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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
あふれ出たものは。~願ったものは、何。
29/45

1.

一年ぶりです。長らく放置ですみませんでしたm(__)m

 静かだ、と思った。

 見下ろしたその時。

 同時に、何かを聞いた。

 音。

 旋律。 

 ピアノの、曲……。

 繰り返す旋律。

 終わらない曲。

 歪む。

 その音が、歪む。


「なぜ、」


 繰り返す旋律。響く音。

 何もかもが歪む。

 ピアノが。音が。旋律が。三拍子の音楽は、うめきに似た響きに変わって繰り返す。繰り返す。

 繰り返す……。

 そうして、俺は見た。

 黒い犬の姿をした妖精。そのかたちに重なって、

 歪み、苦しむ青年の姿。

 


 ぼこり。

 ぼこ。

 ぼこり。



 不自然に、黒妖犬の姿が歪んだ。あちこちがねじれ、膨れ上がり、またへこむ。



 ぼこり。

 ぼこ。ぼこり。

 ぼこっ……。



 響く旋律。

 歪む意味。音。

 これは、何だ。

 なぜこうも、歪む……。



『……』

『……、……』



 歪みに合わせて、『彼』も何か言っている。背を丸め、腕を地に立て、立ち上がろうとでもするかのように、もがきながら。

 黒妖犬の歪みに合わせて。

 響く、狂気に歪む音楽に合わせて。

 どちらも、苦しみながらもがき。

 何かを手に入れようとでもするかのように、互いの存在を重ね合わせて。

 苦鳴を響かせあい、共有している。



 ぼこ。

 ぼこっ……。

『……、……!』



 見ていると、胸が痛んだ。

 なぜだろう。

 なぜ、俺はこうも、悲しいのだろう。


「これも、一つの結末だ。妖精と人間との」


 背後に、歩み寄ってくるトリスタンの気配。静かに言う、彼の声が聞こえた。


「終わりにしてやるのが、慈悲ではないか?」

「だめだ」

 

 俺は首を振った。


「だめだ。何か。まだ……何か、」

「何かできると言うのか。これに」


 トリスタンが、俺の横に立つ気配がした。


「選んだのは、これらだ。おまえが嘆く事ではない」

「嘆く……?」

「泣いているではないか」


 そう言われて、目元を指で触れると、濡れていた。そこで初めて気がついた。自分が泣いていた事に。


「あ……? 俺?」



 ぼこり。ぼこっ。

 ぼこっ……、



 その時。

 顔を上げた、黒妖犬の燃える目が。

 俺を見た。



 ごぽっ……、ごぼごぼごぼごぼっ。



「タカシ。離れろ」


 トリスタンが、俺の腕をつかんだ。


「何か起きる」


 引きずるようにして、俺を穴から遠ざけようとする。その瞬間。



 ぎいんっ。



 つんざくような音が響いた。



 ぃぃぃぃいいいいいいいいいいんっ。



 音は大気を裂き、世界を裂き、そこにあった全てを引き裂かんばかりの悪意を持って、広がった。穴の底から。

 黒妖犬の元から。

 トリスタンが、有無を言わさず俺を抱き上げた。跳躍し、一気に距離を取る。半ば無理やりな形で俺は、穴から離れた位置に移動させられた。

 文句を言う暇はなかった。

 次の瞬間、

 歪みの音楽が、膨れ上がったのだ。



『グオウルルルアアアーアアアアアアーッ!』



 黒妖犬が叫んだ。叫びは地の底から、波のように大気を揺らした。

 力。

 ただ、純粋な力が。その叫びには込められていた。

 そうして、歪みが大地を染める。

 穴の底から。じわりと滲み出し、周辺の土地を黒く染め上げてゆく。

 狂った音楽が怒濤のように、そこからあふれ出した。


「なんと醜い歪みだ」


 トリスタンが言う。俺は、耳をふさいだ。


「なんだ、これ……なんなんだ、この、叫び」


 音が俺を呪縛する。歪みが俺を狂わせようとする。

 叫びは音楽であり、呪いであり、悲鳴であり、怒りであり、

 全てを破壊し、無に帰そうとする力でもあった。

 めまいがした。

 意識がぶれて、吐きそうだった。

 泣き叫んで、助けを求めたい。同時に、怒りに身を任せて、全てを壊したいという衝動にかられた。

 だめだ。

 こんなものに、流されてはだめだ。

 


