82日目
「おはよう! 私の眷属!」
「…………〇ね」
「え?」
「ごめんなさい健やかに末永く生きてください」
「よろしい。じゃあ上がるわよ」
丸一日を死んだように眠って。
晴れやかすぎる朝。軋む骨身を引きずって玄関を開けたら、まさに『生きてる』って感じの幼なじみが立っていたのでつい毒を吐いた。また丸一日寝込んで過ごしたくないので即座に謝罪。
恵璃は勝手気ままに了承もなく家に上がり込むと、裕也の母に御丁寧な挨拶やら謙遜やらおべっかやらを慣れた調子でぶちかまし、極めて好印象な少女のまま裕也の自室へと消えていった。
部屋に戻りたくない。でも外にも出たくない。
さてどうするか。
……うん、逃げよう。そうしよう。
そうと決まればさっさと――
「遅れて申し訳ありません。……おや、ユウヤ」
玄関先に大鍋を持った女性。焔の赤髪と蒼玉の瞳で……やはりジャージ姿の。
「お見舞いとこれからの話をしに来ました。――これ、差し入れです」
「はは、鍋パーティーでもするんですか……」
乾いた笑いで、家に通すしか無かった。
鍋は台所に置いてもらって、異世界の騎士フィリエルを現代日本一軒家二階の裕也の自室へ。
「……ねぇ、メグ」
「あ、早かったわね」
めちゃくちゃ自分の家みたいに漫画読んでくつろいでいる恵璃に苦言を呈しながら、『これからの話』について尋ねる。
「これからって言うと、【魔王】の対策とか?」
「大まかに言えばそうなるかしらね」
この街に伝わる【勇者伝説】の通りに選定された【勇者】。
その使命は、この街に封印されし【魔王】が復活した際の対抗策。絶大なる脅威をしりぞけるための抑止力である。
――という風な類の話を、裕也は昨日……いや昨昨日に殊更詳細に、聞けるだけ聞いてやったのだが。生憎と情報量がパンクしすぎて覚えきれていない。
今は一つ一つ指折り確認して思い出す暇もないようだし。
「ずばり、新たな眷属を捕まえに行くわよ!」
「そんな虫みたいな…………候補は?」
「そりゃもう、ユウも知ってるアイツよ。いい人選だと思わない?」
その言葉だけで『アイツ』とは誰なのか完全に予想できてしまい、裕也は頭を抱えてしまいたくなった。
鍋の中身は妙な辛味のカレーだった。
【忘れ去られるまで918日】