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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
終わりを、願う。~その果てに生まれるもの。
35/45

1.

『真実の目』。


 それがどんな能力なのか、はっきりとは知らない。俺にとってはただ、物事の姿が当り前に見えるという、それだけの力にすぎないからだ。

 けれど、この妖精郷で。

 妖精を前にして使うのであれば。それは、明確な意志の力として発現する。

 それも、『真実の舌』の力の後押しがあるとすれば、どれほどの力となるか。


「『黒妖犬。かつてそれであったもの』」


 自分自身の奥からやってくる力に、道をつけてやる。どの方向に向かうのかを指示してやれば、力はたやすく俺を通って発現する。


「『死と不運を運ぶ、アンシーリーコート。触れた者は即座に命を落とす』」


 大気に響くのは俺の声。漂うそれが、何かを固定する。

 黒妖犬を。黒妖犬である存在を。


「『おまえは内に、人の魂を抱いた』」


 薄れかけていた黒妖犬の姿が、鮮明になる。彼は目をぎらつかせると、『ヤメロ』と言った。


「『そのゆえに歪み、黒妖犬という己を失った』」


『ヤメロ』


「『ゆえにおまえはもはや、黒妖犬ではなく』」


『ヤメロ。オレヲ、』


「『新たなる存在となる』」


『オレヲ、存在サセルナ!』


 滅ぼせと。

 自分を滅ぼせと黒妖犬が叫ぶ。

 輪郭がしっかりとなり、黒々と存在が強くなる。目の中に燃える赤い炎。

 きしむ。

 大気が。大地が。

 重く陰る。


『オレ、ハ、オレハ』


「『新たなるもの』」


『チガウ、オレハ、』


「『おまえは……』」



ガ、ガアアアアアアッ!



 黒妖犬が吠えた。ゆらゆらと揺れる大気。黒々と歪む気配。

 けれどその中に。ひとすじの流れが『視える』。

 彼の歪み。

 アンシーリーコートであるはずの彼の中の。存在するはずのない、歪みの種。


『オレハ死ヲ、運ブモノ。輝キヲ、闇ニ墜トスモノ』


 ゆるり、と首をもたげて黒妖犬が言う。


『滅ボシ、滅ビル。ソレガオレノアルベキ姿』


「『それは正しい。けれど誤りでもある』」



 俺の舌が動く。何かのイメージがひらめいて、目の前を横切る。


 じいちゃん。


 あれは、いつの事だった。



『生命とは不思議なものだ。変化し、変化し続けて、その先に何があるのか自らは知らず。それでも恐れる事なく変化をし続ける』


 

 降り注ぐ月光。蚊遣かやりの煙の匂い。ぬるい風。虫の音色。


『意味わかんないよ、じいちゃん』

『変わり続けるのが、人だという事さ。いや、人だけじゃないな。あらゆる命がそうだ』


 そっと頭に置かれた手。あの手が俺は、好きだった。

 あの手の持ち主が、俺は。


『どうして生命は変わるの』

『生まれてくるからさ』

『生まれてくると、変わるの』

『世に生まれ出でしものは、すべて、死ぬ運命にあるからね』


 じいちゃんは、月を見上げた。


『妖精にすら、死は免れ得ないものだ』

『そうなの?』

『人間の死とは違うがね。彼らの最後は滅びと消滅。それも、この世においては変化の一つなのだろう』

『変化の一つ?』

『変わらないものはないのだよ、隆志。存在するものの中で、変わらないものはない。永遠に見える山や海ですら、変化する。太陽も月も、星々もそうだ。ただ、人間が気づかないだけで』

『気がつかないの?』

『人間の時間と、太陽や月や星の時間とは、とても違っているからね』


 しらじらと輝く月の色。降る光。


『お月さまは、毎晩形を変えてるよ。おれ、知ってる』

『そうだね』


 ふふ、とじいちゃんは笑った。


『ほかに、おまえの目は何を見ている……?』


 おれの、目。


『星はキラキラしているよ! いつもキラキラ。そうしてね。キラキラはいつも同じじゃないんだ』

『そうか』

『毎日、違うんだ。同じ光り方は一度もしないよ』

『そうだな』

『葉っぱが光に透けてざわざわする時、やっぱり同じざわざわはないんだ。似てるけど、でもいつも違う。そんな声を上げてるよ』

『そうだな』

『どうしてかな?』


 じいちゃんは、おれを見た。


『どうしてだろうな?』

『じいちゃんにも、わからないの?』

『ああ。……ただ、こういう言葉を知っている。海は……、』




「『海はこの世に生まれた時から、二つと同じ波を持たない』」

 

 おれの唇が動いて、あの時じいちゃんが言った言葉をなぞった。


「『ただ、生まれ。うねり、消えるその瞬間まで。波はただ、波であり。そうして、この世に海が存在し始めた時より。二つと同じ波はない。

それは人に似ている。人のあり方に……』」


 目の前の黒妖犬。


「『それは、妖精にも似ている。妖精のあり方にも』」


 変化とはなんだ。

 この妖精が消滅を望むと言うのなら。それは。


「『生まれ、死にゆくものは常に、変化をし続ける。芋虫がサナギになる時、それは一つの死であるだろう。芋虫であった己は消滅するのだから。

 サナギから蝶が生まれる時、それもまた一つの死であるだろう。サナギという死の状態から生まれ、新たな死に向かって飛翔するのだから。

 それでも変化は起こり、彼らは決して後悔しない。

 滅びを願うと言うのなら。おまえもまた、変化を望んだのだ、黒妖犬』」



部屋にクーラーがないもので、午後六時ぐらいまでサウナです(+_+)


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