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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
囮になってみました。~Mが多くないですか。
28/45

6.

長いこと更新できませんでした。もう少し進めてから、とも思ったのですが、ここまで上げておきます。

現在、第一話から、WEB上で読みやすいよう、空白を入れたり、字の訂正をしたりして修正中。

 妖精という存在は、星の輝きに似ている。永遠に近い時の中を、ただ輝き続ける。静かに、冷たく、変わらない姿で。

 人間という存在は、一瞬の火花に似ている。熱く、激しく、指を焼いて。後には何も残らない。ただ、そこにあったと。記憶だけが残り、それもやがて消えてゆく。

 交わるはずのない二つの存在。それが稀に混じり合う事がある。

 それを偶然と呼ぶのか。必然と呼ぶのか。

 幸運と呼ぶのか。不運と呼ぶのか。

 俺にはわからない。その結果が悲劇にしかならなかったとしても。

 わかるのは、……出会って共に時を過ごした、当人たちだけであろうから。



「今、なんとおっしゃいました?」


 思わず尋ねた。トリスタンの背を踏みつけながら。

 黒妖犬モーザ・ドゥーグはじーっとこっちを見つめつつ、うなるように言った。


「踏マレルノ、楽シソウダ」


 いや楽しいと言うか、これはやむを得ずの処置なんだが。


「ふふふ。君の愛をあれも感じ取っているようだ」

「ないから。そんなの」


 確かにトリスタンは楽しそうだけれど。いや、そうじゃなく。


「えーと、黒妖犬。あなた、ジョン・セバスチャンに踏まれていたりしたんですか? 日常的に」


 黒妖犬は、ばちり、と目の奥の炎をゆらめかせた。


「デキナイ」


 できない?


「タカシ。黒妖犬に人間が触れたら、死んでしまうんだよ」


 足の下からトリスタンが言った。


「え、ああ、そうか。でも、だったらどうして踏まれるのが楽しそうなんて」


 俺が言うと、妖精の騎士はくくっ、と笑ってからのそり、と起き上がった。おわ。


「踏むのも踏まれるのも、独立した個人でないとできない事だからねえ」


 バランスを崩しかけた俺の足をひょい、とつかむと、彼はそっと地面に下ろした。軽く髪をかき上げて、色気のある眼差しで俺を見て微笑む。


「それにあれは、犬だしね」

「犬……」


 思わず納得した。妖精ではあるが、犬は犬だ。きっと彼は、ジョン・セバスチャンと『取ってこ~い』をしたり、追いかけっこをしたりしたかったに違いない。ボールを追いかけて走る黒妖犬を想像して、思わず和みそうになった。


「君が何か考えているのはわかるけれど、それはちょっと違うからね、タカシ」

「え、違うの?」

「形を取るものは性質が似る。あれが犬の姿を選んだ時に、その性質は似たものとなっている。われわれシーリーコートが人間に似た性質を持つように。けれどわれわれは、人間とは違っているだろう?」

「そうだけど……」

「あれは走り、狩り立てるもの。追いかけ、追い詰め、牙にかけてほふるもの。だから犬の形を取った。そういう種類のものだよ。そうしたものが人間の魂なんぞを後生大事に抱えるから、妙な事になる。本質に逆らっているわけだからね」


