81日目
夏場でも夜は意外と涼しい。
寒い――と言うより寒々しいのか。背筋に走る妙な感覚が、怪談や肝試しやらに人々を駆り立てるのだろう。
この忙しない蝉の音が、否応なく心を波立たせるのだ。
それはそうとして。
コンビニってすごい。すごいなぁ。
何がすごいって、日付が変わった深夜でも普通に営業しているのがすごい。
どんなとんでもない一日であったとしても、どんな時間帯に入っても、コンビニはいつも通りだ。
以上も以下も、異常も異化もなく。極めていつも通りなのである。
安心する――とは言い過ぎだが、どうしてか胸にピッタリと収まる感覚は、不思議な安定感とでも言うべきものだ。
今日――すでに昨日か。
あれほど壮絶な一日を過ごしても、コンビニ百円少々クオリティのおにぎりは、海苔がパリパリなのである。あぁ、なんと素晴らしいことだろうか。
「なぁ、メグ……」
「なに? 交換する? 牛カルビおにぎりくれるなら良いわよ。――はい、貰うわね。
私は断然マヨコーンパンの気分だから、こっちのハムマヨロールあげるわ。万感の思いで齧り付きなさい」
少女はハキハキと喋りながら少年の手元からおにぎりをかすめ取ると、空いた少年の手にハムマヨロール(ミニサイズが四つ入り)を押し込んだ。
さっさとおにぎりの包装を手順通りに破き、口に頬張る。
「うーん、コンビニのおにぎりって半分に割ってから食べるが吉って聞いたことあるけど、その通りかもしれないわねぇ。
普通に食べてるとお米だけの時と具だけの時で落差がスゴいし、均等を取るならあり。でも割ったら海苔がボロボロこぼれるのよねぇ……。
やっぱりパンが無敵よ。ユウもこれからはパンを崇めて生きていきなさ――
「判断が早い!!!」
耐えきれなくなって叫ぶ少年、神城裕也。
その騒音を片眉をひそめて、缶のコーンポタージュにズズズ、と口をつける少女は瀬乃恵璃。
昨日の騒動の主犯同然であり、裕也の幼なじみであり。
この街に選定された【勇者】である。
恵璃は表情筋一つ動かさずに、もしゃもしゃと咀嚼を続ける。
てらてらと旨味が滲むカルビ肉を引き抜き噛み締めてから、残りは丸ごと口に放りこみ、最後にペットボトルの緑茶で流し込んで終わりだ。満足そうに息を吐く。
「で? 何が早いって?」
「判断が迅速すぎるよ!! 僕はうんともすんとも言ってないんだけど!?」
「ハムマヨロールの方が値段が張るわよ。若干」
「若干じゃないか!! いや貰うけど!!」
「じゃあ別にいいじゃない。――それで? その前は何が言いたかったの?」
ちゃんと聞こえてるじゃないか。意地の悪いやつだな相変わらず。
「……【認定試練】ってさ」
「うん」
「全部で第四段階まであるんだよな」
「そうよ」
昨日、突如【勇者】になった恵璃ともう一人。
謎の異世界人フィリエルは、【認定試練】なるものを行った。
なんでも選定された【勇者】がどれほどの傑物なのか、どれほどの資質を秘めているのかを試す儀式らしい。
だがその実態は『殺し合い』だった。
生存する保証付きの――と枕詞に付くが。
何やかんやで巻き込まれた裕也は、これまた何やかんやでフィリエルの出した『勝利条件』を死にものぐるいで突破し、一件落着万々歳といきたかったが――
どうやら試練は残り三つあるらしいと知ったのは、少し後の話だった。
――と、前提条件はこれぐらいで。
疲弊に疲弊を重ねた裕也の思考はすっかりボヤけきっていて、だから現実の直視を拒んでいる。
ここらで一つ、寝たら夢になってしまいそうな『昨日の出来事』を、恵璃に尋ねておきたい。
「試練の第一段階を突破したのは?」
「昨日よ」
「第二段階は?」
「昨日よ」
「第三段階は?」
「昨日」
「第四段階」
「昨日」
「じゃあ今は?」
「えぇと……日付が変わってから十二分ってところね」
「うん、ヒドい」
昨日のスケジュールは地獄だった。
走り回って駆けずり回って泥にまみれて謎の結界やら秘奥やら神秘やら巨大魔人やら超越生物やらに身体ひとつで突貫して。
気がついたらド深夜のコンビニで意識朦朧の中おにぎりを頬張っているのである。
まぁ、なんだ。
人は色々ありすぎると、色々と失ってしまうのだ。
「あ〜あ」
おにぎりって美味いなぁ。
全身筋肉痛すぎて、咀嚼することすら辛かったりする。
情けなさすぎて言えないが。
【忘れ去られるまで919日】