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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
ホーム・スイート・ホーム。~さあ、帰ろう。
41/45

2.

* * *



「ここ?」

「ああ。リングが見えないか?」


 たどり着いた場所は、丘の麓。目を凝らすと、地面に魔力の光があった。輪を描いている。


「本当だ。この先、ちゃんとこの子の世界につながっているかな?」

「それはわからんが。この辺りで開いたのはここだけだ」


 ケルピーの言葉に、俺はアーサーを背中から降ろした。


「それなら大丈夫か。アーサー、ほら。起きて」


 うー、とか、むー、とか言いながら、子どもが目を覚ます。


「タカシ……」

「起きた? 立てる?」

「はい……」


 ぼんやりした顔で、ふらふらしながら立つ。


「もう少しだからな。周りの様子、見てくれ。見覚えあるか? この辺り」


 言われて周囲を見回したアーサーは、目をこすりながら、「何となく」と答えた。


「ほら、しゃんとして」


 地面に膝をつき、下から子どもを見上げながら、ぺちぺち、と頬を軽く叩くと、覚醒してきたらしい。ぶるっと頭を振ってから、俺を見た。手を伸ばしてきたので、何かと思ったら、俺の手を取った。

 きゅっ、と指を握られる。


「アーサー?」


 しばらく何も言わず、そのままだったが、やがて子どもは俺の手を離した。


「タカシ。リングの力が弱まっている」


 そこで、トリスタンが声をかけてきた。俺は顔を上げた。


「向こう側の時間が、夜明けに差しかかっているんだ。急がなければ、ここで一年待つ事になるぞ」

「アーサー」


 呼びかけると、子どもは、うん、とうなずいた。

地面に光る魔力の輪は、明滅していた。確かに、不安定になっている。


「アーサー。地面に光っているもの、見えるか」


 尋ねてみると、アーサーはうなずいた。


「うん。輪? みたいになってるけど、これ? 何だか、……弱ってるみたい。あちこち、薄くなってる……」


 ああ、『見える』目を持っている。


「こういうの、前から見えた?」

「えっ? えーと……」


 とまどったような顔になってから、アーサーは尋ねた。


「わからない。これって、普通は見えないものなの?」

「見える人もいれば、見えない人もいるね」


 大した事ではない、という風に言うと、ふうん? と子どもはつぶやいた。

 彼が『見える』のが、俺と出会って妖精の血が活性化したからでなければ良いが。


「君は、『見える』目を持っているのかもね。気をつけないといけないよ。また妖精の輪にひっかかったりするかもしれないから」


 忠告すると、目をぱちくりとした。


「『見える』目?」

「うん。君がこっちに来たのは、しかるべき時に、妖精の輪の中に踏み込んでしまったからだ。でも多分、それは偶然じゃない。力は力を呼ぶから。輪の方で、君を呼んでしまったとも考えられるんだよ」

「輪、が呼ぶ……?」

「向こうに戻っても『見える』ままかどうかはわからない。ここだから、見えているのかもしれないから。

 『見えて』いても、大きくなれば、見えなくなる人もいる。そっちの方が多いな。

 ただ、君はここに来た事で、多少……、その、多少、こちらの影響を受けやすくなってしまった。だから、気をつけて欲しい。また迷い込む事のないように。

 今回は、俺がいた。でも次は、俺がいるとは限らないから……」


 アーサーはひゅっ、と息を吸い込んだ。それから、神妙な顔でうなずいた。


「気をつけるって、どうすれば良いの……?」

「この先、ミッドサマー・イヴやサウァン……ハロウィーンの夜には出歩かないようにして。人間の世界とこっちとの、境界線がゆるむから」

「うん」

「もし、向こうに戻っても『見える』ままだったとしても。怖がらずに、そういうものだと思っておいてくれ。

心を柔軟に、でも強く持ってほしい」

「うん」

「その上で、……そうだな。古い言い伝えにも、大切な事が隠されていたりする。やってはならない事とか、近づいてはならない場所とか、妖精に関した話は、気をつければ耳に入るはずだ。その決まりをできるだけ、守るようにしてくれ」

「そうすれば、大丈夫?」

「多分ね。探せば、詳しい人もいるだろうし。それに小さな妖精たちは、心の優しい人が好きなんだ。悪さをするものがいれば、警告してくれるかもしれないよ。そんな時には、ありがとうと。そう言ってあげて欲しい」

