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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
ホーム・スイート・ホーム。~さあ、帰ろう。
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3.

「アーサー。輪の中心に立って。不安定になっているから、急いだほうが良い」

「どうして不安定なの?」

「人間の世界での時間がぎりぎりだ。向こうは、こっちよりも流れるのが速いんだ。中心に立って、家の事を考えて。家族の事を。できるだけくわしく」

「どうして?」

「力を君の記憶で補強するんだよ。会いたい人の顔を思い浮かべたら、その思いが君を家族の元に届けてくれる」


 アーサーは真面目な顔で俺を見つめた。


「そうなの……?」

「そうだよ。妖精の世界は複雑に見えてシンプルだ。力もね。世界で一番古くて、強い魔法があって、その法則に全て従うから」

「それって、……どんな魔法?」

「誰かを思う心」


 微笑んで俺は答えた。


「愛とも呼ぶね」


 アーサーは俺を見つめ、それからふふっと笑った。


「タカシはロマンチストだ」

「自覚してるよ。さあ、急いで。向こうに戻ってから、一人で家に帰れるかい? 暗くて道がわからないようなら、明るくなるまで動くんじゃないよ。そこにじっとしていると良い」

「あの」


 ためらうような顔をしてから、アーサーは尋ねた。


「タカシは一緒に来てくれないの?」

「俺は、コーンウォールには行けない。日本に戻らないと。一人だと怖い?」


 アーサーは何か言いかけて、それをやめた。けれど俺の手をぎゅっと握ってきたので、正解だろうと俺は思った。


「アーサー。これ」


 何か力づける事はできないかと考え、ふと思いついてポケットをさぐった。ケータイを取り出す。タイニー・ケイティのフィギュアを取り外す。


「え、何これ? 天……むぐ」

「人を助けてくれる存在だ。君にあげるよ」


 ケルピーが側にいるので、天使や神といった言葉はあまり使えない。天使と言いかけたアーサーの口をふさぐと、そう言って俺は押しつけた。アーサーは目を白黒していたが、受け取って眺めた。

 そして、一言。


「タカシに似てる」


 ……。

 ここで、それ? ここでそのセリフ? 

 どこが。どこが俺と似てるんですか!

 羽はやしてミニスカートで、きゃるんっ☆ ってポーズ取ってるこの人形のどこが、二十歳過ぎた!(ここ重要)男に!(ここさらに重要)似てると! 言うんですかっっっ!


「似てないから。全然似てないから」

「でも顔とか」

「俺には胸ないし、スカートはく趣味もないから!」


 断言すると、アーサーは黙った。俺から何か、ものすごい圧力を感じたらしかった。


「ああ、これもあげる。お腹がすいたら食べて」


 そこでふと、チョコバーがあった事を思い出して取り出すと、アーサーは首をかしげた。


「ここで出されるものは、食べたらいけないんでしょ」

「俺は人間で、これはコンビニで買った普通のものだから大丈夫。食べかけで悪いけど」

「ううん。ありがとう」


 にっこりしてアーサーは受け取った。


「さあ。輪の中心に立って」


 急かすと、素直に従った。輪の中心に立つ。


「ねえ、タカシ。向こうに戻ったらまた会える?」


 アーサーが尋ねる。輪の外側に立って、俺は微笑んだ。


「そういう運命なら会えるよ」

「どうして運命?」

「日本とコーンウォールは遠いから。それに向こうに戻ったら、言葉が通じなくなる。君も、俺のこと忘れるかもしれないだろ」


 アーサーは、きっとした顔になった。


「忘れない! こんなに親切にしてくれた人の事、忘れるわけない。日本語を勉強するよ。それで、タカシに会いにいく」

「それは良いな。じゃあ、俺のフルネームを教えておくよ。瀬尾隆志。セノオ、タカシだ」

「セノー、タカシ……」


 舌先で転がすように音を発音して、「難しいね」とアーサーは言った。


「発音しにくいか。そうかもね」

「セノー……この言葉には、何か意味があるの?」

「瀬の尾……、セは川の事だ。オはしっぽ。セノオは、下流の……穏やかな流れの辺りだよ。」

「穏やかな流れ」


 アーサーはつぶやいた。


「高く上げる意志……セノー・タカシ」


 妖精の輪が、明滅する。力が消えようとしている。


「閉じかけてる。まずいぞ、このままじゃ」


 ケルピーが言う。リングを見つめていたトリスタンが、いきなり「歌え」と言った。


「タカシ。歌え。君の歌でも補強はできる。その子どもを無事に帰したいのなら」

「なんの歌を?」

「家に帰る意味があれば、何でも良いだろうよ」

「家に帰る……どんな歌があったっけ」


 言われて、慌てて頭を働かせた。えーとえーと。

 焦ったが、それらしい歌を思いつけない。思わず頭を抱えた。何か出てこいよ、俺の頭! 

