提が覆されたら困る。
「だからやめてね、友達をやめるとかって言うの」
「あんたほんとによく喋るようになったわねぇ」
「うん、ふたりともっとお話ししたいから」
「お話し、ねえ。あんたが興味あるのは綾でしょ?」
どうすればそうじゃないって分かってもらえるかな? 言葉で言っても届かない、物理的接触をするというのも余計に悪化させるだけだろうから……。
「どうしたら信じてくれる?」
こうして本人に聞くしかない。分からないことを悩んでいるのがもったいない。
「そうねえ、あんたが実際に綾と仲良くしたら、かしらね」
「そりゃ仲良くしたいけど、私たちみたいに記憶が残ったままだって考えたら……怖い」
「大丈夫でしょ、仮にそうでも落ち着いただろうし。よし、いまから呼ぶわ」
「え、ちょ、まっ――」
もう、由梨はいつもこうなんだから。
数十分後、彼女は熊谷家に現れた。
「あれ、犀川さん?」
「う、うん、こんにちは」
「こんにちはっ――って、あははっ、なんかおかしいよね、さっきまで普通に一緒にいたのにね。ハンバーグを食べた後だからちょっと運動になって良かったよ。由梨が私を呼んだけど、犀川さんが私に用事があるんでしょ?」
これはどうなんだろう、記憶が残ったままなのだろうか?
ちらりと由梨を確認してみても――って、いつの間にか由梨がいない!?
「犀川さん」
「うん」
「ふふ、いや……梓月ちゃんって呼んだ方がいいのかな? まさかこんなことが起こるなんてね……戻るってなに? ここって現実っ? って、由梨を5日の日に起こしながら思ってたよ」
あぁ、まあだよね、綾だけ忘れているなんてことは有りえない。
というか私たち3人、現実逃避をしているだけなんじゃないだろうか。
いまもまだあの布団の中にこもっていて、ぐーすか寝ているんじゃって疑問が。
「なんかださいよね、あんなこと言ったのは私なのに……あの日帰ってわんわん泣いて、なくなってほしいって思って、だけど消えなくて、それでも疲れて寝て起きたら気づいたら4月5日になってた……なんだろうね」
なんだろうねと思っているのは私も同じ。
「えっとさ、ふたりきりの時、由梨とどんな会話をしたの?」
「それは――」
「あ、先に言っておくけどさ、私はそういう意味で梓月ちゃんと関わっていたわけじゃないからね? これは神様に誓ってもいいし、ドキドキしていないか胸に触れてもいいよ?」
そう何度も言われなくても分かっているつもりだ。だけど一応心臓の鼓動の早さを確認するため手で触れてみたらあくまで普通だった。本人は微笑を浮かべ、「ちょっと恥ずかしいけど」なんて呑気に言っている。
「ふぅ、どうしたら由梨に綾をそういう意味で好きじゃないと信じてもらえるのかって話をしてたの。それで由梨が出した条件は綾と仲良くすることだった――でも、由梨に信用してほしいからって綾と仲良くなりたいわけじゃないよ。私はふたりと仲良くなりたいだけ」
「よく喋るようになったね梓月ちゃん」
「うん、だってふたりと仲良くしたいから」
由梨に変な遠慮をしているというわけではないはずだし急激な変化、というわけでもないんだろう。それっぽく見えてたのはそういう演技といったところだろうか。
「由梨のことが好きってこと?」
「分かんない。友達としては好きだけど」
「それじゃあ私は?」
「友達としては好きだよ」
その友達ですらなくなったわけだけど。
いまの私たちは本当に宙ぶらりんな存在だ。
戻ったのもおかしい。さっきも言ったがただの現実逃避、夢オチという可能性も否定できない。
「私は友達としても梓月ちゃんが嫌い。だから友達をやめようか、ではなくやめるって断言したの」
「由梨が好きってこと?」
「うん、そうかもね」
となると、私がここにいるのは邪魔ってことだよね?