『ガ、ガ、ガアアアアアアア!』



 黒く染まった大地が、またたく間に枯れてゆく。緑も、何もかもが枯れて、どろりとした黒に変じる。

 黒は、歪みに合わせて脈動する。狂気を帯びた三拍子の曲に合わせて。


「人の身に、この歪みはきつい。もう少し離れよう」

「いや、待って。アーサー!」


 俺は慌てて、周囲を見回した。アーサーはどこだ?

 俺でさえ、こんな状態だ。あの子はどうなる。


「ケルピー! アーサーを安全な場所へ!」


 水棲馬の姿を見つけると、彼は平気な様子で、黒く染まる大地を見ていた。けれど、アーサーはそうはいかなかった。真っ青になって膝を崩し、耳をふさいで、がくがくと震えている。

 彼にも聞こえている。影響を受けているのだ。この歪んだ音楽。怒りと破壊の狂気に。


「あー? ちっ。弱っちいな、人間は。この程度の『歌』でもう、ひっくり返ってんのかよ」


 ケルピーは、アーサーの様子に気づくと、馬の姿に変わり、ひょい、と子どもをくわえ上げた。そのまま走り出す。かなり離れた場所に連れて行ってから、ぽい、と放り出すのが見えた。


「大丈夫かな」

「多少はきつかろうが、あれだけ離れれば、何とかなるだろう。あの子どもには一応、わたしの守りもある」


 吐き気と頭痛をこらえつつつぶやいた俺に、トリスタンが答えた。


「それより、君も。もう少し離れるよ」

「待って」


 俺は、トリスタンの腕をつかんで止めた。

 歪みが。

 黒くにじみ、大地を染めるそれが。

 ゆるりと、広がって……、その先には。


はしばみの木が……!」


 俺に知恵を与え、祝福をくれた榛の妖精が住む木。

 生を刈り取り、汚染する黒の行く手に、逃げようもなく立っている。

 このままでは、あの木は飲み込まれてしまう…!


「止めないと……!」

「どうやって?」


 冷静に、トリスタンが言う。


「君に、何ができると言うんだ、タカシ」


 何が。

 俺に、……何が。


「君にあるのはただ、真実を見抜く目だけ。わたしに守られなければ、己が命を保つ事もできない。そんな君に、ここで何ができると言うのだね」


 トリスタンの言葉が、突き刺さる。

 そうだ。俺に何ができる。

 やったのはただ、そこにあるものを見ただけ。

 それで、何かが変わったか。

 何かできた事があったか。

 何もない。

 事態を悪くしただけじゃないか……!


「逃げて良いんだ、タカシ」


 トリスタンがささやいた。


「わたしに守られていろ。そうすれば、何も見ずに済む。悲しみも、苦しみも」


 逃げる。

 逃げてただ、守られる。

 そうだ。

 その方が、どれだけ楽か。

 俺は、震える手で、トリスタンの胸元にすがりついた。狂った音楽が、まだ続いている。つらい。苦しい。

 目が回る。吐き気がする。

 頭が。割れるように痛い。

 体から力が抜ける。

 逃げたい。

 逃げ出してしまいたい……!


「……っとに、」

「タカシ?」

「んな時に誘惑しやがってこの、……鬼畜きちく破廉恥はれんち妖精が~~~~っっっ!」



 ごがんっっ!



 目から火花が出た。ぐっ、とか何とか言う声が聞こえ、ゆるんだ腕を俺は振り払い、地面に転がり落ちた。


「った~っ……」


 痛む頭を抱え、涙目で振り仰ぐと、トリスタンは顎を抑え、なぜか笑っていた。


「頭突きかね」

「なに笑ってるんだ」

「痛くてね」

「やっぱりMか、おまえ」

「この状況でも、なお抗う……素敵すぎるよ、君。今なら手に入ると思ったのに……」


 くっくっ、と笑いながら、顎をさすっている。畜生。頭痛い。こぶになってるぞ、絶対、これ。腰も打った。打ち身だらけだ、ああもう!