 すると、突然。アーサーが歌いだした。


「にぎやかな場所に行ってみた すてきなお城に暮らしてみた

 でもわたしには お家が一番 まずしくても」


 一瞬、リングの光が強くなった。けれども、すぐにまた弱くなる。


「その歌」

「あ、あの、家に帰るって……これかなって」


 俺の言葉に、自信なげに子どもが言った。


「ホーム・スウィート・ホーム?」


 イギリス民謡だっけ。なつかしのメロディってやつだ。


「う、うん。あの。お母さんが、この歌、好きで。おじさんも」


 家族が良く歌っていた、思い出に直結する歌。

 それは今、ここで。何よりの力になる。


「アーサー! そのまま歌って、それ!」

「えっ、ぼくが歌うの?」

「それが鍵になるから。歌って!」

「で、でも。歌うの、タカシじゃないの? ぼく、上手じゃないよ?」

「俺だって、上手いわけじゃない」


 そう言うと、子どもが押し黙り。次の瞬間、叫んだ。


「なに言ってるの! あんな怖い妖精を回心させて、つかまってた人を天国に帰せるような歌、歌ってたくせに!」


 え。


「ぼくみたいのが、そんなうまい人の前で歌えるはず、ないでしょう!」


 涙目で子どもが叫ぶ。いや。


「俺、歌、うまいか……?」


 困惑気味にトリスタンを振り返って問いかけると、白い妖精の騎士は肩をすくめた。


「それなりだ」

「こう言ってるぞ。それに俺、他にもいろんな妖精に音楽、習ったりしてたけど。みんな下手だなあって言ってたぞ」


 そう言うとアーサーは、「基準がおかしいよ!」と叫んだ。


「普通、歌や音楽を、妖精から習う人はいないから。妖精と比べる人もいないから。タカシの歌は感動モノだったんだよ、ぼくには!」

「えっそうなの? うわ~照れる~」

「そんな人の前で歌うの、恥ずかしいじゃないですか!」

「でも俺、アーサーの歌が聞きたいよ」


 俺の歌に感動したというアーサーに、その実ものすごく照れながら、へらりと笑って俺は言った。


「今、リングの力が安定した。君の歌が鍵になったんだ。

 言ったろ? 君の、帰りたいって心が向こうと道をつなぐって。

 さっきのは、君にとって大事な歌だよね。家って言ったら、すぐに口から出るような。大事なのはそこなんだよ。

 歌って。アーサー。君の言葉で。

 俺は、それが聞きたいよ」


 子どもは、俺を見つめた。

 それから、ぼんっという音が聞こえそうなほど、一瞬で真っ赤になった。


「あうあうあわわわ」


 意味不明な事を言っている。あれ?

 すると、ぽん、と肩に手を置かれた。


「君ね。こんな子どもを口説いてどうするんだい」


 振り向くと、トリスタンが冷たい目で俺を見ていた。えっ、口説く?