お父さんとも話ができるし、したいし、そろそろ帰りたかった。
別に今日ここに拘らなくても由梨と会話くらいいつでもできる。
「由梨」
「……なに?」
廊下に出ると由梨がコソコソしていたので最後に手を握ってから熊谷家をあとにしたのだった。
目が覚めた。
私たちが友達ではなくなった翌日。
1階に向かうとシロさんが迎えてくれた。
「これで良かったんだよね?」
綾が好きなのはやっぱり由梨だった、と。
友達ではなくなってしまったことからなにができるというわけじゃないけど、見守ることくらいはできる。
「行ってきます」
「に゛ゃ」
外に出ると少しだけもわっとした気温が私を包んだ。
もう5月も中盤、テストがあることを除けば中々悪くない季節だ。
学校に着いたら当然ながら私以外にも校舎へと歩いていく人たちが見えた。
「おはよー」
「おはよ。今日まで部活だよね?」
「そうそうっ、だから楽しまないと!」
なんて他者の会話をBGMにしながら階段を上り3階へ。
私たちの組は1組だ、だから特に歩くことなく教室に入ることができる。
「っと、ごめ――」
私とその子は思わず固まった。
どこかに行こうとしていたのだろうか。
「ごめんなさい、大して見ることもなく入ろうとして」
「……こっちこそごめん」
特に用があるというわけではないので教室に入らせてもらう。
中央になってしまった自分の席に座ってかばんから教科書などを取り出した。
「犀川」
「なに?」
首だけで廊下に出ろと指示されたので大人しく出る。
彼女は歩きだし、私も普通に追っていく。
教室にあの子はまだいなかったのにこの慎重さはなんだろう。
「綾に好きだって言われた」
え、あれ、友達をやめるって言ったのは私にだけだったんだ。
それとも一旦リセットして由梨にだけ友達になろうと言ったのかな。
「おめでと」
「あんたは――」
「私は関係ないから。だってふたりと友達じゃないし」
その大前提が覆されてしまった。
だったらその後のふたりの結果なんて正直どうでもいい。
「誤解されるし教室に戻ろうよ」
歩こうとした私の腕を掴んで由梨が止めてくる。
「あんたはそれでいいの? ひとりぼっちで大丈夫なの?」
「私はひとりで過ごしてきたから」
まあ由梨も綾も来てくれていたからこそ、寂しさに押しつぶされなかったんだろうけども。
「そう……」
「うん。わざわざ教えてくれてありがとね」
距離感だけで見たら付き合っているのかいないのか分かりづらい子たちだから助かった。
「友達っ」
「に戻れたんでしょ?」
「じゃなくて……私は梓月の友達でいたいっ」
「えーと、それならどうしてあの時やめるって言ったの?」
「だって私が原因じゃない。それに私はふたりが想い合っていると思ってたから邪魔したくないって行動しただけよ。そうしたらみんなでやめるかなんて綾が馬鹿なことを言って、あんたも馬鹿みたいに納得しちゃうしさ……」
私と綾が想い合っていたことなんてないでしょ。
私ははっきり言われた、友達としても嫌いなんだって。
その証拠にとことん合わなかったからなぁ、私たちは。
「由梨おはよ」
「綾……おはよ」
こちらの袖を掴んでいた由梨の手を無理やり握って「行こ?」と彼女は言う。
おかしいな、この現実世界では嫌いだってまだ言われてないはずなんだけどな。
「……お前はひとりでいろよ」
「ん? 綾なんか言った?」
私にははっきり聞こえた。
可愛い見た目のくせして、限りなく低い声音と冷たい顔だった。
「ううん、教室に戻ろ!」
「ひ、引っ張らなくても行くわよっ」
同性でも惚れ惚れするくらい可愛い笑顔だ。
モチベーションを下げるようで悪いけど夕ちゃんと話をしよう。
由梨大好き少女ではあるから残念がるかな?