01
読む自己で。
会話のみ。
「――――てな感じでさ、猫が沢山いたんだよなっ、いいだろ?」
重度の猫さん好きである父はキラキラと目を輝かせて私に思い出を語ってくれていた。私がこくりと頷いたら「だろっ?」と父はこれまた楽しそうに満面の笑みを浮かべる。
「だから1匹持ってきたぞ」
流石にそれは驚いた。だって今朝からずっと父といるけれど猫さんには遭遇していないからだ。
「今はまだ知り合いの動物病院にいる。野良をそのまま引き連れて家にってのは猫好きでもできん。猫にも悪いしな」
なるほどと私は頷く。
猫さんが好きだからこそできることを全部してあげたい、というところだろう。
「んー……」
首を傾げていると私の頭の上に手を置いて父が一言。
「梓月は全然喋らないな相変わらず」
別に特に拘りはなかった。父と不仲ということでもない。
ただ相槌を打てば大抵なんとかなるこの現代において、できることならそれでいきたいというだけ。
そのせいでできてしまったのは、なにを言っていいのかが分からないという問題。あまりにチートカードすぎたのだ。
「まあいいか。帰った頃には家にいるだろうから今日は早く帰ってこいよ! 猫好き同士、沢山愛でようぜ!」
こくりと頷いて席を立つ。
実は朝からゆっくり聞いていたせいで学校に遅刻しそうなのだ。
全ては猫さんとかっていう可愛い生物のせい。
「行ってきます」
父が無視しているわけじゃなくて私の声が小さいだけ。
でも、私も全然喋らないなんてことはないよ、お父さん。
「いただきます」
「声ちっさ!」
いつも私に絡んでくる女の子がいる。
こっちを指差して「腹から声出しなよ」なんて文句を言ってきている女の子がいる。
「無視すんな」
だけど名前が分からない。
休み時間になると毎回席までやって来るし、お昼ご飯を食べててもやって来るし、放課後になっても付いてこようとする。
ストーカーなんじゃないかってちょっと警戒も抱いているにも関わらず、彼女は全く気にせずこちらへと粘着してくるのだ。
自分がしている行為を振り返って非がないかを探したこともあった。
それでも見つからない、彼女に対してなにかをした私はいなかった。
「ちょっと由梨っ、犀川さんを苛めない!」
「違うっ、私はただ……ふんっ」
「ああもうっ。ごめんね犀川さん」
なんでこの人が謝るんだろう。
この人も過去を振り返って反省する部分があったってこと?
「別に気にしてない」
「えっ?」
だから人といるのは嫌いなんだ。
こうして毎回聞き返される、こっちは普通に返しているだけなのに。
教室だとうるさいし人に絡まれるので早々に食べてどこかで時間をつぶすことにした。
とはいえ人が来そうな場所はパス、校舎裏に選択して移動を開始。
「なぁ~」
「猫さんっ!?」
……思わず大きな声が出てしまい父からの言葉を思い出して顔が熱くなった。「梓月は猫といる時だけハイテンションになるな」ってよく言われる。
「しゃぁぁー!」
「こ、怖くない、大丈夫」
「なぁ……」
「うん、大丈夫」
指を動かしたり手を動かしたりしていたら近づいて来てくれた。
顎の下を撫でたり耳を撫でたり好き放題やらせてもらう。
「あー! こんなところにいた!」
「なぁ!」
そんな大きな声を出さなくても相手の人は聞こえてる……。
猫さんはどこかに行っちゃうし、私はビクッとなるしで気分が最悪だ。
「猫さん……」
「って、無視すんなっ」
あ、どうやら自分だったらしい。
この子はなんだろう、どうして私に構ってくるんだろう。
もしかして猫さんに似ているとか? あんな可愛さは自分にはないか。
「もう由梨ってば!」
「うるさいっ、こいつが怯えるでしょうが!」
自分が1番うるさいよ……。
「そういえばさっき猫がいたわよね、私猫って嫌いなのよね」
「えっ!?」
「ひゃっ!? な、なによっ、いきなり大きな声を出さないでくれる!?」
猫さんが嫌いな人なんてこの世にいたんだ……猫さんが嫌いな人にいい人はいない、よって私もこの人は嫌い。
「由梨は猫の近くに行くと体が痒くなるの、別に猫が嫌いなわけじゃないから許してあげてね」
「嫌いよあんな生物、ちまちましてて懐かないし」
確かに初対面の子は懐かない。自分が触れ合えるのは野生の子が多いので大抵はああしてきしゃあ! と警戒されてしまうが、大事ななのは怖くないよと伝えていくことである。だからまあ最初から懐かないと決めてしまったら駄目なんだ。
「ごめんね、私の家にいる猫に噛まれてトラウマなのよ」
「違うから! そんなんじゃないから!」
へりくだればいいわけじゃないけど高圧的なのはもっと駄目。
「ふんっ、いいからさっさと教室に戻りなさいよね」
「それじゃあね犀川さん」
私は言うことを聞かずに猫さん探しを再開。
「にゃ~」
「猫さん」
「にゃ」
この子はとても人懐っこい子だ。
初対面にも関わらずこちらにお腹を見せてくれている。
ここに誰かが来ていてご飯をあげているのかな?