「うん」

「特別な事じゃないんだ」


 俺が言うと、アーサーは首をかしげた。


「世界に、力が流れているのも。妖精の世界があって、それが俺たちに、時折、顔を見せてくれるのも。

 特別な事じゃない。当たり前の事だ。

 ただ、気がつくか、気がつかないか。それだけで」


 アーサーは、黙って俺を見ている。


「『当たり前』は特別で、『特別』は、ごく普通の出来事だったりするんだよ」

「シェイクスピア?」


 アーサーは小さく笑った。


「キレイは汚い。汚いはキレイ」


 その年齢で読んでいるのか、シェイクスピア。『マクベス』の中のセリフだろ、それ。


「ああ……、ニュアンス似てるよな。あのな、アーサー。『当たり前』な出来事を大切にできるんなら、『特別』はもっと、優しくて、素晴らしいものになるんだ。

 世界は、人間だけでできている訳じゃない。

 それを忘れずに。少しの敬意を込めて。人間以外にも気をつけてあげる。

 そんな風に、世界を見て欲しい」


 アーサーは、じっと俺を見つめた。

 それから、うなずいた。


「ねえ、でも、……タカシ。ぼく、ちょっと、怖いよ」


 うつむくと、小さな声で言う。


「そう?」

「また、あんなのと出くわしたら……そう思ったら。怖い。ぼく、弱いね。タカシみたいに、勇敢になれたら良いのに」

「俺も、勇敢だったわけじゃないよ」

「そんなことない。タカシは臆病じゃないもの。あんな怖い妖精に、立ち向かって」

「怖かったよ」


 俺が言うとアーサーは、えっ、という顔をした。


「怖かった。逃げ出したかったよ、本当の所。あの妖精、殺す気満々、不運をまき散らす気満々だったし。ガタガタ震えてたんだよ、本当は」

「え……、でも、」

「見栄を張ってた。それだけだ。俺は、……俺だって、臆病者の弱虫なんだよ」

「ちがうよ! タカシは、強くて、ぼくを助けてくれて、……だから! あんなの、絶対怖がったりしてなかったよ!」


 声を上げたアーサーに、「人の子」とトリスタンが呼びかけた。


「あれは死を運ぶものだった。間近で見て、怖くないなどと言う者は、愚かだ。恐れるべきを恐れないのは、勇敢なのではない。無知で愚かなのだ。触れられれば死ぬ運命を運ぶ者。恐れない者がいようか?」

「でも……タカシは」

「タカシは向き合った。逃げなかった」


 トリスタンは静かに言った。


「恐れるべきを恐れ、その上で向き合った。そうして己の果たすべきつとめを果たした。覚えておくが良い。それこそがこの世では、勇敢だと称賛される行動なのだよ」


 トリスタン。アーサーとの関わりをあれこれ言ってたくせに、何なんだ、そのコメント。せっかく、弱虫ですアピールしていたのに。


「なんか俺が大層な事やったみたいに聞こえるから、ヤメテ」


 ぼそっと言ってから、俺は、アーサーの方を向いた。

 子どもは真剣な顔で俺を見ていた。う。どうしよう。


「あ~……あのさ。正直言うと、ほんと、怖かったし。今も怖い。二度とやりたくないよ。臆病とでも何でも言ってくれ。あいつが突進してきた時、本当に逃げたい気分だったんだから」

「そうなの?」

「そう。だから、」

「俺でもそう思う」


 いきなりそこで、ケルピーが同意した。え?


「好みじゃないのに抱きつかれると、困るよな!」

「そっちか? そっちなのか? おまえの逃げたい理由って!」


 違うだろう、色々と。


「だって俺、あいつより強いし」

「あー、はいはい」


 頼むから話を交ぜっ返さないでくれ。そんなつもりはないんだろうけど!


「タカシ」


 すると、アーサーが真面目な顔で言った。


「怖くても、なすべき事を果たす。あなたの教えてくれた事は、忘れません」

「いや……あのね。忘れても良いから。怖いのも逃げたいのも人間だから。と言うか、逃げるべき時は逃げないと」

「はい」

「あ~……、だからさ。じいちゃんに言われたんだけど。

 愚かさを、勇敢さだと勘違いする者は多い。でもそれより、知恵に裏打ちされた臆病さを選んで欲しい。そちらを選ぶ勇気を持って欲しいって。

 パイロットでね、『臆病者と言われる勇気を持て』って言った人がいるんだってさ。事故を決して起こさない人だったって。つまりは、そういう事だと思う。

 臆病で良い。慎重で良い。

 正しい道を、探して。選んでほしい。

 なんでもかんでも、突進して行くのが良いわけじゃないから」


 子どもは、ケルピーを見た。

 それからうなずいた。


「はい」


 トリスタンが、うんうん、とうなずいた。ケルピーも、うんうん、とうなずいた。おい。今の、おまえを見て納得したんだぞ、ケルピー。


「怖いことを怖いって、認めるのも勇気がいります。ぼくは、タカシを尊敬します」


あの、すみません。俺の事について、どれだけ目にフィルター入ってるんですか、アーサー。


 そこで、フェアリー・リングの光が明滅し、弱まった。


「タカシ。時間がないぞ。急げ」


 トリスタンがせかす。俺は立ち上がった。



サウァン……サウィン、サワーン、サムヘインとも。古い時代のケルトの新年で、夏の終わりという意味。これが後に、ハロウィンになった。



『臆病者と言われる勇気を持て』


 JALの初代社長、松尾静麿氏の残した名言。濃霧に包まれた空港に降りることを断念した機長を褒め称えた。

 日本機が断念し、他の空港に向かった後、着陸しようとしたカナダ機は着陸に失敗、多くの死者を出す惨事となった。

 この言葉は、まず安全を優先せよ、との社訓ともなった。


 作中、隆志が言っているのは、社長の話と、実際に判断を下したパイロットの話がごっちゃになっています。彼にとっては昔、聞いた話なので……。




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