「してないぞ。そんなこと」

「頬を染めながらうるんだ瞳で、はにかみ笑いをしつつ『俺のために歌ってくれ』なんて言われて、平静でいられる男がいるとおもうのかい?」

「なにそれ。確かにちょっと照れてたけど……おい。なに力込めてるんだ。痛いぞ、肩!」

「どうして、わたしには、言ってくれないんだい?」

「タカシィィィ! おれ、俺も歌うから! そんな子どもに色目を使うなあああ!」

「なんでケルピーまで! 色目なんて使ってないから! あ、こら、近づくな、電撃ばりばりになるだろ、また!」


 ぎゃーぎゃー騒いでいると、リングの中で、子どもが脱力した感じに「無自覚ですか~……」とつぶやいた。なにが。


「ごめんなさい。いろいろ規格外の人に、常識で話をしていたぼくが悪かったです」

「なんだか急に君が大人になったかのように見えますが、アーサー」

「悪女にたぶらかされるのも、男にとっては、悔いのない人生だって言った人がいるんです。親戚に。意味がわかってしまった自分がちょっと悲しい」

「なにそれ、すごい親戚……でもなんで、いきなりたそがれてるの、君?」


 どこかに悪女がいましたか? と首をかしげていると、アーサーが笑った。


「もう一度、言ってください」

「なにを?」

「ぼくの歌が聞きたいって」

「え、ああ。

 歌ってくれ、アーサー。君の歌を。君の言葉で。

 俺は、それが聞きたい」

「はい」


 子どもは、うなずいた。

 視線を落として、それから手にしたフィギュアに気づいたという顔をして。それを見つめてから、顔を上げた。

 何かを決意したかのような、しっかりした顔で。

 息を吸い込む。口を開いた。


「にぎやかな場所に行ってみた すてきなお城に暮らしてみた

 でもわたしには お家が一番 まずしくても」


 ホーム・スウィート・ホーム。

 元はオペラのアリアだった、今ではフォークソング扱いの歌。旅路の後には思わず口にしてしまう、慣用句にすらなってしまった、我が家が一番と歌う歌。


「なんてきれいな空 ああ なつかしい

 悩みも苦しみも どこかにいってしまった

 世界中探したって こんな素敵な場所 他にはない」


 優しく、覚えやすいメロディ。親しみやすい歌詞。

 彼の歌っているのはたぶん、英語だが、俺の耳には日本語に聞こえる。

 けれど、意味は変わらない。歌に込められた意味は。


「ホーム、ホーム、スウィート、スウィートホーム

 帰って来れた ああ、やっと

 ここより素敵な場所はない」


 不意に、竪琴の音がした。トリスタンが伴奏を始めている。

 子どもは一瞬、びっくりした顔をしたが、すぐに二番に取りかかった。


「どんなに ちやほやされたって

 故郷を遠く はなれているなら さびしいばかり

 わらぶきの あの 小さなお家に 帰りたい

 わたしが呼んだら 小鳥たちがやってきて歌ってくれる

 帰りたい ただただ 帰りたい


 ホーム、ホーム、スウィート、スウィートホーム

 ただいま ただいま わたしのお家

 ここより素敵な場所はない」


 声は、最初自信なさげだった。けれど、歌っているうちにだんだんと大きくなっていった。

リングが、力を取り戻す。アーサーの歌と、そこに込められた心に反応した。


「ホーム、ホーム、スウィート、スウィートホーム

 帰って来れた ああ、やっと

 ここより素敵な場所はない」


 二番を歌い終わったアーサーに、俺はリングの外から繰り返し部分を歌った。アーサーは、えっ、という顔をした。けれど、俺がにっこりすると、すぐに俺の声に合わせた。


「ホーム、ホーム、スウィート、スウィートホーム

 ただいま ただいま わたしのお家

 ここより素敵な場所はない」


 トリスタンの竪琴が終わる。

 フェアリー・リングは、まぶしいばかりの光を放った。

 道がしっかりとつながったのを、俺は感じた。


「帰れる……?」

「帰れるよ。お母さんのことを考えて!」


 歌の意味。


 『お家が一番』。


 この歌に支えられたフェアリー・リングはきっと、彼を、家族の元に連れて行ってくれるだろう。

 輪の中で、アーサーが俺を見た。


「タカシ、ありがとう」

「良いから! お母さんや家族のことだけ考えて」

「名前、ちゃんと名乗ってなかった。アーサー・ロイド・ハーコート。ロード・グレイ。忘れないで!」


 彼の姿が、きらめいて薄れる。


「忘れない。さあ。おうちに、お帰り」


 うん、とうなずく子どもの姿が光に包まれる。

 そうして……消えた。



ホーム、スウィートホーム 作詞:ジョン・ハワード・ペイン 作曲:ヘンリー・ローリー・ビショップ

作中の歌は、ゆずはら訳。


19世紀のオペラ「ミラノの乙女」のアリア。オペラは忘れられてしまいましたが、このアリアは親しまれ、残りました。

日本では、「埴生はにゅうの宿」「楽しき我が家」のタイトルで知られています。


もともとは、故郷を思いながらヒロインが歌う歌なんですが、現在では家に帰った人が「ホーム、スウィート、ホーム(あ~、帰ってきたなあ)」みたいに使うらしいので、こう訳してみました。

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