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 こいつらを見ていると焦れったくて仕方がない。

 お互いがもっと仲良くしたい! そう考えているくせに変な遠慮をしていまいち踏み込めないでいる。私みたいにもっと真っ直ぐ向き合いなさいよ、ったく。


「綾、ちょっと来なさい」

「え、うん」


 委員会とかでもないけどなぜか毎日しなければならない掃除もある程度終えたので綾を引っ張って梓月と距離を作る。ちなみに梓月は掃除に夢中で気づいてない。


「綾、あんたを見てると焦れったいのよ」

「え?」

「梓月と仲良くしたいならどんどん行きなさい!」

「わー! こ、声が大きいよっ」


 慌てて綾が梓月の方を見るも、あいつはまだ集中していてほっとしていた。


「な、なんでいきなりっ」

「見てれば分かんのよ、それとも私なんかでは分からないなんて思ってた?」

「そんなことはないけどさ……でも、そこが難しいところなんだよ。だって私、梓月ちゃんに嫌われているし!」

「はぁ?」


 なに言ってんのこいつ……土曜日だって普通に仲良さそうにしていたじゃない。

 私は綾香さんに無理やり連れ出されたから途中までしか見られなかったけど、起きた時点でわいわいと話をしていた。なのに嫌われてるって、どんだけ被害妄想をしているのかという話だ。


「ふぅん、あんたは梓月に嫌われていると考えているのね?」

「うん、絶対そうだよっ」

「分かったわ。おーい梓月ー!」

「あ、この裏切り者ー!」


 なんでこのふたりはこんな面倒なことを繰り返しているんだろう。


「なに?」

「あんたさ、こいつのこと嫌い?」


 分からなくて不安だというのならこうして直接本人に聞いてしまえばいいのだ。


「え、そんなわけない……」

「でも、綾があんたに嫌われてる! って言うものだからさ」

「それって綾さんが私のことを嫌っているだけなんじゃ……私は綾さんに嫌われていると思ってたし……」


 あ・ほ・く・さ。

 お互いにマイナスなところはよく似ている。

 どうしてそこまでマイナス思考ができるのか小一時間問いただしたいところだけど、いまそれは重要じゃない。


「綾、あんたはもっと梓月に素直になれ」

「え、うん……」

「梓月、あんたはもっと綾に分かりやすいよう行動しろ」

「う、うん……」

「というわけで掃除も終わったし着替えてファミレスに行くわよ!」

「「えっ?」」


 ふたりの腕を掴んで教室に連れてく。それでさっさと着替えさせて荷物を持ち学校から出る。近くのファミレスに着いたらとりあえずドリンクバーを頼み、ふたりを対面に並ばせた。

 氷が入ったことでよく冷えるグラスをガンッと置いて、ふたりを睨みつける。カランという可愛い音ではなくガシャンとあまり良くない音が聞こえた気がしたが無視。


「あんたらね、変な遠慮しすぎなのよ! 特に綾っ、あんたは梓月に遠慮すんなって言った身でしょうが! あんたがそれをしてどうすんのよ!」

「うっ……」

「あと梓月っ、あんたはせっかく遠慮しなくなってきたと思ったのに、なに遠慮してんのよ!」

「だ、だって――」

「だってもクソもないわよ! このお馬鹿!」


 見ているとイライラするんだ。

 自分のことじゃないのに進めたくて仕方がない。

 もちろん、自分でも余計なことをしているのは分かっている。

 ふたりにはふたりに合った進め方というのがあるのだろう。

 だってその証拠にふたりは普通に仲良しのままだ。

 相性が良くなければこうはならない、後は時間の問題である。

 だけど――明らかにサインを出しているのにネガティブな思考をして停滞するこいつらが許せない。


「とりあえず綾のことを呼び捨てね、ほらっ」

「あ、綾っ」

「よし。綾はどうする? ちゃん付けか呼び捨てか」

「わ、私はちゃん付けでいいかなぁ」

「ならそれでいいわ。あとは……頭を撫でてみなさい」

「「え?」」

「いいからやる!」

「「は、はいっ」


 自分からさせておきながら言うのもなんだけど、私はなにを見せられているんだろう。というか私が去るべき? 普通に仲良さそうだもんね。

 ――とにかくふたりが仲良さそうで結構。これで焦れったい気持ちから解放――。


「え……」

「由梨どうしたの?」

「別に……」


 なんでいまちくりと胸が痛んだんだろうか?