 トリスタンは、ちらりとケルピーを見やると、意味ありげな笑みを浮かべた。ケルピーは嫌そうな顔をした。


「本能に逆らい続ければ、歪みが出る。元々、そうした存在ではないからね。ああ。本当に見るに耐えない」

「おまえの場合は、厭味が言いたいだけみたいに見えるけど」


 それでもトリスタンの言葉が、ある意味正しい事を俺は知っていた。俺の中の真実を見抜く資質が、彼の言葉を正しいと捉えている。

 歪み。

 ジョン・セバスチャンも歪んでいた。


「なあ、黒妖犬モーザ・ドゥーグ。おまえ、彼が好きなんだろう。このままじゃ、彼は歪んでしまうよ」


 俺がそう言うと、火のように燃える目の真っ黒な獣は、俺を睨んだ。


「オマエノ、タマシイ、ヨコセ」

「嫌だよ。一つしかないんだもの。おまえにあげたら俺の分がなくなっちゃうだろ」

「ヨコセ。ヨコセ」

「なんで俺の魂なんだ? 二つも魂を抱えたら、おまえ、パンクしちゃうよ」

「シナイ。オマエノ。オマエノガ、アレバ」


 ぐるぐる、と唸ると黒妖犬は体に力を溜めた。


「オマエノ、オマエノ、喰ッテ、喰ッテ、キレイ、キレイニ、キレイニスル。喜ブ、喜ブ、ソウシタラ!」


 があっ、と吠えて飛びかかってくる。トリスタンが俺の肩をつかんで、ひょいと腕の中に抱き込んだ。そのまままたお姫さまだっこをして軽々と飛ぶ。

 うん。

 何度されても慣れない。と言うか、泣きたい。


「君を喰らいたいらしいね」


 トリスタンがつぶやくように言った。その声音が冷やかで、俺は思わず顔を上げた。


「トリスタン?」

「分をわきまえないにも程がある。このわたしが守護する若者を、喰らいたいだと?」


 気配が。


「トリスタン……?」


 瞳の色が金色を帯びている。白い妖精の騎士の姿が、確かに俺の知っている彼のものであるのに、どこかが違っているように見えた。より深く、より強く、……得体の知れない何かを秘めたものに。

 違う。

 こちらが本当の彼だ。


「『りんごの花咲く丘のあるじ。歌を歌い、愛を語るもの』」


 俺の舌が動く。トリスタンの姿を目にしたまま。


「『そなたの名は』」

「それ以上は言うな、タカシ」


 そう言う声と共に、何かが俺の口を塞いだ。柔らかい何か。

 ……。

 え?


「ああああああ~っ!」


 叫ぶケルピーの声。


「タ、タカシ~ッ!」


 慌てふためくアーサーの声。

 え?

 え?

 えええ~と?

 視界一杯に広がった、綺麗な妖精の騎士の顔。あれ?

 おれ、いま、なにされた……?


「そんな目で見ないでくれ、愛しい人」


 至近距離で金色に染まった瞳のトリスタンが言って微笑む。


「君をこのまま奪ってしまいそうになる」

「おま、」


 えーと、つまり?


「この糞シーリーコートがあああああああ~~~~~ッッッ!!!!」


 叫びと共に、どかんっ! という音がした。続いて体にGがかかった。ぶん、と振り回される感覚がして、目が回った。



 ずがっ! どごっ! がしいいっ!



 何だか危険な音がする。周囲から。土煙やら何やらが舞い上がり、つぶてのようになってびしびし当たる。地味に痛い。目を開けてられない。


「避けるな、陰険色魔野郎ぉぉぉぉっ!」

「避けなきゃ、タカシに当たるじゃないか」


 ケルピーの叫びに涼しい声が答えた。うおおお~っ! という叫びが上がって、さらに、どかん、どかんと物凄い音がした。


「えっ、ちょ、け、ケル、おま」


 何か言おうにも、トリスタンが俺を抱えてひょいひょい移動するので、振り回される格好になって何も言えない。あたっ。舌かんだ。


「ひひゃい」

「おや。大丈夫かね、タカシ」


 涙目になった俺に気づいたトリスタンが、ひょいっ、と飛んだ。ケルピーからかなり離れた所に移動して、俺を地面に下ろす。ぐらぐらしていた俺は、その場にへたり込んだ。


「うわはあ……」


 そうして何とか痛みをやり過ごし、ケルピーの方を見た俺は、意味不明な声を上げてしまった。がくりと顎が落ちる。

 なだらかな緑の大地だったはずのそこは、一変していた。

 穴。穴。穴。

 あっちにもこっちにも、穴。

 土肌を剥き出しにし、深く抉れた穴が、ぼこぼこと。

 ここは戦場跡ですか、と言いたくなるような光景だった。そうしてその荒廃した大地に。黒々とした体にたてがみをなびかせる、怒れる水棲馬が仁王立ち(四本足なのでこの表現は変だが、頭を振り上げてぬうっと立っている姿は、そうとしか言えない。背後にごごごごご、という効果音の書き文字が見えそうだ)している。


