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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
ホーム・スイート・ホーム。~さあ、帰ろう。
43/45

4.

* * *



 妖精の輪は、しばらく明滅しながら輝いていた。けれども、次第に光は薄れ。

 ゆっくりと、消えた。


「あちらで、太陽が昇ったな」


 トリスタンが言った。


「やっぱり、貴族の子だったのか。ロード・グレイ……跡取り息子らしいな」


 俺がつぶやくと、ケルピーが面倒くさそうな顔になった。


「どうでも良い。ただの人間だ」

「俺もただの人間だよ」

「おまえは違う。俺たちにとって『大切な』存在だ」


 真面目に言う彼に、苦笑した。


「人の世の身分など、我らになんの関わりがある。君が望んだから手を貸した。それだけだ」


 トリスタンが言う。彼にとってアーサーは、本当にどうでも良い存在だったのだ。それこそ、道端の小石のように。

 彼らの愛情や好意を、疑ったことはない。

 けれど、その冷淡さを怖いと思う。


「あの子が帰れて良かったって、そういうのもあるんだ。だから、……俺は、うれしいんだよ」

「そうか」

「なら、良い」


 ふっ、と微笑んだケルピーと、うなずいたトリスタン。

 俺を基準にしてなら、人の世や、人間に、譲歩できるのだ、彼らは。それが少し悲しくて。怖くもあって。

 でも大切だ。

 俺にとっては。大切な、相手なのだ。

 相反する感情を抱く、この矛盾。それも。

 俺が、人であることを選んだがゆえに、ここにある。



 なお、付け加えておくが、俺が抱いているのは、あくまでも友人の範囲内での好意だ。最大限に譲歩して、家族に対する親愛の情だ。それ以上はない。断じてない。腐った人たちの期待するようなものは、何にもない。ないったら、ない。念のため。



「最後、ホーム・スウィート・ホームをあの子が思いついてくれたのも、良かったな。

 俺、なんにも思いつかなくてさ。もうちょっとで『にんげんっていいな』を歌いだすとこだった」


 そう言うと、ケルピーが首をかしげた。


「なんだそりゃ。どんな歌なんだ、それ?」

「アニメのエンディングテーマ」


 『まんが日本昔ばなし』。ばあちゃんと母さんが好きな番組で、子どものころから、再放送やら何やらを、いろいろと見せられた。


「ああ、熊の子どもや、米のごはんや、風呂が出てくる歌だな」

「なんで知ってるんだ、トリスタン」


 相槌を打った白い妖精騎士に驚いた。


「子どものころ、君が歌って聞かせてくれたじゃないか。あの歌なら、覚えているから伴奏できるよ」


 竪琴で奏でだす。ローカルなアニメのエンディングテーマを。神々しいとさえ言える容姿の、白い騎士が。

 ギャップがすごすぎる。

 そう思っていたら、なぜか目線でほら、とうながされ、俺は歌う羽目になった。


「なにこれ、なんの罰ゲーム」

「タカシ、二番がまだあるぞ」


 子どものころは何とも思わず歌っていたが、良く考えてみるとこの歌詞は、人間以外が人間をうらやましがっている内容だ。それを妖精たちの前で歌うって、どれだけ強心臓だったんだ、子どものころの俺。


「おもしろい歌だな~。もう一回、歌ってくれよ」

「いやもう、ヤメテ。恥ずかしすぎる」


 恥ずかしいと言うか、つらいと言うか。


「良いじゃないか。もう一回、最初から歌ってみようか」

「イジメ? イジメですか、トリスタン!」



* * *



「それで結局、俺はどうしてこっちに来たのかなあ」


 結局、三回も歌わされ、精神的にぐったり疲れた俺は座り込んだ。俺も帰らないとな、と思いながら言うと、それに答える声があった。


「どうしてって、呼ばれたからに決まっているだろう」


 軽やかな足音と共に、金髪の美少女が現れた。ケルピーが、げっ、という声を漏らした。トリスタンが居住まいを正す。


「ばあちゃん」


 どう見ても俺より年下にしか見えない金髪美少女、でも実は数百歳のノーラばあちゃんは、腰に手を当てて俺を見上げた。


「えらく懐かしい歌が聞こえてきたから、何事かと思ったら。色々あったみたいだね、タカシ? しかも時間がねじれてる」

「え?」

「おまえの周りで時間のねじれる匂いがしてるんだよ。何があったのか、とっととお話し」


 それで、ざっと事情を説明すると、ばあちゃんは、ふーんと言った。


「何にでも好かれて、厄介な子だねえ」

「いや、今回は別に何かに好かれたわけじゃ」

「お黙り。話を聞いただけでも、あれこれタラしまくってたのがわかるよ。少しは自覚を持ったらどうだい」


 ケルピーとトリスタンがうなずいている。えっ、なんで。


「自覚って言っても……本当に、今回は偶然だし。さっき呼ばれたって言ってたよね。俺、何に呼び込まれたの? そこから帰らないと」


 俺が言うと、ばあちゃんは、ふう、と息をついた。


「自分で言ったじゃないか。輪に呼ばれたんだろう」

「え、それはアーサーで、」

「おまえもそうだよ。時間がねじれてるって言ったろ? 

