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 4月6日。

 どう考えても私たちが2学年に進級した日。

 教室に行くと当然梓月の姿も確認することはできたが、ひとりでいる時のあいつは通常状態、優等生のように感じるくらいの雰囲気を放っている。だけど話しかけた場合は、


「ねえ」

「く、熊谷さん……ど、どうしたの?」


 ほらこんな感じ。私は1年生の時から梓月に絡んできたため初対面ということはないが基本的に同じようなものだ。


「いままでごめん」

「えっ?」

「変な絡み方してごめん。テストの点数で負けていたのが悔しかったの。でも、だからってうざくしつこく絡んでいいわけじゃないわよね」


 自分でも驚くくらいすんなりと謝ることができた。同じルートを辿らないためには関わらないのが1番だけどいまはここが私の現実、謝らないのは気持ちが悪い。


「あ、えと……」

「ゆっくりでいいわよ」

「……迷惑とは思ってなかった。なんで怒ってるんだろうって不思議には思ってたけど……それにいつも来てくれてありがたいって思ってたし」


 そういえばこのことについて怒られたことがなかったか。Mなのか、それとも私が厚意で関わっていると思っているのか、どちらにしても憎めない女の子だ。


「珍しいね、犀川さんに対して大人しいの」

「高校2年生になったからね、私もそろそろ大人にならなければって一心したのよ。あれは完全に私が悪かった、だから謝ったにすぎないわ」


 HRの時間が近づいてきたため自分の席に座る。昨日までの世界では席替えをしているのでなんとも懐かしさを感じる場所だ。

 HRというか先生のちょっとした挨拶があっただけですぐに始業式、終わったら今度こそHRという流れで今日は終わった。


「由梨、ファミレスに行こうよ」

「あ、犀川も誘っていい?」

「別にいいよっ、犀川さんとも仲良くなりたかったし」


 その件の人物はなぜかもう教室にはいなかった。

 校舎を出て探してみると、やはりというか校舎裏にいた。


「にゃー」

「よしよし」

「ねえ」

「ひゃっ!? あ、熊谷さん……」


 そういえばシロもいないのよね? おまけにまだ父親の家にいると。

 分かっているのは楽だけど、分かっているからこそもどかしさがあるというか……。


「犀川もファミレスに行こうよ」

「え? ファミレス?」

「うん、これから綾と行くつもりなんだ。それで犀川もどうかなって」

「そ、それじゃあ」

「うん、行こ」


 綾には校門で待ってもらっているので梓月に手を引いて連れて行く。

 今度は失敗しない、必ず綾にだけ意識を向けるようコントロールしてみせるわ。




「ふぅ、お腹いっぱーい……」

「そりゃそうよ、こんな時間にハンバーグなんて食べたらね」


 梓月とはもう別れておりふたりで帰路に就いていた。

 態度を改めた結果なのか梓月がどもりすぎるということもなく、楽しそうに綾と会話しているのを見られて良かったと思う。ただまあ、やっぱり梓月は梓月って感じだけども。


「犀川さんとあんな話せたの初めて」

「悪かったわ、恐らく私のせいよね」

「別にそんなことはないでしょ、単純に知らないから不安だったんじゃない?」

「そうかもね」


 こっちは知ってるんだ。本当はたくさん喋れることも、笑った顔が可愛いことも、手が柔らかいことも、誰かのために自分の感情を犠牲にして動けることも。


「綾、犀川に興味ってある?」

「え? うん、お友達になりたいって思ってるよ?」

「だったらもっと踏み込んでみなよ、犀川なら大丈夫だから」

「なんでそんなこと分かるの?」


 最後があれとはいえ見てきたからだ。魅力的な梓月の姿を、綾と仲良くしたい、けれど踏み込んでいいのか分からない不安と戦っていた梓月を。それは綾も同じこと。


「だって私があれだけ絡んでも怒ってこなかった子よ? 綾はいつも助ける側にいたんだからすぐに仲良くなれるでしょ――って、なにその顔」


 そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だ。私が余計なことを言わなければあんな結果にはならなかった。気を遣うタイプだから距離を置こうとしたんだろうが、今度はそんなことをやらせない。


