10
なぜか泊まることになった。
もうぐーすかぐーと由梨さんは寝てしまっている。
私たちはベランダに出て、夜風にあたっているという状況だ。
「もう23時過ぎちゃってるから電気あんまり点いてないね」
「うん、だけどキラキラしているのは変わらないから奇麗」
ちょっと高めの場所というのも大きい。
でも、きゅっと胸が締め付けられる感じ。
これはきっと彼女が横にいるからなんだろう。
「ミルキーさん可愛いね」
「うん、ちょっと怒りっぽいところもあるんだけど、そこが由梨に似てて好きなんだよね」
うん、まあそうだよね。
由梨さんは魅力的だし、ずっと一緒にいるんだから好きになるのも分かる。
だけどなんだろう、このあからさまにショックを受けている自分は。
「優しいところもあって、だからこそ一緒にいたいって心から思うんだ」
「うん、由梨さんはいい人だしね」
「そうそう」
いつの間にかミルキーさんのことから由梨さんのことに変わっている。
それくらい無意識か意識的にか、由梨さんのことを気にしているというわけか。
「由梨さん起こしてこようか?」
「え、いいよいいよ、というか私たちがもう中に戻ろ?」
「あ、私はもう少しここで見てるよ。好きなんだ、夜景って」
いつもなら寝ている時間だし私も眠たい。
それでもこのまま帰る気は起きなかった。
由梨さんがいてくれるのは嬉しいけど、ふたりきりが本当は良かったなぁ。
「そう? それなら先に寝てるね」
「うん、おやすみ」
カラカラと窓が閉められひとりになる。
時間も時間のため、目の前の道路を車が通るということもほぼない。周りの建物が光っていても、ひとりの時間であることには変わらない。
――さて、これからどうしよう。
明らかに綾さんは由梨さんに気があることが分かった。ふたりはずっと一緒にいる、ついつい私に漏らしてしまうくらい想っている。だけど由梨さんはそれに微塵も気づかずさっさと寝てしまうような人。
友達になってくれたからこそ友達としてなんとかしてあげたい。そのために必要なのはもっと由梨さんと仲良くすることだ。
そして彼女の行動をコントロール――まではできないだろうが、綾さんに意識がいくようちょっとずつ軌道を変えてもらえばいい。
だって想ってるのに気づいてもらえないのは悲しい、未体験の私でも分かることだ。
「あんたなにやってんの」
びくりと肩が跳ねる。
「もう12時過ぎてるわよ」
「え……あ、綾さんは?」
「気づいたら隣でぐーすか寝てたわ。ふぁぁ……あんたこんな夜ふかしするタイプなの? その割には授業中に船を漕いだりしているところ見たことがないけど」
「お友達の家に泊まるのなんて全然ないから眠れなくて……」
本当はすっごく眠たい。いまさっきまで普通だったのは考え事をしていたからだ。
「ならいまのうちから慣れておきなさいよ、これから頻度だって増えるんだから」
「え、なんで?」
「友達の家に泊まりに行くくらい普通だってことよ」
頻度が多くなることを考えたら逆効果だ。
だから私はただ真っ直ぐに言いたかったことを言うだけ。
「由梨さん」
「なに?」
「もっとあなたと仲良くなりたいっ」
その声が聞こえてきた時、胸がギュッと痛くなった。
やっぱりそうだったんだという納得の感情と、物凄く残念、がっかりとした自分を確認することができた。
「ぷっ、あははっ、まさか梓月がそんなことを言ってくるとはねー、思いもしなかったわ。ま、いいんじゃない? どうせ友達なら仲がいい方がいいしね」
「う、うんっ、ありがとっ」
声音からテンションが上っていることが伺える。
私の時にはそんな一面を見せてくれたことがないのにと、思わず手に力が入った。
「それなら呼び捨てにしなさい、綾のことだってそうしていたでしょ?」
「え、いいの?」
「別にいいわよ、私だってあんたのこと呼び捨てにしてるんだし」