「何がどう……うわ、まだ来るっ!?」


 身を低くして突進してくるケルピーに、俺は慌てて立ち上がった。土煙が舞い上がって、どんどん迫ってくる。逃げられない。えーとえーと、どうしよう。


「ケルピー! ちょっと落ち着い……だからっ、す、ステイ、ステイ、ケルピーっ!」


 咄嗟に出たのが犬に『待て』をさせる掛け声。こんなのが出てくる俺って、どうなんだ。


「……」

「……」

「……」


 そうしてまた、それで止まるおまえって何なの、ケルピー。


しつけは大切だな」

「トリスタン、そのセリフは微妙。落ち着け、ケルピー。おまえ、俺に触れないだろう」

「だって、その陰険騎士が! タカシの! タカシの唇を!」


 あ。やっぱりさっきの、キスだったか。


「俺だってしたかったのにぃぃぃ!」

「黙れ殴るぞ」


 思わずそう言ってから、無言でトリスタンの腹を殴った。ぐえ、という声が上がって、白い妖精の騎士は前かがみになった。


「タカシ。いきなりひどいじゃないか」

「自業自得だ。おまえこそ、いきなり俺に何した」


 はしばみの妖精はともかく。男にキスされた俺の心の傷は深い。


「そうだーっ! おまえ、ナニしたーっ!」

「うるさいケルピー。黙れ」

「はいすみません」


 トリスタンに目をやって睨むと、妖精の騎士は体を起こしてわざとらしく髪を撫でつけ、甘い微笑みを浮かべてみせた。


「たぎる情熱を抑えがたく。君の唇は罪なまでに私を魅了した」


 けっ。


「寝言は寝てから言え痴漢野郎」


 俺の言葉にトリスタンが引きつった。


「痴漢……」

「痴漢だろう」

「タカシ。恋の炎は、情熱は、時に無謀な行いや、理不尽を人に強いるものだよ」

「それで貴様の仕出かした事が帳消しになるとでも思っているのか、性犯罪者」

「そう言われても。あの程度では挨拶と変わらない……」

「貴様の常識が全てのスタンダードだと思うな。俺の国ではれっきとした犯罪だ、歩く猥褻物男」

「歩くわいせつぶつ……」


 言葉のイメージが強烈だったらしい。トリスタンがよろめいている。


「やーいやーいタカシに怒られた~」

「だから黙れと言ってるだろう、ケルピー。大体、アーサーを放り出して何してるんだ、貴様」


 あ。という顔になって、ケルピーは慌てて周囲を見回した。離れた所にいる少年に気づく。


「あ~、悪い。すっかり忘れてた」

「忘れるな!」


 脳みそ筋肉なのは知ってるが、マジで鳥頭かおまえは!


「ごめん、タカシ。タカシに悪さしたこいつを踏みつけてやろうって、それしか頭になかったからさあ」

「俺の仇は俺自身が取る。邪魔をするな」


 じろり、と睨み付けると、慌てた様子でケルピーはアーサーの所にすっ飛んで行った。


「えーと、タカシ?」


 トリスタンが困ったような顔で俺を見る。


「なんだ、痴漢騎士」

「その呼び名って……」

「呼び名がどうした、性犯罪者。痴漢騎士じゃ不満か、歩く猥褻物男。なに勝手に手出ししてくれてるんだ、下半身無節操男」


 無表情に言い募ると、さらに引きつってくる。


「どんどんひどくなって……いや、何でもないです」


 睨み付けると、トリスタンは慌てた様子で言った。


「ほう。なら、認めるんだな下半身無節操男」

「ハイ。ワタシは痴漢騎士で、下半身無節操男デス」


 棒読み状態でトリスタンが言った。俺はふん、と鼻を鳴らした。


「じゃあまず一発」

「さっき殴っただろう!?」

「あれはあれ、これはこれだ。貴様に拒否する権利があると思うのか」


 拳を握って口の端を上げると、なぜかトリスタンは頬を染めた。


「なぜ赤くなる」

「いや、君、……素敵すぎる」

「やっぱりマゾだろうおまえ」

「そうではないが! そんな凶悪な顔で微笑まれたりしたらもう、私の理性が消し飛びそうだ。この場で押し倒してなめまわして共に悦楽の宴を……ぐふうっ!」


 とりあえず殴っておいた。




「アーサーは良く無事だったな」


 一発殴って気が済んだので、周囲を見回して俺は言った。ケルピーはアーサーの側にいる。黒妖犬の姿は見えない。


「ああ、あの馬が離れたからかい?」


 結構本気で殴ったと言うのに、トリスタンはけろりとしている。鍛え方が違うのだろう。腹が立つ。


「黒妖犬が騒ぎに乗じて、アーサーを狙う可能性はあっただろ」

「そうだが。だがまあ、あの状態では、何かする気にもなれないだろう」

「あの状態?」

「あそこだよ」


 トリスタンが示した先には、巨大な穴。底に見えているのは……まさか。


「不運だったね。あの馬妖精が暴れ出した時、進路の先に彼がいた。真っ先に吹き飛ばされてたよ」


 黒い何かが伸びている。


「え、でも、起き上がってこっちに来ようとか……」

「していたな。だがそこにまた、あの馬が突進してきて蹄で蹴飛ばした。馬妖精にはそのつもりはなかったようだが、結果として踏みつける事になっていたな。結構痛そうな音がした」


 うわあ。


「それも、二度や三度じゃなかった。健気にも、何度も起き上がってね。君を襲おうとしていたんだが、そのたびに馬妖精にはじき飛ばされたり踏みつけられていた。それで今、力尽きているようだ」


 不運すぎる。

 俺は穴の底に横たわる、牛ほどもある黒い体を見つめた。慰めの言葉はいるだろうか。


どうしてこう、シリアスにならないんだろう。

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