「よしよし」
おまけにごろごろと喉を鳴らしてくれていた。
ああ、駄目だ、この可愛さを前にして去ることなんてできない。
だから近くのベンチに座ってその子を招く。
「にゃー」
「ふふ」
自分から膝の上に乗ってくれるとか天使かな。
だけど暖かさも相まって段々と眠くなってきてしまった。
「おやすみ……」
「にゃー」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ寝させてもらおう。
「いたっ、犀川さんいたよー!」
その大きな声に私ははっと目を開いた。
すぐ近くにあの子がいて心配そうな顔をしている。
だが、問題のあの子も来て私はそそくさと去ろうとしたんだけど襟首を掴まれて逃げられなかった。正に猫さんのようだ。
「あんたねえっ、授業をサボってなにしてたのよ!」
「え……」
そういえば……暖かさに負けて寝てしまったんだ私は。
慌てて携帯で時間を確認してみると6時間目が終わってすぐだった。
「てっきり保健室にでも行ってるのかと思ったらこんなところにいて!」
先生に謝らなければいけなくなってしまったようだ。
大人の人と話すって苦手なんだけど……。
「由梨はいいからもう帰って」
「なんでよ!」
「いいから」
「……ふんっ」
なんでだろう、いつも一緒にいるのに。
「ごめんね、職員室に行こ?」
諦めるしかない、悪いのは私だから。
彼女に付いていくと地獄の門――――職員室前に着いた。
彼女は扉を開けてよく通る声で「失礼します」と言った。なんとなく他の子を従える高貴な猫さんのように感じてぼうっと眺めてしまう。
私がぼけっと眺めているうちに彼女が担任の先生を連れて来てくれたのだが、
「犀川、お前今日罰として放課後居残りな」
地獄に相応しい地獄のようなことを言ってくれた。
どうやら今日中に反省文を3枚書けということらしい。
紙を受け取ってしくしくと教室に移動。
「ね、犀川さんも猫が好きなの?」
なぜか彼女も付いてきてくれて、しかもどうやら同士のよう。
「うん、大好き」
「猫ってすっごく可愛いよね!」
「可愛い」
彼女といるからなのかは分からないけどペンが進む。
だけど1番の理由は、早く帰って我が家にやって来る猫さんと対面したいのだ。
「いつも由梨がごめんね、だけどあの子もあの子でしっかり考えて行動しているから嫌わないであげてくれると嬉しいかな」
「よく分からないだけ」
「あははっ、由梨ってよく言われるんだそれ。なんかいつもカリカリしてて、なのにどんどん人に絡んでいってね、でも私はあの性格の由梨が好き。あの性格のおかげで由梨と友達になれたから」
乱暴だけど仲間思いの猫さんと思えばいいのかな。
この子はペットショップに売っている猫さんで、あの子は野生のリーダー的な猫さん。
「終わった?」
「うん」
「それなら先生に渡しに行こうか」
この子もこの子でなんでここまでお世話をしてくれるんだろうか。
地獄に足を踏み入れなければならないことを考えれば助かるけど。