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1.

 どんどん走って、曲がりくねった道を進み、緑の丘の麓にある、りんごの木の下にやって来る。白い花が満開だった。

 ぶんぶんと歌う蜂。穏やかな光。せせらぎの音。


「ここなら安全だ」


 そう言って俺が立ち止まると、アーサーは息を整えた。


「ケルピーさん、大丈夫かな……」

黒妖犬モーザ・ドゥーグは、死を運ぶものだ。俺や君が触られると死ぬけど、あいつは妖精だから。攻撃を受けても大したことはないはずだよ」


 そう言うと、目をぱちくりとした。


「ぼくら……だと死ぬの?」

「うん、あれ、触れられると死ぬたぐいの妖精だから。出くわしたらとにかく、静かにして行き過ぎるのを待たないといけないんだよ」


 彼は気まずそうな顔になった。


「ぼく、叫びそうだったから……」

「うん? まあ叫ぶよね、あれは。でかいし。ケルピーならうまくやるから大丈夫」


 頭をがしがし撫でてやると、彼は俺を見上げた。


「タカシって豪胆だよね。怖い事とかないの?」

「いっぱいあるよ?」


 笑って答えると彼は目を丸くした。


「そうは見えないけど……」

「黒妖犬と一人で対面したら、怖いさ。死ぬのは嫌だし。大事な人に何かあるのも怖い。家族とか、友だちとかにね。

 俺は人間だから。人間なりの悩みや悲しみ、苦しみはあるよ。迷う事もね。でも、その時その時で、できる限りの事はしようと思ってる。逃げる事だけはしたくないんだ。恐怖や悲しみからも」


 俺は答えた。


「妖精の事でもね。できる限り誠実に対応しようと思っている……さっきはケルピーがいてくれたから、何とかなると思ったんだよ」


 アーサーはふと、表情を曇らせた。


「信頼しているんだ」

「うん? そう……かな」

「あのひと、馬の姿になってたね……」

「ああ、水棲馬ケルピーだから」


 アーサーはちょっと黙った。


「ええっと……ケルピーって……あの」

「うん?」

「あの、……ひょっとして、あのケルピー? 人を食べる……」 


 恐る恐るという風に尋ねる。


「うん。アッハ・イシュキとも言うね。人を食べる妖精だよ。あのケルピーは変わり者で、そういう事しないけど。アンシーリーコート(悪しき妖精)だよ」


 そう答えると、アーサーは黙り込んだ。

 俺を見つめ、りんごの木を見上げ、もう一度俺を見て、困ったような顔になった。


「タカシ。あなた一体、何者なんですか」


 口調が改まった感じになっていた。さっきまではもう少し砕けた口調だったのに。


「普通の人間」


 答えると、アーサーは目つきを鋭くした。


「無理がありますよ、それ。魔法使いですか? それとも何か、神秘を見つけた探求者?」


 俺は息をついた。


「そっちの方が、よっぽど無理がある説明だけど。俺は普通の人間だよ、良くも悪くもね」

「じゃあどうして、アンシーリーコートがあなたの為に働くんです?」

「さあ?」


 首をかしげて俺は言った。


「俺にはわからないよ。ただアンシーリーコートも時には、変わりたいと願う事があるようだ」

「そうなの?」

「あいつはそうだよ。最初は俺を食おうとした。でも今では、やたら人間臭くなっている」


 俺は苦笑らしきものを浮かべた。


「そういうあいつが俺は嫌いじゃない。そう思う。それだけだよ」

「それって、でも……」

「タカシは確かに普通の人間だよ。血筋は多少、こちら寄りだがね」


 不意に、割って入る声がした。俺たちがそちらに目をやると、木の影から青年が現れた。

 若々しい顔に真っ白な髪。薄桃色の瞳。古風で、それでいてきらびやかな衣装を身にまとっている。

 金と緑の刺繍で縁取られた白い上着とフェーリア(キルト)。大きな金のブローチで肩の所で留めたプライド(マント)。赤みを帯びた黄金のトルク。美しい装飾をされた短剣を腰にさし、胸の所で交差しているベルトには柄を金で象嵌された長剣をさしている。

 ただ、彼の物腰は優雅で、詩人めいてもいる。穏やかな表情を浮かべる優しい顔を見ても、そんな印象が強かった。

 布地の下からのぞく手足を見れば、彼が武器を持って戦える存在であるとすぐにわかるのだが……。

 光が中からあふれ出しているような存在感がある。シーリーコート(善き妖精)の特徴だ。


「普通とは、特別だと言うことだからね」


 穏やかに言うと、彼は俺の前に立った。



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