103日目
「詰んだ」
「そうか。お引き取り願おう」
ドアを全体重を乗せて閉めにかかるも、全身全霊をもって抵抗する誠人を推し返せない。
そのまま数分間も拮抗を続け、最終的には裕也が折れた。
いつもの通りに誠人を部屋に通し、ウェルカムドリンクで麦茶も付けてやってから本題に入る。
「なぁ、マサ」
「なんだ。ユウ」
「僕ら昨日、夏休みの宿題にラストスパートをかけたよな」
「あぁ」
「それで……まぁ、何やかんやで地獄を見て、とりあえず僕は昨日のうちに決着したんだよ」
「覚えてねぇけど」
「だってマサは昨日死ん――いや、この話はいいや。
とにかく僕は宿題終わって、メグも終わって。あとはマサだけだったんだよ」
「うんうん。あー、何かそんな感じだった気がすんぜ」
「でもお前、脳細胞がオーバーヒートで焼き切れそうな感じだったからさ。『絶対に帰ったら宿題やれよ』って暗示かけるレベルで念押しして、昨日は家に帰したんだよ」
「ほおほお。なるほどなぁ」
他人事みたいに感心して頷く誠人。裕也は痛い頭を抱えて問う。
「今日って何月何日?」
「八月三十一日」
「今って何時」
「夜の十時」
「詰んでるじゃないか」
「だからそう言ったじゃねぇか最初によぉ」
何故こうなってしまったのか。
何がダメだったのか。
どうして神はこの馬鹿野郎を毎年見放してしまうのか。
もう彼に救いは無いのか。
だがそれは――否だ。
「マサ、よく聞け」
裕也が惨めな少年の肩を掴み、揺さぶる。誠人は応えるように力強く首肯した。
「始業式まで、あと十時間ぐらいある。残ってる宿題は?」
「まず数学のプリントだろー。あと読書感想文と風景画と世界地図と……あれだ、家庭科のヤツ」
「え!? それなら何とか間に合――」
「以外だ」
そう言ってカバンの中から、広辞苑以上の厚みが飛び出してきた。
詰んでるじゃないか。
しかも終わってるの昨日持ってきてたやつじゃないか。五教科は数学以外は全捨てとは恐れ入った。
裕也は全身で息を吸って、天井に向かってゆっくりと吐いた。お盆の上の麦茶を一気に煽り、ついでに誠人の分も飲み干した。
窓を開け放ち、吹き込む夜風が僅かに冷たいことを肌で確かめる。蝉が忙しない、夏の夜だ。
「マサ」
「おうよ」
視線が合う。
必要な言葉は一つだけ。
「やるぞ!!」
携帯ゲーム機の充電が切れた頃には、朝日が部屋に指していた。
【忘れ去られるまで897日】
筆者もテスト前日はスマブラでVIP帯を目指すことにしています
いつも世界戦闘力の上がり幅が極端に減った辺りで難航します