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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
帰還。そして、出会いました。
44/45

1.


 気がつくと、誰かの腕の中にいた。


「ん……?」

「気がついた? 急に倒れるから驚いたよ」


 柔らかな声。でも少し、イントネーションがおかしい。身じろぐと、俺を支えていた腕の力が弱まった。


 えーと、これはどういう状況……?


 周囲を見回す。家の近くだ。曲がり角があって、その先にうちがある。横には外車。ああ、そうだ。妖精郷に行く前に、俺は確か、これをよけようとして……、

 そこで俺は、まだ俺の体に手を回している男に目をやった。立派な体格の、背の高い外国人。

 アングロサクソンばりばりで、きらきらした金髪の、やたら派手な顔だちの。


 うわー。王子さまだー。


 瑠璃子が見たら狂喜乱舞するだろう。それぐらい気品あふれる、やたらと美形な男だった。大人の色気らしきものを振りまいている。

 そんな彼が、俺を見てにっこりと微笑んでくる。えーと。


「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」


 とりあえずそう言ってみると、「しゃべってるじゃない」と言われて大笑いされた。


「相変わらずだね、タカシ」

「え? ええっと? どちらさま」

「アーサーだよ。こうして会うのは二十一年ぶりだ」

「あ?」


 俺は愕然となった。


「アーサー? アーサー・ハーコート?」

「覚えていてくれたんだ! うれしいよ」


 そう言うと、男は俺を抱きしめた。


「えええ? でもだってアーサーは九歳……、あ」


 時間のねじれ。


「本当に、アーサー?」

「そうだよ。随分長い間、君を探した」


 しみじみと、男が言った。


「時間が食い違っているとは思わなかったし。手がかりはこれしかなくて」


 俺を解放した男がスーツの胸ポケットから取り出したのは、古ぼけたフィギュア。


 タイニー・ケイティ。


 ついさっきまで新品だったはずのそれは、二十一年の歳月を重ねて、くたびれたものになっていた。


「俺が……あげたもの?」

「うん。チョコバーもくれたよね。あの後、夜明けまでの間に食べちゃったけど。包み紙はとっておいたんだ。捨てられなくて」


 彼はポケットから、ぼろぼろになったチョコバーの包み紙を取り出して見せてくれた。いや、捨てても良いと思うよそれは……。


「これでわかったんだけれどね。時間が違っていたって」

「え?」

「ほら、ここ。賞味期限。あり得ない表記だったから」


 そこには日本語で、『賞味期限』と書かれ、今年の年月日が記されている。


「日本語のできる人を見つけて訳してもらったんだけれど、最初は信じられなかった。なんでこんな未来の年月日が書かれているんだって。それで色々考えて、君が未来から来たんじゃないのかって結論に達してね」

「は」

「ただそれが、何年後の未来かはわからなかった。だから、必死で勉強をしたんだよ。日本語とか、日本の風俗とか」


 なぜに。


「だって君と会った時、言葉が通じるようにしておきたいじゃないか!」

「ええっと……」


 言葉が通じるのはありがたい。ありがたいが。


「どうしてそこまで……」

「君がわたしの、恩人だからだ」


 真面目な顔になって、彼は言った。


「君があの時、なにをしてくれたのか。正直言って、今でも良くわからない。わかる事は、君がわたしを助けてくれたという事だ。

 迷っていたわたしを、助けてくれた。家に帰れるよう、導いてくれた。

 化け物が襲ってきた時、かばってくれた。自分だって、怖かったはずなのに。君は、そうしてくれた。子どもだったわたしのために。自分の命をかけて。

 うれしかったんだ。今も感謝している」


 背の高い美形が真面目な顔で言うのは、やたらと迫力があった。間近で見ているとかなり緊張する。


「それだと俺がすごく、自己犠牲の精神でがんばったみたいに聞こえる……ええと。ちょっと待って。まだ頭が追いついていなくて」


 困惑したまま言うと、「ああ」と男は言った。


「そうか。そうだね。君、今、意識がもどった所だし。ごめんね。うれしかったものだから、急いでしまって」

「ああ、いや。ええっと。確認させてくれ。本当に、アーサー?」

「そうだよ」


 にっこりする迫力美形。


「じゃあ、俺たちが会ったのって……二十一年前? そんなに昔?」

「わたしにはね。君にはついさっき?」

「え、そう。さっき、九歳の君……、と別れて戻ってきた」


 答えると、「そう」とアーサー(大)はうなずいた。


「妖精の国は、時間や空間がねじれたりつながったりする。君が言っていた通りだ」


 懐かしそうに俺を見る、アーサー(大)。信じられない。あの子がこんな風に育ったなんて。

 促成栽培そくせいさいばいにもほどがあるだろう!


