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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
終わりを、願う。~その果てに生まれるもの。
37/45

3.

ふわり。


ひら、さら、さらら、


さら……。





 静寂の中。柔らかな光が、そこにあった。

 崩れ、消え去った影の代わりに、そこには光に包まれた、何かがいた。




さら、さらら……。




 光が、さざ波のように揺れている。

 そのものを包んで。

 不意にそれが身じろぎ、ゆるり、と頭を上げた。


傲慢ごうまんなるは、人の子』


 それは言った。どこか、大地に降るさやかな光に似た声で。

 ささやくように、それでいて、その場にいた者全てに聞こえるような声で、それは続けた。


『願い。求め。そして躊躇ちゅうちょなく手を出し、成す』

「記憶はあるのか」


 俺が問うと、それは答えた。


『われはかつて、それであった。ゆえに記憶を持つ。人の子よ。そなたはなんと傲慢であることか』

「ああ、それが俺だ。だが、後悔はない」


 答えて俺は一歩進み出ると、地面に膝をついた。光に包まれるそれを見つめる。


「そうして、傲慢による罪を、ここで仕上げる事にしよう。

 俺の目におまえは、輝くものに見える」


 びくり、とそれが震えた。


「喜ばしいものに見える。幸いなるもの。祝福された、喜ばしいもの。

 世を巡り、巡り続け、水に、大地に、大気に、光に。全てに喜びを運び届け、祝福を運び届けるもの。

 安らぎと、優しさをおまえは運ぶ。迷う者には道を示す小さな光となるだろう。

 音楽はおまえにとって喜びの泉となり、おまえはまた、その喜びを他に伝え続けるだろう。


 おまえ自身もまた、世に現れ、贈られた祝福であるから」




さら。さらら。


さ、さ、しゃ、しゃ、ら、ら、らん……




 それが変化する。かすかな歌声と共に。それはまるで、目覚めようとする世界の中、流れる小川のせせらぎのようで。

 東の空の明るさを感じ、声を上げ始めた小鳥の歌声のようで。




「そのように、俺はおまえを見た。

 そのように、俺はおまえを見定めた」




しゃ、しゃ、しゃら、しゃら、ら、ら、りん、ろん、……




 世界の目覚めるのを待つ、命の真摯な願いにも似て。

 羽化を願う、祈りにも似た、ささやき。

 その歌を、俺は。尊いと思った。

 ただ、尊いと。




「ゆえに、そのように、俺はおまえを呼ぶ。今からも、これからも。

 おまえは幸いなるもの。祝福を運ぶもの」




りぃん、りぃん……りん、りん、ろん、り、ろろん、……




「そして、美しい祝福そのものだ」




……りいぃぃーーーーーーんんんん………




 一瞬の静寂の後。

 涼やかな歌を放ち、光は収縮し。翼を持つ何かに変化した。

 真っ白な毛並みに、穏やかな青い目。背に一対の白い翼を持つ、輝く獅子に。

 獅子ではあったが、風のようだった。風のようではあるが、力の具現でもあった。

 空を思わせる青い目には、熱と輝きが宿り、周囲に揺らぐ事のない強さを、歌のように振りまいた。

 風を思わせる一対の翼には、喜びと内省による悟りが宿り、周囲に優しいなぐさめと、明るさを放った。


 ジョンのピアノだ。


 そう思った。これは、あのピアニストが、世界に向かって贈り続けていた音楽……。



『われは新たな存在として、定まった』


 それは顔を上げると、翼を広げ。鈴の音のような響きの、力強い声で言った。


『もはや、元には戻るまい。死んで新たに生まれたのだから。

 呼ぶ声がする。行かねばならない。

 新たなるものとして、行くとしよう。人の子よ。そなたが望んだ通りに』


 そうして輝く獅子は、俺を見つめた。明るい音楽の調べを秘めた空色の目で。


『礼を言うべきか、恨み言を言うべきか。今もわからぬ』

「俺は、俺のしたいようにしただけだよ」

『そうだろうな。人の子よ。そなたは、かつての我が愛した男にそっくりだ』


 そう言うと、獅子は笑い。俺の方に足を踏み出すと、額をなめた。

 ちり、と何かが燃えるような感触が走った。

 しかしそれは、すぐに消え。獅子は俺から離れると、駆け出した。大地を蹴って。

 翼が広げられ、力が星の光のように集まる。それは大きくはばたくと、

 風に乗り、空の高みに駆け登った。

 疾走はさらに早くなる。

 天高く駆け上がったそれは、やがて、ひときわ強い光を放った。まるで、小さな太陽のように。

 そうして流星のように尾を引きながら、彼方に向かって飛び去って行った。



 後にはただ、たゆたう光の残響と、大気に溶けた歌のきらめきだけが残った。



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