「俺に何もできないのは、わかってる。でも、できる事だってある。馬鹿みたいな事でも、意味がないように見えても。それが、俺のなすべき事」


 余裕な相手に腹が立ち、揺れてしまった自覚のある自分にも腹が立った。あの時、逃げたいと思った。楽な方へ流れてしまいたいと、俺は思ってしまった。


 今やるべきは、そういう事じゃない。やらなきゃならない事が、あるだろう!


 だから叫んだ。トリスタンを睨み付けて。


「俺は、それをする。邪魔をするな!」

「やると良いよ」


 トリスタンは、微笑むとそう言った。


「君の言う、君のなすべき何かを。それに何か、意味があると言うのならね。わたしは誘惑をし続けるけどね」

「するなよ!」

「それは無理な相談だ。君は、誘惑されるべくして生まれた存在だからね」

「そりゃ、おまえの考えだろ! 俺は普通の人間だ!」

「君のどこを見れば、『普通』の『人間』なのだろうねえ……」

「どこもも何も、全部普通だろうが、俺は!」


 呆れたような顔をされた。


 その間も、歪みは大気を、大地を汚染し続けていた。ぐうっ、と全身が押さえ込まれるような圧迫感が生じたかと思うと、どぷ、と何かが穴からあふれた。



『ヲルルルオオオアガガガァァァ!』



 ざしゅ、と音を立てて鋭い爪が大地に突き刺さり。

 黒妖犬の前足が片方、穴の底から現れる。続いてもう一方の前足も。

 すぐに頭が現れた。

 黒々とした毛並みを、ぼこり、ぼこりと歪ませながら、牛ほどの大きさの犬の姿の妖精が、

 燃える炎を目から噴き出しながら、這い上がってくる。



 ぼこり。

 ぼこ、ぼこり。

『……!』



 その姿に二重になって、青年の姿が見える。顔を歪め、苦しげに叫ぶピアニスト。

 悲しい、と思った。

 黒妖犬も、ジョン・セバスチャンも。

 怒りと叫びに満ちているのに。

 世界を汚染し、変質させ、狂気に巻き込んでいるのに。

 それでもなお、彼らは苦しげで……悲しい存在だった。


 何を間違えた?


 歪む。歪む彼の魂。歪む妖精の存在。

 二つのものが絡み合い、逃げられない形で歪み続けている。その姿。

 悲しい。ただ、悲しい。

 どうして、と思う。

 始まりは、こんな風ではなかったはずだ。

 俺が見た、彼らの記憶。最初は、ただ。優しい心の触れ合いだったはず。

 それがなぜ。

 彼らは、何を間違えた。一体、何が悪かったと言うのだろう。



 ぼこっ、……ぼこり。ぼこっ……。

『……、……!』

『ヲ、ア、ア、ルルルウオオオオアアアッ』



 黒妖犬が穴から、完全に姿を現した。全身をひっきりなしに歪ませ、陽炎のように力を放出しながら、穴から飛び出す。大地に爪を立てるようにして四本の足で立ち、ふるりと全身を震わせる。

 破壊の衝動を秘めた炎を、目から噴き出しながら。

 その目が。

 ひたり、と俺に向けられる。



『ヨコセ』



 歪み、へこみ、膨れ上がり、どろどろと輪郭を崩しては、また戻りながら、黒妖犬はうなった。



『オマエノ、タマシイ、ヨコセ!』



 お互いを思い合う、優しさから始まったもののはずなのに。



一年前、十年以上一緒に暮らした犬が、突然の病に倒れ、亡くなりました。その後、大学に入る事となり、ばたばたとしておりました。

今になって、コメディを書く余裕が、ようやくできました。……コメディだよね、この話。

このまま、完結まで持っていきます。

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