「大丈夫かい、タカシ」

「あんまり大丈夫じゃない……育ちすぎだろう、おまえ……」

「え、そう?」

「だって、さっきまで子どもだったのに!」

「ああ。うん。ごめんね?」

「いや謝らなくて良いよ。謝る所じゃ……あー、もう。八つ当たりしてどうするんだ、俺」


 はー、と息をつくと、俺はアーサー(大)を見上げた。


「無事に戻れたんだな。良かった。心配したんだ。子どもが一人、夜明けまで大丈夫かなって」


 アーサー(大)は微笑んだ。


「少し寒かった。でも、大冒険だったからね。興奮して、寒さはあまり感じなかったよ。

 ただ、やっぱり体は冷えていたらしい。暗かったしね。太陽が昇ってきた時は、……感動した。命は、ここから来たんだなって思った」


 俺は何となく、その時の様子が想像できた。暗い中にぽつんと一人たたずむ少年。そこへ太陽が、最初の光を投げかける……。


「家に戻ると、叱られたよ。泥だらけだったから。

 だけど、わたしの話は、母以外は誰も信じてくれなかった。夢でも見たんだろうと言われたよ。

 悔しかった。それで、何とかして君を探そうと思った。でも、どうやって探せば良いのかわからなかった。

 だから、とにかく日本語を勉強しようと思ってね。その時に」

「うん」


 律儀なやつだな、と俺は思った。


「それで日本文化も学んだ……それが、わたしの人生を変えたんだ」

「は?」

「日本のアニメは素晴らしいよ!」


 さわやかに、でも力強く、貴族階級出身らしき金髪美形は言い切った。


「力強く、でも繊細なストーリー。人間の心理を鋭くえぐった内容。時にエロスを感じさせる、パトスあふれる作品!

 わたしは、日本のアニメを見まくったよ! アキハバラには是非行こうと、心に誓うようになったんだ!」

「……」


 オタクだ。オタクがここにいる。


 妖精の国に迷い込んだいたいけな少年がアニメに目覚め、オタクと化すなんて、誰に想像できただろう。俺にもできない。


「アーサー……それで日本に?」

「うん。実は、君の居所は、五年ぐらい前からわかっていたんだ」

「はあっ?」

「母がね。留学生のタカフミを覚えていた。ノーラ・グウィンと結婚したタカフミ。ノーラは母の友人だったそうだよ」

「え……」


 ばあちゃんの友人?


「ハーコート家には、妖精の血が流れているんだ。それも母から聞いた。母だけは、わたしの言う事を嘘だと決めつけなかったよ。妖精の血が、わたしたちを引き合わせたのだろうと言った……ノーラは妖精だったんだろう?」

「う」


 バレてるよ、ばあちゃん。


「そういう訳で、君の居所はつかめたんだ。でも、会いに行ったら、君はまだ十五歳で。わたしと出会う前だった」

「ああ、そうだな。さっき会った所だから……って、会いに来ていた? 俺が十五の時? 覚えてないぞ」

「物陰からこっそり見てたから」


 ストーカー?


 うさん臭そうなまなざしになった俺に、アーサー(大)はさわやかな笑みを向けた。


「あ、大丈夫。ストーカーみたいな事はしていないから。わたしにも仕事があるからね。そんなに暇でもなかったんだよ」


 それはそうだ。とは思うが。

 笑顔に裏があるように思えるのは、なぜだろう。


「だから、待ったんだよ。君が二十歳になるまで」


 咳払いをしてから、アーサー(大)は言った。


「出会った時、君は二十歳だと言っていた。旧暦のミッドサマー・イヴの事も話していた。君の時間でも、旧暦のミッドサマー・イヴの日だったんだろうと見当をつけたよ。その日になれば、君は、わたしと会う。それを待った。待ち遠しかったよ……」

「律儀だな。それで何年も待ったのか」

「君は、わたしの人生を変えた人だから」


 アーサーは微笑んだ。


「大げさだよ」

「大げさじゃない。君と出会った事で、わたしの人生は変わった」


 英国貴族出身のノーブルな青年は目をうるませ、頬を染めた。そうして魅惑的な低音で、愛を語るかのようにささやいた。


「アキハバラは素晴らしかったよ……」

「……」


 もう何も言うまい。と俺は思った。



 この後、母に挨拶をしたいというアーサー(大)を俺は家に連れて行き、そこで彼が『妖精天使タイニー・ケイティ』の原作者である事が判明する。

 時間のねじれは、とんでもない影響をもたらしていたのだった。



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