 話に出てきたその子どもだけどね。おまえの時間の中では、おそらく、過去か未来に住んでるよ」

「そう、なの……?」


 まばたいて俺は、消えてしまった妖精の輪の方を見やった。


「妖精の輪って、そういう事もあるんだ?」

「まあね。何年も続いた行事には、時間を重ねる意味があるから。たまに遠い過去や未来が紛れ込む。

輪は、結ぶ力も持つからね。子どもを引き寄せると同時に、おまえをも引き寄せて、ここで出会わせたんだろう」


 ノーラばあちゃんはそう言うと、「妙な真似はしなかったろうね?」と尋ねた。


「妙な真似って」

「過去や未来を変えるような真似さ」


 自分の言動を思い起こす。


「特に問題はなかったと……お菓子は、食べたらなくなるものだし。あ。あのフィギュア、まずかったかな……?」


 彼が未来の人間ならば、問題はない。だが過去の人間だとしたら、まだ始まってもいないアニメの、主人公の人形を渡してしまった事になる。


「んー、でも、名前とかは教えなかったし? 国も違っているし。ぎりぎりセーフ?」


 アニメの名前は教えなかった。だから、アーサーにとっては、ちょっと可愛い人形ぐらいじゃないだろうか。大体、『似てる』発言で教える暇がなかったし。


「なにブツブツ言ってるんだい。何かやらかしたのかい?」

「人形をあげたんだけど。多分問題ないと思う」

「そうか。それじゃ、おまえもそろそろ戻らないと」


 ばあちゃんは俺を引っ張った。


「戻るって、俺、どこから帰れば良いの? 何だか良くわからない内に来ちゃってたから」

「そんなこったろうと思ったよ。あたしがどうして来たと思ってるんだい。送ってやるから感謝しな」


 そう言ってばあちゃんは、オトコマエに笑った。おお、格好良い。


「するする、感謝する。ばあちゃん素敵! カッコイイ! ひゅーひゅー」

「なんか、適当な感じだねえ」

「いや、心の底からそう思ってます。ばあちゃん、大好き!」


 そう言うと、「ああ、そうかい」とうざったそうに言われた。ひどっ。


「えー。タカシ、もう帰るのか?」

「ああ、ケルピー。色々ありがとう。助かったよ。トリスタンも、ありがとう。俺のこともだけど、アーサーを助けてくれて」

「あんな子ども、どうだって良かったんだがな」

「礼など言われても困る。君の頼みだったからだ」


 ケルピーは顔をしかめ。トリスタンも面倒くさそうに言った。

 俺は、でも。言葉に心を込めるようにして、言った。


「それでも、言わせてくれ。言いたいんだ。ありがとう。二人がいてくれて、良かった」


 感謝の気持ちと、二人に対する好意を、言葉に込められたと思う。

 すると、沈黙が落ちた。


「き、気にするな。わたしがやりたくてした事だ」

「お、俺は……おまえが喜ぶんなら……その」


 トリスタンは目線を逸らし気味にし、竪琴をもてあそぶように指をうろうろさせ始めた。ケルピーも挙動不審になり、乙女のように恥じらい出した。


「おまえ……やっぱりそっちの趣味があるのかい、タカシ」


 その様子を見ていたばあちゃんが、横目で俺を見る。


「そっちの趣味ってなに」

「男の方が好きなのかい」

「はあっ!? なんでそうなる……ない。そんな趣味ない!」

「だったら男相手に、色気振りまくのはお止め」

「振りまいてない。振りまいてないから!」

「無自覚かい。どうしようもないね」


 舌打ちするとばあちゃんは、俺を引っ張った。


「とにかく早くおいで。間に合わなくなるよ」

「間に合わないって……」

「辻褄合わせをしなきゃならないんだよ。時間のねじれが一気に戻ってくるから! ほら。おまえの時間が呼んでるよ!」


 そう言うと、どん、と俺の背を押した。


「わ、」


 つんのめった俺は、一気に何かの穴に飛び込んだ。そのまま落下する。


「うわあああっ?」

「エリコとルリコによろしく言っといておくれ。愛しているってね!」


 最後に聞いたのは、そう叫ぶノーラばあちゃんの声。




「にんげんっていいな」

山口あかり作詞・小林亜星作曲


この歌が好きな人、わりといるみたいですね。


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