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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
ホーム・スイート・ホーム。~さあ、帰ろう。
40/45

1.

 榛の木の元を辞して、俺たちはケルピーを先頭に歩いた。アーサーがこちらに来た門となった妖精の輪の場所を、彼が知っていると言ったからだ。

 人間の世界との間に道が通じている内に、彼を帰してやらなければ。

 なだらかな丘に続く道を、俺たちは進んだ。そこは特に何の変哲もない、くねくねした道が続く場所だった。


「この先?」


 俺の言葉に答え、水棲馬の化身がうなずいた。


「ああ、匂いが残ってる」

「歪みとか出てる?」


 これに対しては、白い妖精の騎士が答えた。


「それほどは。人の世の時の流れに戻っても、さほど影響はないだろう」


 俺はトリスタンの方を向いた。


「念の為に尋ねるけど、その『さほど』って、百年とか二百年単位じゃないよね」

「せいぜいが一晩だよ」

「なら良いけど。おまえらの『ちょっと』とか『さほど』って、軽く年単位だったりするから、油断できないんだよ」


 ケルピーが、「人間は、時間に細かいよなあ。別に良いだろ、それぐらい」と首をひねる。


「細かくないと、おまえらに付き合えない。人間は、どんどん変化する生き物なんだから。一年は大きいんだよ」


 俺はきっぱりとした風に言った。軽い調子の会話だが、俺やアーサーにとっては切実だ。


「もうちょっとだからな。疲れてないか、アーサー?」

「平気です」


 俺に手を引かれながら、子どもが答えた。一所懸命に足を前に動かしているが、その顔には、疲労の色が見えた。それはそうだろう。あんな騒動に巻き込まれて、逃げ回っていたのだから。


 俺は足を止めると、アーサーに背中を向け、地面に膝をついた。


「ほら、おいで。おぶってやるよ」

「え、だ、大丈夫です、ぼく、」

「良いから。戻ってからも、家まで歩かないといけないんだぞ。あっちが夜なのか、朝なのかもわからないんだ。体力は温存しとけ」


 そう言われても、アーサーはしばらく逡巡していた。けれど、「タカシの言う事がきけないのかよ。言う通りにしとけ」とケルピーに言われ(というか、威嚇され)、俺の首に腕を回し、背負われた。