「いや、私が聞きたいよ……どうしてそんな苦しそうな顔をしてるの?」

「え……?」


 慌てて顔に触れてみるも自分では分からないままだ。どうして自分の顔を自分の力で確認することができないのか。だけど、察したのか綾が手鏡で見せてくれた。


「な、なんでこんな顔……」

「でしょ? ファミレスで犀川さんがいる時なんか特に顕著だったからね。ね、本当は由梨が犀川さんと仲良くしたいんじゃないの? もし良かったら協力するけど?」

「……そうなのかしら」

「うん、きっとそうだよ」


 いや、この綾は知らないだろうけどそりゃ仲良くしたいに決まってる。だって気づいてしまったんだ、だったらもっと時間を重ねて仲良くなりたいと思うのが普通の話だ。


「駄目なのよ」

「なんで? 別に犀川さんや由梨が犯罪者~ってわけじゃないんだからいいじゃん」

「……いいから綾が犀川に優しくしてあげてよ。あ、こっちだから、じゃあね」

「あ、うん……じゃあね」


 綾と関わる頻度も下げておかないと毎回言われる羽目になる。そして恐らく、ふたりが仲良くしているところを見たらあの顔に逆戻りだ。


「ただいま」

「おっかえりー!」

「受験勉強は?」

「してるよ? さっきまでしてた。いまは休憩中~――すんすん、なんかゆー姉から飲食店の匂いがするっ!」


 ファミレスに行ったことを説明して床に寝転ぶ。

 冷たくて気持ちがいい、ずっとあったもやもやを少しだけ浄化してくれた。


「ところでゆー姉、なんでファミレスに行ったっていうのにそんな暗い顔?」

「ちょっとあってね」


 いまさらになってここまで急激に流れを変えていいのかと不安になっているのだ。ズレがどんどん大きくなって最後には致命的な溝ができて死ぬんじゃないのかと。

 あくまで自然な形でやらないと駄目だ。このまま仲良くなるのが普通の形?


「あ、そうそう、さっき犀川梓月って人が来てたよ?」

「えっ?」

「その人もゆー姉みたいな暗い顔をしててさー」


 いや、おかしいでしょ。私は梓月に家を教えたことはない。それに先程まで私たちは確かに梓月といたんだ。仮に知っていたとしてもどうして先回りができる?


「あ、これIDだって、メッセージをちょうだいとも言ってたよ」

「ありがと、ちょっと部屋で連絡してくるわね」

「うん。さて、私も勉強を再開しようかな~」


 部屋に戻って彼女のIDを登録する。

 で、メッセージを送ろうとした時だった。


『本当は知ってるの』


 というメッセージが送られてきたのは。

 嫌な予感がして通話機能を使用させてもらう。


「さ、犀川っ」

「ごめん、あの世界から逃げたいって願っちゃったんだ」

「え、じゃあ……」


 普通に喋っているはずなのにどこか苦しそうな感じだ。


「うん、いまの私は由梨が知ってる私じゃない……うーん、そうじゃなくて、えと」

「あれでしょ? 4月中の梓月じゃないってことでしょ?」


 あのびくびくおどおどしていた梓月ではないと。

 たくさん喋って、動いて、こちらに気を遣ってあんなことを言った梓月だと。


「そう! 起きたらこうなってたんだ……だからそれっぽく演じなきゃって思って。でもね、由梨が謝ってくれた時に気づいた、私だけじゃないなってさ」

「それなら綾もその可能性があるわね」

「由梨、聞いてくれる?」

「うん」


 大方、「綾と友達でいたかった」とかそういうのでしょ。


「私、ふたりと友達のままでいたかった」


 やっぱり。綾とだけ言わなかったのはこれまた気を遣っているんだろう、それでも「私だって同じよ」と返しておいた。


「友達をやめるって言われた時、頭が空っぽになってどうでもよくなって、由梨がやめるって言った時に『由梨はやめなくていいよ』って言えなかった、ごめん」

「違うでしょうが……」

「え?」


 いや、綾に対する感情はそのままだが、少なくとも私に謝る必要なんて微塵もない。


「私があの時、自分勝手に言わなければ良かったのよ! でも、あんなことになってこの世界から逃げたいと願って……で、都合良く戻れたから今度こそは梓月たちが仲良くなれるように見守ろうって……」

「……由梨は下手くそだよ、だって凄く悲しそうな顔で笑うんだもん」


 またそれ……だけど私の感情なんかどうでもいい。梓月に記憶があるのならいまから頑張ってもらえばいい。最新の梓月ならできる、幸せになれる。


「ね、いまから家に行ってもいい?」

「……あんたは綾の家に行きなさいよ」

「いいでしょ?」

「……いいけど」

「それならいまから行くね。あ、通話した状態で」


 もう好きにすればいい。来るもの拒まずだ。それでどうなっても私はもう知らない。

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