102日目
夏休みの終幕が、すぐ目前に迫っていた。
「ゆーうーやーくーん!」
今日も変わらず蝉が鳴いている。
「あーそーぼーー!!」
もう昼下がりだと言うのに、朝方から無休で合唱し続ける蝉たちは、何ともまあ働き者である。
きっと毎日を必死こいて生きているのだ。憧れるが見習いたくはない生き方である。
「ゆーうーやーくーん!!」
それに比べて学生の夏というのは味気ない。中々マンガのようにいかないのは、まだ自分たちが中学生だからなのか。高校生になれば変わるだろうか。変わらない気がする。
「あーそーぼーー!!」
何せ『近く再臨する【魔王】を討伐するために選定された【勇者】が幼馴染みで、自分はその【眷属】として超常の力を得た』という、一周回ってテンプレートな宿命やらを山盛りに背負ったところで、夏休みは去年と大して変わっちゃいない。
「ゆーうーやー!!」
まだこれから――というのは間違いないだろうが、だからといって劇的過ぎることもないだろう。すぐにそれが日常になって、慣れてしまうこと請け合いだ。
「…………あれ?」
なんだ? 急に静かになったな――
窓の外へ振り向いた瞬間。
窓一面が真っ赤に染まった。
「お、おまっ、マサ、おまっ、馬鹿!! 馬鹿野郎マサ!! 僕の部屋の窓がおま、これ、真っ赤っかじゃんか!!??」
窓を思い切り開いて眼下に怒鳴る。
全く動じず、家の前で仁王立ちして鼻高々な様子の誠人は、右手にペンキ色に真っ青なボールを握っている。
絶対にあれが諸悪の根源だが……なんだ……? ペイントボール……とか?
「あれは私の特製超絶水性ペイントボール【激落ち銀河くん】よ。
早めに拭き取ればこびりつきは全くの0! ついでに曇りや汚れも三〇パーセント軽減の優れものなんだから!!」
背後から声!!??
背筋に走る電流のまま、即座に振り返るもすでに遅し。
瀬乃恵璃は不遜な笑みを浮かべ、裕也の自室の入り口に陣取っている。
その手には――大量の冊子の山!!
「は、謀ったな!! メグ!!」
「それはアンタが――坊やだからよ!!」
どういう原理か不明だが、恵璃が放ったロープが高速で裕也を縛りあげ、横っ腹から倒れた裕也の眼前に無数の冊子が投下され山を作った。
見覚えのある――それでいて二度と見向きしたくなかった厄災が、数センチの目前で禍々しい重層を築いている。
「さぁ……もう逃げられないわよ……」
「い、嫌だ! もうこんなの見たくない!!」
涙目で見上げた先で、幼馴染みが笑っていた。
苛烈すぎる、焔の華が咲き誇っているようだった。
「やりましょっか。夏休みの宿題」
夏休みの終幕が、すぐ目前に迫っていた。
【忘れ去られるまで898日】
夏休みの宿題を7月中に終わらせるやつ。控えめに言って化け物