3.
そうなのだ。俺は見かけやら何やらが理由で、延々といじめにあっていた。子どもの頃。
そりゃもう色々された。
教科書を隠すなんてのは序の口で、給食をわざとひっくり返される、同じグループでもわざと無視する、ボールをぶつけられる、提出するノートやテストの解答を勝手に書き換えられる、そんな事ばかり。
もちろん、蹴飛ばされたり突き飛ばされるのは、しょっちゅう。加減を知らない子どもがやるもんだから、俺の体は年中痣だらけだった。
それでも俺は、何とか近づこうとした。自分が周りの子どもと違っているのは知っていたし、だからこそ溶け込もうと努力した。できる事は割と何でもやったと思う。
だがイジメはエスカレートするばかり。
結局、最後にはブチ切れた。あれは三年生の終わり頃だっただろうか。ガタガタ言ってはやし立てていた子どもを俺は、全員まとめてぶちのめした。
教育的指導というやつだ。
昼休みだった。給食当番が給食を配っていた。俺も給食を受け取って、自分の席にトレイを運んでいる途中だった。
そこでいきなり囲まれた。
いつも俺にからんできて、やたらはやし立てていた三人組だ。ちなみにそれまでの俺は、弱々しいイメージだったらしい。諸般の事情からしょっちゅう学校を休んでいたし、妖精の血を引いたせいかどうか知らないが、成長が遅くて小柄だったのだ……今もあんまり背は高くないが。
相手は発育が良く、どう見ても俺より強そうだった。でも関係なかった。いい加減、忍耐も限界に達していた俺は、給食を机に置こうとしてそれを取り上げられ、『ガイジンに、こんなもの喰えるのか〜』と言ってわざと落とした相手を、
無言でぶん殴った。
女子はきゃーきゃー騒いだし、泣きだす子もいたが構わなかった。俺を囲んでイジメを開始しようとしていた全員を、ていねいに指導した。妖精に誘拐されたり喰われかけたりが日常茶飯事だった俺は、ある意味修羅場慣れしていた。十歳程度の子どもなど、相手にもならなかったのだ。
集まって一人をいじめる割に、そいつらは喧嘩慣れしていなかった。殴られたのも初めてだったようだ。何やらショックを受けていた。
で、俺は全員を床に沈めた後に、へたり込んでぶるぶる震えているそいつらに、そいつらが今までに言った言葉を一つ一つ繰り返し、そういう事言って良いと思ってるのか? とか、おまえら自分の価値、自分で下げてるんだぞー、とか言った。
悪いと思ってるのかと確認すると、全員が同意した。じゃあ、きちんと謝れよと言うと、もう言いません、とかごめんなさい、とか口々に言ったので、わかってくれたのだと思う。
ただ食事を粗末にしたのは悪かったかなと思った。騒ぎで他の子の給食までもがひっくり返り、食べられない状態になってしまったのだ。それで、へたり込んだイジメっ子たちに汚れた床を指し示し、『おまえらのせいで汚れただろ。掃除しろよ』と言った。
ちょっとやり過ぎたかな、と思ったので、微笑みつきで。
なぜか無茶苦茶びびられた。
その後、血相を変えた先生がすっ飛んで来たり、そいつらの保護者が学校に怒鳴り込みに来たり、色々あったが、俺には別に恥じる所は何もなかったので、堂々としていた。
担任は悪い人ではなかったのだが、突発的な出来事に弱かった。何かあってもおろおろしながら『駄目だよ〜』とか『いけません〜』と言うばかりで、俺へのイジメにも見てみぬふりをし、『みんな仲良くね〜』としか言えない人だった。騒ぎを起こした俺にも涙ながらに『暴力は駄目なんだよ〜』と訴えていたが、だったら何か手を打てよ。当事者が自力で解決しようとする前に。
担任のおろおろっぷりと、怒鳴り込む保護者たちに、同級生たちはしかし、逆に結束を固めた。女子主導で。どうも俺は女子に受けが良かったらしく、男子が執拗にいじめに走ったのも、その辺の反発があったかららしい。
母が呼び出され、俺たちは校長室に連れて行かれた。そこにはイジメていた子どもたちの保護者の群れがいて、口々に躾けが悪いだの、片親しかいない子どもはこれだから、とかわめき散らされた。俺はものすごい不良のようだった。
そこへ今まで瀬尾くんをいじめてたのは、そっちでしょ! と一人の女子が怒鳴り込みに来て、次々と女の子たちがなだれ込んできた。他のクラスの子までいた。もう一つおまけに、クラスの男子たちと、俺をいじめていた当人までやって来た。校長室はぎゅうぎゅうになった。
瀬尾くんは悪くない〜! と大合唱。いじめていた子たちが俺の教科書をかくしたり、給食を取り上げたり、足をひっかけようとしたり、仲間外れにしたり、囲んで『ガイジン、日本から出て行け』とはやし立てていたりしていた事を、全員が暴露。
当の本人までもが『こんな事もやった、あんな事もやった』と叫び、『だから瀬尾くんは悪くないんだよう』と言い出す始末。
あまりの騒ぎに全員が、校長室の前で立たされた。一クラス全員と他のクラスの者までもが加わっていたので壮観だった。
なぜかその後も次々と別のクラスの人間が列に並びだし、人の列は延々と伸びていった……日本人は並ぶのが好き、というのは本当だったようだ。
しまいに校長がブチ切れて、『おまえら教室に戻れ!』と叫んだが、
『みんな瀬尾くんが悪いって言うけど! 瀬尾くんが悪いんだったら、あたしたちも悪いはずです!』
『イジメを止められなかったんだから、あたしたちにも責任があります!』
『だから罰としてここに立たされてます!』
『瀬尾くんが戻ってくるまで、立ってます!』
とか、女子が次々と叫んだ。思うに昔も今も、女性の行動力はハンパじゃない。男子は勢いに押されて、後ろでおろおろしているだけ。でもみんな、同意した。誰も戻ろうとしなかった。
母、江利子はそれを見て大笑いした。『すごいわ、あんたたち!』と言いながら。並んでいた子どもたちは母のコメントを聞いて、全員笑顔になった。『おー』とか何とか言いながら、校長室の前に並んでいた。俺も何だかおかしくなって、げらげら笑った。『ありがとなー』と言ったら、全員から手を振られた。
校長は頭を抱え、担任は胃を抱えていた。
結局、俺には校長室の三日間の掃除、という罰が与えられた。いじめていた子たちには、保護者への厳重注意と、一ヶ月にわたる学校周辺の清掃作業が言いつけられた。ゴミ拾いだ。向こうの親はぶうぶう言っていたが、当の子どもの方が、『悪い事をしたのは俺だから、ちゃんとやる』と言って真面目に掃除をやりだした。
ちょっと悪かったかなと思ったので、そいつらの掃除を手伝ってやったらなぜか、懐かれた。その後なんでか、延々とつるむ事になった。高校に入った辺りでばらばらになったが、今でも時折連絡が入る。
回想終わり。終わり良し。そういう事で、全部良し!
今は、アーサーだ。
俺は彼の前にひざをつくと、目線を合わせた。