90日目
蝉が鳴いている。
「あ〜〜」
ついでに少年も鳴いていた。
「……なぁ、マサ」
「お? どしたー、ユウ」
「扇風機動いてないからさ。『あ〜〜』ってやっても宇宙人ボイスにはならないぞ」
すると律儀に扇風機スイッチ(強)を入れ、日焼けが眩しい少年は改めて間抜けな鳴き声を発した。
「あばばばばばばー」
明らかに風力が強すぎるが、夏の暑さはいちいち指摘する余裕すら奪い去っていく。
近頃、神城家は節電ブームであり、本日は個人的『エアコン我慢してみるデー』なのだ。
そろそろ本当に限界なので『冷房』ボタンを求めて気だるげな右手が小さな丸テーブルを這い回っている。
「なぁなぁ、ユウ!」
「……なに?」
「オレさっき朝飯にアイス無限食いしてきたんだけどさ! 今めちゃくちゃ腹痛てぇ!!」
「へぇ……」
「は! そういえば昨日の晩飯が――」
裕也は聴覚をシャットダウンした。
これ以上は不毛すぎる話を聞いていられない。夏の暑さで茹だった頭が、もう一周回って沸騰しそうだ。
この少年は伊吹誠人。
裕也や恵璃の幼なじみであり、一線級のバカである。
そして先日。紆余曲折あった末に第二の【勇者の眷属】に選ばれてしまった運のない男でもある。
伊吹誠人が【勇者の眷属】になるまでの過程は、思い返せばそれなりに壮絶なものだった。
しかし誠人は今日も平常運転である。あれだけズタボロになっておいて、今では何事も無かったかのように全快だ。
それが彼の眷属としての『特性』だというのなら、羨ましい限りである。裕也の『特性』らしきものは、扱いづらくて叶わない。
「……なぁ、マサ」
「どした?」
「お前はいいの? たぶん色々と危ないぞ、眷属になるのって」
「は! んなもん楽勝だ。バッチコイだぜ!!」
誠人はいつだってこんな感じの幼なじみだ。
頭一つ分身長が低いくせに、ひたすら無秩序にでっかいやつなのだと、裕也はよく知っていた。
【勇者の眷属】は、【勇者】の絶大な力を有効活用するために、その力を分け与えられた手足のような存在だ。
【勇者】の選定とは、絶対の脅威である【魔王】復活の予兆。
何ヶ月先か何年先か、この地に再臨する【魔王】を打ち破るために【勇者】は前もって用意され、裕也たちはその手駒になるのである。
そんな大層な終着駅の想像はついていないが、きっとあっという間に過ぎてしまうのだとは思う。
それまでに少なからず超常的な経験を積み上げて、かけがえのない思い出にでもなるのだろうと、そんな予感も。
ようやっと見つけたエアコンのリモコンを手に取ってボタンを雑に連打する。
オンボロな家電が唸り始めるのを聞き遂げて、またリモコンを放り出して床に寝転がる。
こんな一日も、いつか思い出になってくれるのか。
蝉の騒音に耳を傾けながら、そんなことを思った。
【忘れ去られるまで910日】
【勇者の眷属】がいつの間にか増えたりしました
減ったりは……しないです