「綾」

「ん?」

「ちょっと私の手に触れてくれる?」

「いいけど、はい」


 普通に女の子らしい手だ。それ以下でもそれ以上でもない。


「ありがと」

「うん、え? なんで?」

「細かいことは気にしなくていいわ。梓月、あんたちょっと私の頬に触れてみなさい」

「え? いいの?」

「ほら」

「分かった、えいっ」


 こいつの手、小さいわね……胸とか身長もとにかく小さい。

 が、なんとなく分かった、否、分かってしまった。


「ありがと」

「うん、由梨のほっぺた柔らかかったよっ」


 あーあ、呑気に笑みを浮かべちゃって。

 ――別に「なんでこいつを私が!?」なんてベタな反応はしない。

 普通に可愛いし優秀だし真面目だし優しいしで気に入っている、そうじゃなければここまで近づいたりなんかしない。

 いま私が驚いているのはただの興味がどうしていつの間にかそういう気になるの方向へシフトしてしまっているのかということ。

 あとはあれだ、明らかに綾が梓月に興味を抱いているというのに横から邪魔するようなことをしていいのかということだ。


『綾、あんたに言わなければならないことができたわ』


 トイレの個室に移動してから綾に送信。

 さすがに見たまま言う勇気がなかった。

 真っ直ぐになんて無理、これだけはさすがに。

 返信がこない……梓月との会話に夢中とか?


「は、入ってますっ」

「由梨」


 ――これは想定外のパターンだ。

 個室の扉を開けると、不安そうな表情を浮かべた梓月が立っていた。


「どうしたの? 凄い複雑な顔をしていたから付いてきたんだけど」

「ふっ、あははっ、余計なお世話よ。いや……大丈夫よ、心配してくれてありがとね」

「由梨が元気ならそれでいいっ、だけど隠さないで。真っ直ぐにぶつかれって直接言ってきたわけじゃないけど、似たようなことを言ったのは由梨なんだから……」

「うん、そうね」


 自分より小さい梓月の頭を撫でてトイレをあとにする。

 そうして再び揃った私たち3人。

 もう対面に並ばせるとかそういうのはしないことにした。

 梓月を挟んで3人横並び。


「由梨、言わなければならないことって?」

「綾、私、こいつのこと気になってるかもしれない」


 私たちの周りだけしーんとなる。

 が、段々とファミレス内の落ちつくBGMがまた聞こえ始めた。


「あくまでまだ気になっている、というところだけどね」

「はい、聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「それって……特別な意味で、ってことですよね?」

「そうね、そうじゃなければこうやって改まって言わないわ」


 さてさて、梓月はどう反応しているのかしら?


「由梨、それって本当?」


 あれ、思ったよりも全然普通……あぁ、なるほどね。


「そうよね、私に言われても困るわよね」


 あくまでこれは綾に対しての後ろめたさを失くすため。

 選ばれるなんて思っていないし、楽しくやれればそれでいい。


「いや、ちょっと来て」

「あ、ちょっとっ」


 控え目じゃなくなったのはいいけどなんか調子が狂う。

 柔らかい手の感触とか、恐らく情を片付けることができず不安そうな顔をしているのも。

 連れて行かれたのは先程のトイレではなくわざわざ店外。


「はぁ……はぁ……」

「いや、あんた体力なさすぎじゃない? ランニングに付き合ってあげるわよ?」

「それは魅力的っ……じゃなくて」


 梓月は呼吸を落ち着かせようとしているができていない。

 こちらはまだ腕を掴まれたままで逃げようもない。


「ふぅ……あのね、綾は由梨が好きなのっ」


 ぽくぽくぽくぽくちーん――って、ふざけている場合じゃないか。


「だから由梨と仲良くなってきっかけを作れるようにって動いてたの」


 なるほどね……そうじゃなければ「仲良くしたい!」なんて言わないか。なんだろう……純粋に私と仲良くしたいわけじゃなかったんだなってショックを受けている自分がいた。変なことに気づく前なら「でしょうね」ってだけで済んだのに。


「……余計なお世話よ、あんたは綾のことに集中しなさい。大丈夫、私が綾ともっと仲良くなれるようにきっかけを作ってあげるから」

「ううん、別にそういうのはいいよ」


 外部からの干渉は避けたい、自分の力でやりたいということ? それとも単純に私じゃ力不足だからってことなの……?


「私はふたりと仲良くしたいっ」

「わがままね」

「みんなそう思ってるでしょ? それとも私が間違ってる?」


 よく喋るようになったものね梓月は。絡むごとにあれだけおどおどしていたというのに。あと優しすぎ、興味がなければ「お前なんかに興味はないからどっか行って」と言えばいいんだ。


「別にいまのままだって友達だし一緒にいるじゃない」

「だったらもっとっ、もっともっと仲良くなりたい!」


 くそっ、こういう時だけはしゃぐんだから。

 ぴょんぴょん跳ねて鬱陶しいので梓月の頭に手を置いて飛ばないようにしてやった。基本的にこいつは体温が高いので、髪越しでもそれがよく分かる。


「気遣ってくれるのは嬉しいけど、私のことは本当にいいのよ」


 一応それっぽく伝えられたわけだし、なにも知られないで自分の中に抱えて消すというもどかしさを感じなくて済むわけだ。学校でこのファミレスに行こうと決めた私を褒めてあげたい、帰ったら絶対にアイスを3つ食べる。