「由梨、ありがとう」
「礼なんていらないわよ」
仲良さげな会話が続いていく。
由梨もそう、あれだけネチネチと絡んでいたのにいつの間にか柔らかくなった。
いちいち止める側にならなくて楽とも言えるが、急に変わった理由が気になる。
私が変な遠慮をしないでって梓月ちゃんに言った結果なの? もうどもらないで話せるから安心しているということ? ……なんか嫌だな。
カラカラと音が響き窓が横にスライドされる。慌てる自分――かと思いきや全然冷静だった。少なくとも先程の会話を聞いている時よりかはよっぽど。
「って、あんたなにをやってんの?」
「いま起きたんだ、ふたりの話し声が聞こえてきたから」
「うるさくして悪かったわね、私はもう寝るわ」
「私も寝る」
「うん、おやすみ」
ベランダにではなく私はトイレに行ってくると嘘をついて1階へ。
「まだ起きてたの?」
「お母さん……明日からまたお仕事なのに寝なくていいの?」
「私は綾と違って大人ですから。それでどうしたの? 凄い暗い顔してるけど」
やっぱり敵わないなぁ……と感心しながら全てを説明した。ひとりで抱えたままだと壊れてしまう。ぎこちなくなる分にはまだマシだけど、勝手に八つ当たりして喧嘩みたいになってしまうのは避けたい。
「そっか……梓月ちゃん大好きっ子としては苦しいよね」
「うん……って、えぇ!? べ、別にそんなのじゃ……」
「じゃあゆーちゃんと仲良くしているところが見えて嬉しいはずでしょ? いつも言ってたじゃん、『ゆーちゃんは犀川さんになんでかカリカリしてるんだよねー』って。それがなくなって嬉しいはずなのにあなたはもやもやしている、これは間違いなくそれでしょ?」
いや違う、少なくとも梓月ちゃんは違う。今日だって由梨には好きだって言っていたのに私には言ってくれなかった。明らかに以前までの梓月ちゃんっぽい反応だったし、多分嫌いなんだ。――いくらマイナス思考は駄目だと考えていても、あれだけ見せつけられていればポジティブではいられない。私は強い人間なんかじゃないから。
「綾ちゃん、だからって距離を置こうとしちゃ駄目だよ?」
いくらもやもやするからといって距離を置くなんてことはしない、はずなのにドキリとした。
「あとね、変に我慢をしちゃ駄目だよ。だって綾ちゃん、それ全部梓月ちゃんに伝えてないでしょ? おまけに梓月ちゃんがどう考えているのかも聞いていない、勝手に決めつけられたら嫌だよね?」
「でも……」
頑張って聞いたとして、その答えが本当にそうなら今度こそ立ち直れなくなる。先程平静でいられたのは意地ってやつだ。意地だけでは上手くいかない、このままだときっと取り返しのつかないミスを犯す。
「こういう形で煽るのは親としては失格かもしれないけど、ちゃんと梓月ちゃんと話し合ったらお小遣いをあげます」
「えっ、ほんとっ!?」
先程までの不安が吹き飛んだ――って、私はどんだけ目がないの……。
「いまは3000円ですが、話し合った場合は5000円に!」
「やった! だけどいいの?」
「うん、だって長期間お家を空けることになっちゃうし普段から寂しい思いをさせちゃってるから……お金で埋めようとするのはあれだけど……どうかな?」
別にお金が全てではない。
私はただ単に梓月ちゃんともっと仲良くしたい。
本人は由梨と仲良くしたいみたいだけど、迷惑にならない範囲で動かしてもらう。
そうしたら「綾と仲良くなりたいっ」って言ってくれるかもしれないしっ。
「というわけで明日の朝お母さんはお家を出ちゃうけど、その際は由梨ちゃんを連れて行くからふたりきりでゆっくりとね?」
「う、うんっ、私頑張るよ!」
「うんっ、頑張って!」
完全にポジティブは不可能、が、なにも全部がマイナスで占められているわけではない。
あの時彼女の頬に触れた部分を指で撫で、思いを強くさせたのだった。