 よいしょ、と立ち上がる。子どもの体重は、軽かった。けれど、体は温かく。ああ、この子は生きているんだな、と思った。

 良かった、と。そう思った。


「タカシって……すごいですよね」


 背負われながら、子どもがぽつりと言った。


「ん~?」

「優しくて。強くて。勇敢で。どうしたら、そんな風になれるんだろ」

「いや~……俺も、怖い時は怖いよ?」

「そうなの?」

「うん。でも、カッコつけなきゃなって時はあるからさ。大人としては」

「そんな風には、見えないけど……」

「そんなもんだって」


 俺は笑った。


「大人ってのは、子どもが大人になっただけなんだからさ」

「タカシの場合はしかし、子どものままという気もするね。無茶が多くて、ひやひやする」


 トリスタンが振り向いて言う。


「無茶せざるを得ない状況ってのも、あるだろ」

「君に関わりのない所でばかり、意地を張る。放っておけば良いものを」


 白い騎士の言葉に俺は、口の端を持ち上げる。


「そこで放ってしまえるようなら、そりゃ、俺じゃないだろ」

「だよなあ。変な趣味だとは思うけどさ。タカシはそういうのが、タカシだもんなあ」


 俺の言葉にケルピーが、うんうんとうなずきながら言う。トリスタンがふう、と息をついた。


「確信犯とは、たちが悪い」

「おまえが危ない状況でも、俺は助けるぞ、トリスタン。無茶でもなんでも」


 妖精の騎士に俺が言うと、彼は渋面になった。


「そこでまた、そう言ってしまえる所が余計、性悪だ」

「信じられないのか?」

「君がそうする事は、知っている。わたしに名を与えたのは、幼い君だったじゃないか」


 むっつりした顔で言われ、俺は首をかしげた。なんで怒っているんだ。


「俺は? 俺は?」


 そこでケルピーが声をかけてきて、「ケルピーだって助けるぞ?」と俺が言うと、トリスタンは余計、機嫌悪そうになった。ケルピーは喜んでいたが。


 かくん、とそこで子どもの頭が俺の首筋に伏せられて、あれ、と思う。アーサーは、俺の背中におぶさった状態で寝ていた。


「ああ、疲れてたんだなあ……」


 抱えなおすと、振動を与えないよう、静かに歩く。


「その子どもの運命に、随分と干渉したな」


 トリスタンが言った。俺は、うん、とうなずいた。


「人間だからね」

「どちらが?」

「俺も、この子も。人間だから。だから、互いに影響を及ぼすよ。でもそれは、こんな状況だったからだ。元の時間の流れに戻れば、それまで。俺は俺の、彼は彼の人生を生きてゆく。

 それで良いと思う」


 元の世界に戻れば、夢だと思うかもしれない。

 でも、それで良い。彼の人生は、彼のものだ。


「随分と気に入っている様子なのに。それで良いのか?」

「良いんだよ」

「忘れ去られたとしても?」

「かまわない」


 ひそめた声での会話に、ケルピーが立ち止まり、俺たちを見た。


「まどろっこしいな、シーリーコートの話は。タカシはタカシで、好きに振る舞う。それで良いじゃないか」


 トリスタンが、馬鹿にしたようなまなざしを浴びせた。


「頭を使わないな、アンシーリーコートは。それだけでは済まないから、こうして話している」


 むっとした顔になり、何かを言おうとしたケルピーを俺は黙らせた。


「ケルピー、待て。トリスタン。どういう意味だ」

「そのままの意だ。君は別れれば、それまでと思っているかもしれないが。今回の事で、君はその子どもの運命に、かなり深く影響を与えたぞ」

「そうなのか……?」

「所詮は人の子の運命だが」


 息をついてから首を振り、トリスタンは俺を、そしてアーサーを見つめた。


「今からでも遅くはない。その子ども、そこらに捨ててしまわないか」

「トリスタン」

「君が影響を与えた分、その子どもから君へ、何らかの力が道を作る。それがどのような未来を引き寄せるのか、わたしには、判断がつかない」


 妖精の騎士の言葉に、俺は眉根を寄せた。


「大したことはないだろう。人と人の関わり合いだ。人の世の、それなりの範囲内での影響に留まる。ほんの数時間だけの関わりなんだぞ?」

「その数時間が、一生を左右することもある」


 わずかに目を細めて言ってから、トリスタンはつけくわえた。


「それに君たちは、人間とは言い切れない存在でもある」

「トリスタン」


 彼の言葉に眉を上げると、「事実だろう」と言われた。


「伝えなくとも良いのか、その子どもに」

「何を? 君には妖精の血がまじっているって?

必要ないよ。戻れば、もう関わる事もない。彼の場合は、俺とは違う。はるか昔の一滴なんだろう?」

「そうだが。君と出会って影響された」

「あ~……」


 アーサーの中の妖精の血が、俺と出会って活性化したりするんだろうか?


「言わないと、まずいかな」

「それは君の決める事だ」

「そりゃ、そうなんだろうけど……。あれかな。こう、俺って残念な人よ! みたいな態度取った方が良い? 幻滅して考えるのもいやだ~みたいな、忘れちゃう方向で」


 トリスタンが呆れた顔になり、ケルピーが珍妙な顔になった。


「無理だ」

「無理だな」


 二人して断言した。えー? 


「だって俺、大したことしてないぞ。今なら、あっさり忘れるんじゃないか?」


 そう言うと、二人そろって憐れむようなまなざしをくれた。


「タカシって、馬鹿だよなー」

「君のそういう所は可愛らしく思えるが……たまには目の前の事実を把握した方が良いと思うぞ」


 失礼な。


 そうこうしている内に、その場所に着いた。


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