「それに私、そういうつもりで綾といたわけじゃないよ?」

「そういうのやめてくれない? んなこと言ったって結局最後は綾を選ぶんでしょうがっ」


 あ……もうやだ、梓月といるとどんな時でも自分を貫けなくなる。なにもいまに始まった話じゃない。勝手にライバルに仕立て、負けて勝手に嫉妬し、ネチネチ絡んで怯えさせて、私がしたことって悪いことしかないじゃない。


「ふたりとも」

「あ、あんたお金は?」

「払ってきたよ。いいから帰ろ?」


 いまの話を聞かれていたら不味い。だけど確認するのもまた微妙で私は大人しく後ろを付いていくことしかできなかった。


「綾、お金払う」

「ううん、別にいいよドリンクバーの代金くらい」

「そういうわけには……」

「いいって、由梨もいいからね?」

「……ごめん」

「なんで謝るの? いいよ、いつもお世話になっているし」


 ――凄く気持ちが悪い。あの笑みの下はなにを考えているのかって不安になる。


「梓月ちゃん、さ」

「うん」

「いや、言い方変えようかな――私、梓月ちゃんの友達、やめるね」

「はっ!? あんたなに言ってんのよ!」


 どうしてそうなる、別にさっきの会話は私に気を遣って言っただけだ。明らかにこいつらはお互いを想い合っているのに――全部私のせい、か。

 後ろめたさを失くしたいとか、最後に言っておきたいとか、結局自分の都合を優先した結果なんじゃないのか?

 ファミレスに行くことを選択した自分を褒めてやりたいなどと言ったが、ただただ逆効果だったという現実から目を逸したいだけじゃないのか? だからアイスを3つもやけ食いをして無理やり消化しようとしているだけなんじゃ?


「私も別にそういうつもりで一緒にいたわけじゃないから。勘違いさせちゃったかな? もしそうならごめんね」

「そっか、私も変な行動取っちゃってごめん」


 は? なんだこいつら……私もあれだがこのふたりも相当おかしい。


「だったらせめて友達は続ければいいじゃない!」

「うーん、だって旧委員長としてびくびくおどおどしている犀川さんが気になっただけだからね」

「私も利用させてもらっただけ」


 綾のはともかく梓月のは違うだろっ。だったらなんでそんな泣きそうな顔をしてるんだよっ。スカートの裾をぎゅっと握ってるんだよっ。

 ――自分が原因なら責任を取る必要がある。私みたいな半端者がいるからこういう選択を選ぶしかないだけなんだ。


「分かった、それなら私が友達をやめるわ。ふたりはそのまま継続しなさい」

「それならみんなでやめよかっか」

「それならそれでいい」

「熊谷さんも、それでいいよね?」


 先程も違って、梓月も満面の笑み。

 嘘くさすぎて、気持ちが悪くて、体を抱いて顔を俯かせた。

 友達をやめたからか一切躊躇なくふたりは去っていった。

 逃げたかった、自分がきっかけになってしまった世界から。

 急いで家に帰ってベッドに寝転ぶ。

 もう5月なのに布団を被って、暑いのを我慢しながらもとにかく変わってくれと願って――。




「由梨っ」

「えっ!?」


 気づいたら夕方ではなくなっていて、そして私は普通にベッドに仰向けで転がっていた。


「うなされていたけど大丈夫?」

「え? う、うん……」

「せっかく学校がお休みだったのにもったいないんだから」

「え……?」

「だって今日は4月5日、春休み最終日だよ?」


 ちょっと待ってよ? え、脱水症状で私死んだ? 本当にあの世界から私消えちゃったの?


「えと、山下綾、よね?」

「え、そうに決まってるじゃん! どうしちゃったのっ?」

「私たちは友達?」

「そうだってっ、仮に由梨が違うと言っても私は友達だって言い続けるから!」


 あ、これは夢オチか! そういう願望なんだ、戻ってほしい、次は絶対にミスらないっていう強い思いに神様が夢を見せてくれているだけ。

 だったらさっさと起きなきゃ、この幸せに浸っていたら現実との差に悲しくなる。


「ちょ、どうして急に足をつねってるの?」

「あ、あれっ? ぜ、全然痛いし、目が覚める気配がない!」

「そりゃ目が覚めてるし、痛覚があるんだから痛いでしょ」


 あぁ、この笑顔は純粋で可愛くて好きな綾の笑みだ。

 ……なんでこんな現実っぽくないことが起こったのかは分からないが、とにかくいまはこちらで生きるしかなさそうだと諦めたのだった。

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